042
翌日。
ポロネイア王国の王城は騒然としていた。
謁見の間に全ての文武官が集結している。
普段は顔を見せない武官の長――侯爵の姿もあった。
「咎人をここへ」
玉座の横に立つルークが言った。
甲冑に身を包んだ4人の兵士が、ニーナとザイードを連れてくる。
両者ともに手枷と足枷を掛けられていた。
「そんな……」
「公爵様……」
「いったいこれはどういう……」
大半が事情を知らない為、公爵親子の姿を見て驚く。
かつて公爵だった現伯爵のゲンドウも口をポカンとしていた。
ニーナ達は玉座の数メートル前で跪かされた。
どちらも声を発することなく、茫然と下を向いている。
「折角の顔が台無しだな……」
ルークの隣に立っているナッシュが呟いた。
彼の目は、パンパンに腫れ上がったニーナの顔を捉えている。
ザイードに殴られたせいで、彼女の全身には痣ができていた。
「静粛に」
国王が場を沈める。
ルークが事情を説明した。
「去年の今頃、私の婚約が破談になった話は皆もご存知の通りだが……」
ルークはそこで言葉を句切り、一呼吸。
そして、ニーナとザイードに人差し指を向ける。
「全てはこの者達の仕業だったのだ! 私や護衛の者が見たペトラ・ポナンザの不貞行為は、この者達が依頼した賢者による幻術と判明した!」
「「「なんだって!?」」」
場がどよめく。
ルークは静まるのを待ってから続きを話した。
「それだけではない。そこのニーナ・パピクルスは、バーランド王国に私兵を送って裏工作をさせていた。これは両国の関係を脅かす由々しき行為である」
またしても場がざわつく。
しばらくすると、全員の視線がナッシュに集まった。
「今回の件が発覚したのは、バーランド王国の第七王子であるナッシュ・バーランド殿のご協力があってこそのもの。ナッシュ殿、この度はありがとうございました」
ナッシュに向かってルークが頭を下げる。
ナッシュは「いえいえ」とすまし顔で答えた。
ルークは頭を上げると、集まった文武官達を見て一呼吸。
そして、険しい目でニーナとザイードを見つめた。
「そして、咎人の処遇だが――」
「公開処刑以外にありえぬでしょう!」
ルークの声を遮ったのはゲンドウだ。
ペトラの父であり、ザイードと入れ替わりで伯爵落ちした男。
「私はこの者達のせいで娘を失い、貴族としての地位も危ぶまれる状況に陥りました。それに彼らの行いは国家に対する反逆に他なりません。このような重罪を償う方法など、死をもって他にないでしょう!」
ゲンドウ派閥の貴族が賛同の言葉を口にする。
だが、ルークは首を横に振った。
「たしかに、通常であればそれが相応の処分となる。だが公開処刑は出来ぬ。両国の国益を損なう恐れがあるからだ。これはバーランド王国の代表として来られているナッシュ殿と協議して決めたことである」
「グググッ……」
ゲンドウはそこで口をつぐんだ。
彼にとってザイードは憎くてたまらない存在だ。
公爵の座を奪われたのだから。
とはいえ、これ以上の駄々はよろしくない。
故にゲンドウは舌打ちするに留めた。
「ザイード・パピクルス及びニーナ・パピクルス、汝らに処罰を言い渡す」
少しの間を挟んで、ルークは続きを言った。
「ポロネイア王国の第一王子ルーク・ポロネイアの名の下に、両名を無期限の禁固刑に処す」
ニーナ達の刑は無期刑に決まった。
ポロネイア王国における無期刑には、建前と真実が存在する。
建前は、更正の意思が見られたら刑を終えられる、というもの。
だが真実は、寿命が尽きるその日まで刑務所の独房で過ごすものだ。
懲役刑と違い、禁固刑には空を見る時間が存在しない。
窓すらない独房の中、命が尽きるまで変わらぬ日々を送る。
何日も、何日も、何日も。
法的には強制労働の発生する懲役刑の方が重いとされている。
だが、実際に刑を受けた者は、例外なく禁固刑の方が辛いと言う。
そんな禁固刑を無期限で行う。
二人に下された刑罰は、死刑の次に重いと言っても過言ではなかった。
「連れていけ」
「「「「ハッ!」」」」
ルークの命令で、兵士がニーナとザイードを立たせる。
そして、半ば引きずるような格好で、謁見の間の外へ連れて行く。
(この身を穢してまで得られた物が禁固刑だなんてね……)
ニーナは俯きながら過去を思い出していた。
ペトラを嵌める為に雇った賢者のことを。
この世界には賢者と呼ばれる凄腕の魔法使い達が存在する。
王城を包む結界魔法すらも容易に突破できる程の使い手だ。
そんな賢者を雇うのは難しい。
なぜなら賢者は金や地位に興味を示さないから。
どれだけの金と地位を約束しても協力してくれない。
賢者と呼ばれる連中を雇うには別の物が必要だ。
別の物と言っても、具体的にこれと決まっているわけではない。
賢者によって要求する物が異なっている。
ニーナの依頼した賢者が要求した物は、ニーナの体だった。
いずれルークに捧げようと大事にしていた純潔を求めてきたのだ。
ニーナはその要求を呑んだ。
自分が望む物を手に入れる為に、彼女は賢者に純潔を捧げた。
(誰もが羨む環境に生まれてこの醜態とは、我ながら無様ね……)
ニーナは虚ろな目で静かに笑った。