039
夜が明けて、昼前。
王城にある謁見の間で、ナッシュは父である国王と話をしていた。
噂をばらまいた黒幕が誰かを報告し、これから行う策を説明した。
「それでは父上、いえ、国王陛下、この件、よろしくお願いいたします」
「やれやれ、今回もゆっくりしていかぬのか。ナッシュ、お主は本当に変わりないな」
「申し訳ございません、そういう性分ですので」
「分かっておる。ペトラの件も承知した。また時期が来たら知らせてくれ」
「かしこまりました。それでは失礼します」
「今後は半年に1度は顔を見せるのじゃぞ」
「せめて年に1度ということでご容赦下さい。しばらくこの国を出る予定はありませんので、それならば可能です」
「ふぉっふぉ、仕方ないのう」
2人の会話は特に問題なく終了する。
(これで全ての準備が整った)
ナッシュはニヤリと笑い、謁見の間を後にした。
◇
ナッシュがペトラの牧場に戻ったのは、翌日の昼頃だ。
「「「キャー! ナッシュ様ぁー!」」」
最初に歓喜の声を上げたのはナッシュの親衛隊だ。
牧場へ近づく彼にいち早く気付いた。
彼女らの声によってペトラも気付く。
「悪いね、通してくれ」
ナッシュは馬の速度を落とし、ゆっくりと牧場に入る。
大量のギャラリーは左右に分かれて道を譲った。
「おかえり、ナッシュ」
魔牛に跨がりながら、ペトラが笑顔で手を振る。
「ただいま。俺が留守の間も問題なかったようだ」
「おかげさまでね」
ペトラの目が衛兵を捉える。
ナッシュの指示により配備された数十人の衛兵。
彼らによる厳重な警備によって、ペトラや家畜は安全だった。
「それで、どうだった?」
「まだなんともだな。父や兄とは話をしたけど、やはりポロネイア王国と調整する必要がありそうだ。でも、話は良い方向に進んでいるよ」
「そっかぁ。じゃあ、今のところ進展は特になし?」
「まぁそうなるかな」
黒幕がニーナであることをナッシュは隠していた。
ペトラに言うつもりは微塵もない。
前に彼女から、ニーナは唯一の親友と聞かされていたからだ。
真実を教えると深く悲しむことは目に見えていた。
知らなくてもいいことだってある。
「ところでペトラ、ニーナ嬢とは連絡を取っているかい?」
「ニーナ? いいえ、どうして?」
「ほら、今のニーナは公爵令嬢だろ? ポロネイア王国と調整するなら力になってくれるかな、と思ってさ」
「なるほどね。でも、ニーナとは半年くらい前に会ったきりだから」
「そっか。公爵令嬢ともなると易々とは外国に行けないしな」
「お役に立てなくてごめんね。私のことなのに」
「気にしなくていいよ。それと、悪いけど俺は今日中に此処を発つよ。今回の件を調整する為、ポロネイア王国に行くんだ。王子の俺が使者としていけばポロネイア王国も配慮してくれるんじゃないかっていう、ずる賢い考えさ」
「ほんとごめんね」
「気にするな。牧場で働かせてもらっているお礼さ」
「最低賃金で働かせているのが申し訳なく感じるよ」とペトラは苦笑い。
「ま、何かお礼をしたいって言うなら、落ち着いた後に〈アレサンドロ〉でもご馳走してくれ。俺はあそこの料理が大好きなんだ」
「任せて!」
ナッシュは馬を反転させて町に向ける。
「戻るのは数日後になる。それまで一人で頑張ってくれ」
「はーい!」
ナッシュは馬の腹部を脚で軽く締め付ける。
馬は大きく「ヒヒーン」と鳴いた後、早足で進んでいく。
左右の人だかりを抜けると、早足から駆け足へと変わった。
◇
「ルンルンルーン♪」
ニーナはウキウキだった。
噂が無事に拡散されたとの報告を受けたからだ。
上機嫌で邸宅内の廊下を歩き回る。
「ご機嫌ですね、ニーナ様」
「ニーナ様の嬉しそうな顔、久しぶりに見ました」
使用人達がにこやかに話しかけてくる。
ニーナは満面な笑みで「でしょー!」と答えた。
(これでペトラもおしまいね)
計画は万事順調に進んでいる――と、ニーナは思っていた。
噂はバーランド王国内だけで盛り上がり、ポロネイア王国には届かない。
仮にポロネイア王国で話をされても、誰も信じないので問題なかった。
(ペトラが消えれば、ルーク様の呪縛も解放されるはず。そうなれば、ルーク様も私を選ぶに違いないわ)
ニーナはぴょんぴょん跳ねながら自室に入ると、次の手を考える。
残された時間内にどうやってルークとの距離を詰めるか。
(出来ればペトラのように恋愛をしてみたかったけれど、この際、そんなワガママは言っていられないわね。まずはとにかく婚約までいかなければ。他の人と婚約させられると泣きつけば、ルーク様だって決意してくださるはず。愛を深めるのはその後からでも遅くないわ。オホホホホ!)
ニーナは鏡の前に立つと、ルークの前で行う演技の練習をする。
目に涙を浮かべ、抱きつき、他の人との政略結婚は嫌だと喚く。
「――よし、完璧ね」
演技の完成度は自画自賛する程に高かった。
「ペトラが消えるのに1~2ヶ月かかるとしてもどうにか間に合う。これだけやっても無理なら、その時こそ運命と思って諦めるしか――」
「ニーナ様!」
ニーナが独り言をブツブツと呟いていると、使用人が部屋に飛び込んできた。
「なんですの? ノックをしないなどはしたない」
「も、申し訳ございません! とんでもない方がお越しで、つい!」
「とんでもない方? もしかして、国王陛下?」
使用人が「違います!」と首を横に振る。
ニーナは「じゃあ誰なのよ」と苛立ち気味に尋ねた。
それに対して、使用人は血相を変えた様子で叫んだ。
「バーランド王国の第七王子ナッシュ・バーランド様です!」