038
ナッシュがペトラの話を切り出すと、他の王子達は慌てたように言った。
――ペトラの件は承知しているが、自分は何も関与していない。
口々にそう言った。
ナッシュは王子の中でもっとも官民の支持が高い。
特に国民からの人気が高く、次期国王に彼を推す声は多い。
王位継承権を放棄していなければ、次代の王は彼で確定だっただろう。
そんなナッシュに支持されれば、次期国王になったも同然だ。
逆に、彼から批難されれば、次期国王になることは不可能に等しい。
だからこそ、6人の王子は必死になっていた。
「分かっております。兄上達が関与していないことは」
ナッシュは笑顔で場を落ち着かせた。
「兄上達に私やペトラを貶めるメリットは何もない。仮に何かしらのメリットがあったとしても、デメリットはそれを遥かに凌駕しているでしょう。つまり、どうやってもリスクとリターンの収支が合わない。だから、兄上達がこの噂を広めた張本人だとは考えておりません」
6人の王子がホッと安堵する。
謂れのない嫌疑をかけられることはないと分かったから。
「私は協力を頼みたいのです」
「協力?」
「今回の一件は、何者かがペトラを貶めようとして企てた可能性が高いと私は見ています。そうでなければ、ペトラが隣国の大貴族の令嬢などという噂が広まるはずありません。特にゴシップが多いこの国では尚更です」
「たしかに」「その通りだ」
「そこで兄上達には、噂の出所を突き止めてほしいのです。皆様にはそれぞれお抱えの人間がいるでしょう。裏社会に精通した者達が。それらを総動員すれば、きっと本日中にでも噂を広めている人間を見つけられるでしょう。その者を捕らえて下さい」
6人の王子に拒否権はなかった。
拒むような話でもないので、迷うことなく快諾する。
「噂の揉み消しは必要か? この程度の噂なら簡単に消すことができるが」
第5王子が尋ねる。
「いえ、必要ありません。ペトラ・カーペンタリアがペトラ・ポナンザであることは事実ですし、それを隠し続けるのは難しいでしょう。今回の一件がなかったとしても、遅かれ早かれ世間に知られます。ですから、噂が事実であることを認める方向で調整します」
「それは良い考えだと思うが、果たしてできるのか? ポロネイア王国では、ペトラ・ポナンザが病床に伏せているということになっているのだろう? ペトラに関する噂を認めることは、ポロネイア王国の政府に唾を吐くようなものだ。父上が認めるとは思えない」
「今はそうでしょうね」
「今は?」
王子達が首を傾げる。
ナッシュは「ええ、今は」と笑顔で頷いた。
「私の勘が正しければですけどね」
ナッシュは既に当たりを付けていた。
ペトラに関する噂を広めた犯人について。
といっても、ピンポイントで分かっているわけではない。
おそらくポロネイア王国の大貴族の誰かだろう、と睨んでいるだけだ。
消去法で犯人を絞れば、必然とそこに辿り着いた。
「相変わらずお前の読みの鋭さには敵わないな」
「まったくだ」
「お前が王位継承権を放棄してくれて助かるよ」
ナッシュは笑みを浮かべるだけで、何も答えなかった。
◇
数時間後。
翌日の午前1時頃、王宮で過ごすナッシュに報告が入った。
「流石は兄上達、仕事が速いな」
たった数時間で、噂を流していた人間の捕縛に成功したのだ。
ナッシュは直ちに王宮を出て、犯人を捕らえている場所に向かった。
そこはかつて孤児院として使われていた廃墟だ。
孤児院の経営者であり土地の所有者が死んだ為、今では国有地である。
そこには6人の王子と数十人の衛兵がいた。
彼らの前には、縄で縛られた6人の男が跪いている。
王子達はそれぞれ1人ずつ捕らえていたのだ。
「ナッシュ、こいつらが噂を流していた連中だ」
「おそらく他にも紛れ込んでいるだろう」
「思っていたよりも規模が大きいぞ、これ」
王子達が口々に言う。
ナッシュは無言で近づいていき、縛られた連中を見る。
「やはり、な」
ナッシュの絶対的な記憶力に、彼らの顔は記憶されていた。
捕らえられた6人全てがポロネイア王国で見たことのある顔だ。
「やはり? もしかして黒幕が分かったのか?」
「いえ、それはまだ分かりません」
ナッシュが首を振る。
これは偽りではなく本当のことだ。
ナッシュはたしかに連中の顔を知っている。
だが、連中を雇っている人間については分からなかった。
というのも、連中は表向き、貴族と関係のない人間だからだ。
裏の仕事をこなす為に雇われた者達なので、表向きは貴族と関わりがない。
当然ながら表の仕事も持っている。
「黒幕の名前は今から吐かせますよ」
「おい、この場で拷問でもするつもりか?」
王子の一人が不安そうに尋ねる。
ナッシュは「まさか」と笑いながら首を横に振った。
「普通に訊けば教えてくれますよ」
ナッシュは捕らえられた男の一人に話しかける。
「お前やお前の仲間を雇ったのは誰か教えてくれないか? 教えてくれるのなら、お前達は無事に解放してやる」
当然、男は首を横に振った。
「悪いがそいつは言えないな。あんたらも裏の人間を使うなら分かるだろ? 此処でペラペラと話して解放されたところで長生きできない」
「ふっ、お前ならそう言うと思ったよ、バザール君」
「なっ……!」
驚く男。
「バザール?」
「この男の名前ですよ。彼はポロネイア王国の〈アッザム〉で妻と花屋を営むバザール・ジュークといいます。たしか可愛い子供が2人いたはず。上は男の子で、下は女の子。女の子のほうは今年で4歳だったかな」
「どうしてそれを!」
バザールが吠える。
ナッシュはニッコリと微笑んだ。
「お前のことだけじゃない。その横にいるお前。お前は〈グローセン〉の鍛冶職人だろ? 名前はガットン。なんだったら他の連中のことも言ってやろうか?」
「「「…………」」」
捕縛されている連中の顔面が真っ青になる。
それを眺めている王子や衛兵達の顔も青白くなっていた。
「お前達が強情でいられるのは、お前達の素性についてこちらが知らないと思っているからに過ぎない。だが、これで分かっただろ? 俺はお前達がどこの誰であるかを知っている。素直に教えてくれないと、困ったことになるよ。それは互いにとって悲しいことだ」
ナッシュが一呼吸おいてから言う。
「バザール、もう一度尋ねる。お前を雇ったのは誰だ?」
バザールは顔面から大量の汗を流して答えた。
「パピクルス家の令嬢、ニーナ・パピクルス様です……」