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 ――魔物牧場のペトラは隣国の元公爵家、現伯爵家の令嬢である。

 通常なら一笑に付されるそんな噂が、今回はどこまでも拡散された。

 ニーナの裏工作によるものだ。


「ペトラさん、取材させていただけませんか?」


「ペトラさん! あの噂は本当なのですか!?」


「本当にあなたはペトラ・ポナンザと同一人物なのですか!?」


 数日後、ペトラの牧場には大勢の記者が詰めかけていた。

 ただでさえ多かったギャラリーの数がますます跳ね上がる。

 その勢いは、ナッシュ親衛隊の力でも抑えるのが難しい程であった。


「どうしてこんなことに……」


 ペトラは館の中で頭を抱える。

 食卓に座り、両手で頭皮を掻き毟った。


「俺が此処に来たせいかもしれないな」


 ペトラの正面に座っているナッシュが言う。

 ペトラは「えっ?」と顔を上げた。


「今までペトラの出自について気にする者はいなかっただろ? ところが、俺が此処で働くようになった途端にこのような事態に陥っている。俺が長々と此処で働いているから、牧場主であるペトラのことを調べられたのかもしれない」


 ナッシュの言い分には筋が通っている。

 ペトラ自身も同じように考えていた。


「そうかもしれない。だけど、だからって辞めないでよ……?」


「分かっているさ。ここで俺が辞めたら、ペトラを守る者がいなくなってしまう。こうして落ち着いて話せるのも、俺……というか、俺の親衛隊が頑張っているからだし」


「うん……」


 ペトラは大きなため息をつく。


「どうしてこんなことになるかなぁ」


 ナッシュは何も答えない。

 しばらく無言で、ジーッと窓の外を眺めたままだ。

 そんな彼が再び口を開いたのは、それから数分後のこと。


「とりあえず、今のペトラにできることは何もない。そうだろ?」


「だね。噂を否定することだけかしら。でも、嘘をつくのは嫌だな」


「嘘をつく必要はない。何食わぬ顔で作業をしていればいいさ」


「噂が終息するまで待つってこと?」


「それもいいが、嘘をつかなくて良くするのも手だ」


「どういうこと?」


「ペトラが隣国のポナンザ家の人間であると国が認めれば、君は何も偽る必要はなくなるだろう。国外追放の際の手続きによって、少なくともウチの父は君の素性を把握している。その父がペトラの素性について宣言すれば、それでこの問題は片が付く」


「たしかにそうだけど、そんなに上手くいくかな? 国王陛下が私をポナンザ家の人間だと認めるってことは、ポロネイア王国の政府が発表している情報……つまり、ペトラ・ポナンザが病に伏せて動けないという話が嘘だと宣言することになる。国外追放に処された私を守る為に、両国の関係にヒビが入るようなことをするかしら?」


 ペトラの意見はもっともだった。

 ナッシュは「まぁな」と適当な相槌を打つ。


 ペトラが言うまでもなく、ナッシュは同じ事を考えていた。

 いくら彼が説得しても、国王である父はそう易々と動かないだろう。

 だからナッシュは思った――やはりペトラは頭が切れる、と。

 彼がペトラに惚れ込む理由の一つだ。


「ダメ元でやってみるさ。もしかしたら何かしらの素晴らしい案が出てくるかもしれない。デミグラス牛乳は国を代表する物だし、それを作れるのがペトラしかいない以上、国としても現状を看過するのはよろしくないはずだ」


「そっか……。じゃあ、お願いしてもいいかな?」


「任せろ。明後日の朝には此処を発ち、王都で色々とやってみる。その間、此処には衛兵を置いておくよ。給料は発生しないから安心してくれ」


「うん、分かった」


 この時、ナッシュはペトラに言わなかった。

 今回の噂が悪意のある人間によって広められたものかもしれない、と。


 新聞が流行しているバーランド王国ではゴシップなど珍しくない。

 ペトラがポナンザ家の令嬢というネタも普段なら軽く流される。

 もっと酷くてゲスいネタが飛び交うことも多い。

 普通ならこれほど大事になることはない。


 それがここまで盛り上がっていることに、ナッシュは違和感を抱いていた。

 騒ぎを大きくする為に裏で暗躍している人間がいるのではないか、と。

 その場合、理由は分からないが、ペトラを貶めたいことだけは確実だ。


 ◇


 その夜。

 草木も眠る時間帯。

 静まり返ったペトラの牧場に、数十人の人間が忍び寄っていた。


 盗賊だ。

 ペトラがポナンザ家の人間との噂を聞いて誘拐に来ていた。

 当然ながら、盗賊を焚きつけたのもニーナの私兵だ。


「分かってるな? 攫うのは女のほうだけだ」


 盗賊のリーダーが部下に言う。

 部下達は静かに頷く。


「王子にはどうして手を出さないんすか?」


 部下の1人が尋ねた。


「王族との交渉は荷が重いから決まってるだろ。女のほうは落ち目の伯爵家の人間だ。強請(ゆす)れば簡単に金を出すだろうよ。それに、金を出さなくても、それはそれで問題ない。とんでもねぇ美女って話だからな」


 リーダーの男が舌舐めずりをする。

 それを見て、部下達も「へへへ」と下卑た笑みを浮かべた。


「さぁ、一攫千金の時間だ! やるぞ! 野郎共!」


「「「うおおおおおおおお!」」」


 闇夜に紛れて、盗賊達がペトラの館に突入した。

 堂々と扉を蹴破り、続々と中に入っていく。



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