034
――ペトラを殺す。
そうは言っても、ニーナにできることは少ない。
「国外追放があだになったわね……」
もしもペトラがポロネイア王国に居るのなら殺すのは容易だ。
多少の荒事は公爵家の力でもみ消すことができる。
だがペトラが居るのはバーランド王国。
しかも、魔物牧場の成功で国中に名を馳せている。
直接的に手を下すことは不可能だ。
だからといって、誰かを雇うというのも難しい。
もしも雇った人間が捕まった場合、企てが露呈するからだ。
国内とは違ってもみ消すことが出来ない。
陰謀が明るみになれば厳罰は免れない。
処刑だって十分にあり得るだろう。
「だけど、ペトラを消さないことには、ルーク様は目を覚まさない……」
ルークとの関係はあと少しというところまで近づいている。
そう思っている以上、ニーナに「諦める」という選択はなかった。
「どうすればいい? 考えろ、ニーナ・パピクルス」
邸宅内の廊下を歩き回りながら頭を回転させる。
半開きの窓から差し込む夜風が体をブルッと震わせた。
窓を閉めようとした時、ニーナの目はあるものを捉えた。
擬態化したカメレオンだ。
偶然にも気付いたが、普段なら見落としているだろう。
完璧な擬態で、中庭の木にくっついている。
カメレオンはしばらく固まっていた。
するとそこに、餌となる昆虫が近づいてくる。
虫が嫌いなニーナにとっては楽しみな展開だ。
(食べろ……! 食べられてしまえ……!)
射程圏に入った瞬間、カメレオンは舌を伸ばした。
昆虫は何が何やら分からぬ間に食われてしまう。
その様を見た時、ニーナは閃いた。
「そうだ!」
彼女の閃きは単純なものだ。
自分で手を下せない――なら他人に手を下させればいい。
誰かに依頼するのはリスクが高い――だったら依頼しなければいい。
そんな方法があるのか?
――ある。
「誰か、誰か!」
ニーナが呼ぶと、使用人の1人が駆け寄ってきた。
「至急、兵を中庭に集めなさい」
「かしこまりました!」
ニーナはザイードから私兵を預かっている。
残り3ヶ月の間、彼女の手足となって暗躍する連中だ。
表向きは別の顔を持つ裏の人間である。
使用人は兵を集めるべく走り去っていく。
その姿を見送った後、ニーナは呟いた。
「ペトラ、貴方の命は風前の灯火よ、キャハハハハハ!」
ニーナの閃いた策。
それは、ペトラがポナンザ家の人間と吹聴すること。
そうすれば、身代金目的の悪党がペトラの誘拐を企てるだろう。
ペトラの牧場は衛兵を雇っていないから、誘拐するのは容易い。
だが、誘拐したところで、彼女を助ける者は居ない。
身代金の要求相手となるポナンザ伯爵は無視を決め込むに違いないから。
そうなると、ペトラの辿る道は一つしかない。
性欲の捌け口として嬲られた後、闇に葬られる。
自身の手を汚すことなくペトラを消せる最善の策だ。
この策は前にも検討したことがあった。
ペトラが国外に追放されて間もない頃だ。
だがその時は何もしないで終わった。
ペトラを潰しても意味がないと考えていたからだ。
それに、当時はここまでルークが引きずるとは思いもしなかった。
また、この策は決してノーリスクではない。
ペトラ・ポナンザは病床に伏していることになっているのだ。
彼女が国外追放されたことを知っている者は少ない。
そういった噂が立ったとしても、鉄壁の情報統制で打ち消されていた。
故にこの策を実行すると、王国の看板に傷がつく。
ひいてはルークの名誉を穢すことにも繋がってしまうのだ。
加えて、ルークにこの裏工作が露呈する恐れもあった。
そうなると、ルークからの信用は地に落ちてしまう。
婚約どころか縁を切られてしまうだろう。
それだけではすまない。
全てが明るみに出れば、実父のザイードは保身に走る。
それはつまり、ペトラと同じ国外追放の道を辿ることとなる。
それだけで済むか分からない。
もちろん、これは最悪の事態に起きうること。
実際にそこまでこじれるようなことはないだろう。
他の策と比較した場合、リスクは圧倒的に低い。
リスクとリターンの収支は合っている。
「集まりました! ニーナ様!」
中庭に数十人の私兵が集結した。
裏の人間なので格好に統一感がない。
傍から見るとどこにでもいそうな人間ばかりだ。
私兵達はニーナに向かって跪いている。
彼らに向かって、ニーナは指示を出した。
「貴方達、バーランド王国で次の噂を広めなさい」
ニーナは退くに退けない戦いに舵を切った。