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 ペトラは大変な暮らしを送っていた。

 それは魔牛の数を15頭まで増やしたから――ではない。


(眺めるくらいなら手伝ってよ、同業者なんでしょ……)


 ストレスの主要因はギャラリーだ。

 彼女の牧場には、連日にわたって大勢の見学者がいる。

 大手の酪農家や酪農家を志す若者達が集まってきているのだ。

 デミグラス牛乳の製法を知る為に。


 また、同業者以外も大勢いる。

 デミグラス牛乳を生産した牧場を見ようと観光客が押し寄せていた。

 そう、ペトラの牧場は、ココイロタウンの観光地と化していたのだ。


 衆目の中で作業をするのは大変だ。

 ギャラリーの中には、しばしばルール違反を犯す者がいるから。

 特に厄介なのが――子供だ。


「駄目だって! 入ってこないで! 危ないから!」


「えー! でも、姉ちゃんは牛に乗ってるじゃんか!」


 魔牛に跨がるペトラを見て、多くの子供が真似しようとする。

 牧場の敷地を示す柵を乗り越えて入ろうとするのだ。

 気性の荒い魔牛は、子供が近づくだけで鼻息を荒くする。

 子供達は気付いていないけれど、一触即発のムードが漂っていた。


(これじゃ、気が気でならないよ……)


 昔は放牧中に館で事務作業をしていた。

 しかし今は、夜になるまで事務作業を行う余裕がない。

 ペトラは今にも過労死しそうだった。


(こんなことになるならインタビューを受けなかったら良かったなぁ)


 全ての発端は半年前。

 バーランド新聞のインタビューを受けたことだ。

 あれ以降、此処に訪れる人の数が爆発的に増えていた。


「本当は自分だけでしたかったけど、警備員さんを雇おうかなぁ……」


 魔牛に跨がりながら、ペトラは疲れた頭で今後のことを考えていた。


 ◇


 次の日は雨だった。

 雨の音で目を覚ましたペトラは、思いっきり喜んだ。


「これで休める!」


 昔のペトラは雨が大嫌いだった。

 しかし今のペトラは雨が大好きである。


 雨が降るとギャラリーが訪れない。

 それに放牧する必要もなくなる。

 魔牛は雨を嫌うから。


 故に、雨の日の作業はとても少ない。

 その日に採れた鶏卵と牛乳をトムに卸せば終了だ。


「ちょっとちょっとちょっと! 駄目だってば!」


 少し経つと、天候に変化が生じた。

 景気よく降っていた雨が止み始めたのだ。

 トムに畜産物を卸したすぐ後のことである。


「「「モォー♪」」」


 牛舎から鳴き声が聞こえる。

 何食わぬ顔で館に入ろうとしていたペトラの足が止まった。


「今日のお休みは中止かぁ」


 ペトラは大きなため息をつくと、牛舎に向かった。

 魔牛を放牧させて、雨水を含んだ草の上を歩かせる。


「ま、ギャラリーがいないだけマシだよね」


 ペトラは魔牛に跨がり、いつものように鬼ごっこを始める。

 観客がいないということで、魔牛も快適そうに過ごしていた。


「モォ?」


 最初に気付いたのは、ペトラを乗せた魔牛だ。

 唐突に動きを止めて、体を町の方に向ける。

 魔牛の反応から、誰かが近づいてきていると分かった。


「えっ、もしかして今日も人が来たの!?」


 ペトラは魔牛に跨がったまま、魔牛と同じ方向を見る。

 すると、視線の先に1頭の馬が現れた。

 一般的な馬よりも一回り以上も大きな白色の馬だ。

 品のあるその馬を見て、ペトラは無意識に「綺麗」と呟いた。


 馬に乗っているのは、上質なシルクで作られた長袖の服を着る男。

 腰に剣を帯びた金髪の男――バーランド王国の第七王子ナッシュだ。


(あのイケメンさん、どこかの貴族かな? そんな雰囲気はしないけど)


 それが、ナッシュに対するペトラの第一印象だった。

 服や馬から貴族なのかと思う一方、彼自身からは貴族らしさを感じない。


 ペトラはナッシュのことを知らなかった。

 名前を言われると分かるが、姿形を見たことはなかったのだ。


 他の王子やバーランド王国の国王とは面識があった。

 ポナンザ家の人間としてパーティーの場で顔を合わせている。


「そなたがペトラだな」


 ナッシュは一目で目の前の女性がペトラだと見抜いた。

 噂に違わぬ、否、噂を遥かに凌駕する美人だったから――ではない。

 それもあるけれど、何よりも彼が注目したのは、魔牛に跨がる姿だ。


(信じられん、魔牛に跨がっているぞ……。熟練の騎士でも出来ないことだ。それをいとも容易くやっている。怖がる様子もなく、楽々と。さすがはデミグラス牛乳を生み出しただけの傑物だ。凄まじいな)


 魔牛に跨がるペトラの姿は、ナッシュに衝撃を与えた。

 信じられない光景だったのだ。


「そうですけど、あなたは?」


「これは失礼。挨拶が遅れた」


 ナッシュはサッと馬から飛び降り、ペトラに向けて頭を下げる。


「俺はナッシュ。デミグラス牛乳の評判を聞いて牧場の見学に来た。そして、そなたを見て、見学だけでは物足りなくなった。此処で働かせてもらえないか?」


「いきなり労働希望!?」


 驚くペトラ。

 一方、ナッシュは真顔で「そうだ」と頷く。

 ペトラは「ぷっ」と吹き出した。


「私も変わり者って言われるけど、貴方も相当な変人ね、ナッシュ」


「よく言われる」


「でしょうね。いいわ。ちょうど人を雇おうとしていたから」


 ペトラは即決で採用を決めた。

 ギャラリーの対応をさせるのにちょうどいい、と判断したのだ。

 それに、こういう変わり者はペトラの好物でもあった。


「知らない顔だし、ナッシュはこの町の人じゃないよね?」


「うむ」


「牧場の朝は早いわよ? 他所から仕事に来るのは大変だと思う。そのカッコイイお馬さんでもね。だから、ウチの館で住み込みってのはどうかな? 部屋は余っているよ」


「それは助かる。是非そうしてくれ」


「なら決まりね。給料等の条件は館の中で話し合いましょ。人を雇うのは初めてだから、ちょっと手間取ると思うけど許してね」


「大丈夫、俺は色々な所で働いてきたから。その手のことは詳しいよ」


「そうなんだ。あっ、住民登録は済んでいるよね? この国では、他国の人間を働かせることは出来ないから」


「大丈夫だ。俺は生粋のバーランド国民だから」


「なら問題ないね」


 ペトラは魔牛から降りると、ナッシュに手を差し伸べた。


「私はこの牧場の経営者を務めるペトラ・カーペンタリアよ。改めてよろしくね、ナッシュ」


「ああ、よろしく。俺はナッシュ・バーランドだ」


 ナッシュがペトラの手に応じて握手を交わす。


「ナッシュ・バーランド? その名前はたしか……えっ、ナッシュ、貴方って、もしかして?」


 ナッシュがニヤリと笑って頷く。


「そう、これでも一応、王子なんだ」


 ナッシュが懐から王家の印章を取り出し、「ほら」と見せる。

 ペトラは口をポカンと開け、しばらく固まった後、叫んだ。


「ぎょええええええええええええええ!?」


 握手している彼女の手は、一瞬で汗にまみれるのだった。


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