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王宮内の食堂に、数十人の使用人が集まる。
そして、細長い食卓を囲むように座っていた。
本来であればありえない光景だ。
それがありえるのは、食事の主催者がナッシュだから。
「1人でメシを食うより、皆で食べた方が楽しいだろ?」
これがナッシュの考えだった。
だから、彼が食事をする時は使用人も一緒である。
「見せてもらおうか、デミグラス牛乳の味を!」
ダイニングテーブルに並ぶ数々の料理。
それらには全てデミグラス牛乳が使われている。
ナッシュの要望によるものだ。
「いただきます!」
ナッシュが言うと、使用人達が続いた。
実食の時である。
ナッシュは王道のハンバーグに手を伸ばした。
ナイフを近づけ、純白の池にポツンと浮かぶハンバーグの島をカットする。
一口サイズのハンバーグにフォークを突き刺し、口に運ぶ。
「おお、これはたしかに〈アレサンドロ〉の味だ!」
ナッシュの記憶力は料理の味にも及ぶ。
数年前に〈アレサンドロ〉で食べた味と瓜二つだと瞬時に分かった。
「ただ、舌触りは違うな。本当のソースに比べて、牛乳だからかサラサラしている。これはこれで悪くないが、少しハンバーグとは絡めづらいか。だからシェフも通常のデミグラスソースよりも多い量のデミグラス牛乳を使っているわけだな……」
ブツブツと感想を呟く。
その頃、使用人達は純粋に舌鼓を打っていた。
王子と同じ食事というだけあって、いつも食べる物とはレベルが違う。
「次はこちらをいただくとしようか」
ナッシュが手を伸ばしたのはスープだ。
デミグラス牛乳を泡立ててカプチーノ風にしたもの。
あえてコーヒー用のカップを使っている。
料理人の腕が光る逸品だ。
「これは……デミグラス牛乳だからこその品だな」
ナッシュはこのスープがとても気に入った。
他の料理をペロリと平らげた後、何度もスープをおかわりする。
「デミグラス牛乳……やはり面白い」
何杯目かのスープを飲み干すと、ナッシュは立ち上がった。
そして、自分に視線を向ける使用人達へ向けて言った。
「俺は明日の朝イチで此処を出る。食事が済んだら出発の準備を頼む」
多くの使用人は「かしこまりました」と笑顔で頷く。
ただ一人、新入りの女だけは、頷く前に質問した。
「ナッシュ様、次はどちらへ向かわれるのですか?」
それに対し、他の使用人が「馬鹿ね」と嘲笑する。
ナッシュの旅は原則として目的地が決まっていない。
王宮を出た時点ではどこへ行くかなど考えていないのだ。
使用人の間だと常識だった。
が、今回はその常識が覆される。
「ココイロタウンさ」
「「「「えっ」」」」
他の使用人達が驚く。
ナッシュが目的地を決めていたから。
前代未聞のことだった。
「ど、どうしてココイロタウンに?」
別の使用人が尋ねる。
ナッシュは「決まっているだろう」とテーブルを指した。
「デミグラス牛乳の生産をこの目で見たいからさ」
ナッシュはペトラに興味を示していた。
デミグラス牛乳を開発した、というだけでも好奇心をくすぐられる。
かつて世話になったポンドの養女とくれば尚更だ。
それに、ペトラという名前についても気になっていた。
「まだまだこの国も捨てたものじゃないな、楽しみだ」
ナッシュはウキウキした様子で食堂を後にした。
◇
翌朝。
ナッシュのもとに手紙が送られてきた。
差出人は彼の父――現国王である。
手紙の内容は「たまには顔くらい見せろ」というものだった。
国王にとって、ナッシュは唯一の気兼ねなく話せる息子である。
他の息子との会話は権力闘争の材料になりかねない。
ナッシュが国王と最後に話したのは数年前のことだ。
当時の彼はまだ10代前半だった。
初めての放浪から戻った時のことである。
「顔だけでも拝んでいくか。親父もいつ死ぬか分からないし」
ナッシュは王城に立ち寄り、国王と雑談してから王都を発った。