028
ルークは、失恋のショックを引きずりながら帰っていく。
心の中は後悔の念でいっぱいだった。
しかし、後悔というのは後からやってくるもの。
どれだけ悔いたとしても、元に戻すことはできない。
ポロネイア王国へ向かう馬車の中、ルークは放心状態だった。
虚ろな目で客車内の天井を眺めている。
半開きの口からは、小さな声がぶつぶつと漏れていた。
その横で、ニーナは密かに笑みを浮かべていた。
◇
ニーナは時間の許す限りを牧場の見学に費やした。
牛舎、鶏舎、果てには牛乳機に鶏卵機まで。
ありとあらゆるものをくまなく調べた。
その結果、ニーナが得たものは何もない。
既に知っている情報以上のことは得られなかったのだ。
デミグラス牛乳の秘密は分からずじまいである。
そのことには絶望した。
てっきり牧場内を視察すれば何か得られると思ったからだ。
そこでニーナは、思い切ってペトラに尋ねた。
どうやったらデミグラスソース味の牛乳になるのだ、と。
ペトラの回答は「分からない」だった。
彼女の口から語られた製法は、ニーナが知っているものだった。
ニーナはペトラのことをよく知っている。
だから、ペトラの回答が嘘ではないと分かった。
そうなると、ニーナにできることは何もない。
結果、ニーナは諦めた。
デミグラス牛乳の模倣品を作ることを。
とはいえ、魔物牧場についてはこれまで通り経営する。
一流の人材と設備が集まっている為、収支は余裕の黒字なのだ。
今後の経営権を父に移譲し、伯爵家の経済基盤に加えることとした。
少し前までなら、諦めるという選択肢はなかった。
その選択が出来たのは、ルークがペトラに振られたからだ。
ペトラの性格上、ルークと復縁することは二度とない。
今後はじっくりと攻略していけばいい。
ルークの傍に居続ければ、いずれ上手くいくはずだ。
もはやペトラを意識し、彼女の上位互換になろうとする必要はない。
(他の女は近寄らせない。ルーク様は私が必ず……!)
ニーナはそんなことを考えていた。
◇
ルークが帰った日、ペトラは枕を濡らした。
久しぶりに顔を見て、声を聞いたことで、ルークを思い出したのだ。
ルークとやり直す未来も考えた。
公爵家に戻り、ルークと婚約し、未来の王妃になる。
この半年に及ぶ日々を無かったことにする道だ。
それも悪くはない。
貴族社会は息が詰まるけれど、誰もが憧れる華やかさがあった。
自分の為に作られた煌びやかなドレスは、着るだけで心が弾む。
そんな道を、ペトラは斬り捨てた。
ルークに対して以前のような愛情は湧いていない。
そういう感情が残っていたら、おそらくは公爵令嬢に戻っただろう。
たくさん泣いたけれど、後悔はしていなかった。
ペトラが歩むのは、カーペンタリア家の道。
小さな魔物牧場をマイペースに経営していく地味な道。
休むことが許されないブラック企業も真っ青の過酷な労働の道。
それでも、ペトラはその道を選んだ。
ペトラ・カーペンタリアとして生きていく道を。
ペトラ・ポナンザは、もういない。
第1章はこれで終了です。
3月から第2章が始まります。
応援してくださると幸いです……☆