026
「ペトラ……!」
「ニーナ……!」
ペトラとニーナの鉢合わせ。
ニーナにとっては気まずい展開だった。
「あっ、ニーナ様って呼ぶべきでしょうか?」
慌てて言葉遣いを訂正するペトラ。
ペトラとニーナは、かつて対等な関係だった。
互いに敬語を使うことなく、フランクに接していた。
どちらも大貴族の令嬢だし、それに同い年だ。
しかし、今の二人には階級の差がある。
ペトラは一般人であり、ニーナは伯爵令嬢。
口の利き方には気をつける必要があった。
「いえ、かまわないわ。昔のままで」
「そう言ってもらえると安心したよ」
ペトラは「ホッ」と安堵の息を吐く。
「変わってないね、ニーナ。ドレスがよく似合うし、雰囲気も昔のまま!」
声を弾ませるペトラ。
彼女にとって、ニーナは唯一の親友だ。
数少ない同年代で、幼少期からよく遊んできた。
ルークと付き合うまでは、誰よりもニーナと過ごしたものだ。
ペトラにとって、ニーナは憧れの存在でもあった。
貴族社会に馴染めない自分とは違い、立派に貴族の令嬢をしている。
伯爵が開く社交の場には率先して顔を出し、父親の顔を立てていた。
自分に出来ないことを平然とやってのける彼女を凄いと思っていた。
公爵家と伯爵家の仲が悪いのは有名だ。
ポロネイア王国は公爵派と伯爵派に二大派閥に分かれている。
公爵に次ぐ地位は侯爵だが、侯爵家は特殊で政治に関与していない。
その為、実質的に、公爵の次に権力があるのは伯爵だった。
当然ながら伯爵は公爵の座を狙うし、公爵はそれを阻止しようとする。
どうやっても仲良くなることはできなかった。
だが、そんなことはペトラにとっては関係なかった。
仮にニーナが一般人であったとしても、ペトラの態度は変わらない。
「あなたは……変わったわね」
ニーナに友達と呼べる者はいない。
彼女にとってペトラは、友達ではなくライバルだ。
初めて彼女と知り合った日から常にライバル視していた。
仲良く振る舞ってきたのは、ペトラのことを知りたかったからだ。
敵を知り、己を知れば、負けることはない――そう父に教わった。
(やっぱり国外追放に私が絡んでいると気付いていない……。こんな鈍感な女の何がいいの。私にはさっぱり分からないわ)
そんな風にニーナが思っていることを、ペトラは知らない。
薄々ながらに勘づいている……ということもなかった。
ペトラはニーナを見て無邪気に喜んでいるのだ。
「こんなところまで会いに来てくれてありがとうね! ニーナ!」
「いえ。とにかく、元気そうでなによりよ」
「大変だけどねー! 休みなく世話をしないといけないから!」
「人を雇わないの? 新聞、見たよ。儲かってるんでしょ?」
「わお! 流石に貴族は情報が早いねー! 私なんて自分のインタビュー記事を今日読んだところだよ!」
「それで、人は雇わないの?」
話が逸れたことに苛立つニーナ。
ペトラは「おっとっと」と軽い調子で言ってから答えた。
「人は雇わないかなぁ」
「どうして? 一人じゃ世話をするの大変でしょ? それがデミグラス牛乳の製法と関係あるの?」
「製法と関係あるかは分からないよ。たぶん関係ないんじゃないかな? ならどうして雇わないのかって言うと、大変だけど楽しいからだよ」
「楽しい? 魔物の世話が?」
「楽しいよ! それにあの子達が唯一の家族だから」
ペトラの表情が一瞬だけ曇る。
ポンドのことを思い出して胸が苦しくなった。
「凄いよ、ペトラは。実は私も魔物牧場を始めたんだけど、全然上手くいかないんだよね。あとで見学させてもらってもいい?」
「え、そうなの!? 意外! ニーナって動物の世話とか嫌いでしょ!?」
「まぁね。だから私自身は経営だけ。世話とかは本職の人を雇って任せているよ」
「凄いじゃん! それだったら私の牧場なんて見学する必要なくない!?」
「ペトラの牧場は新聞に載るくらいだから、学べることがあると思う」
「やっぱりニーナは努力家だなぁ。いいよ! 好きなだけ見ていって! なにか気になることとかあったらじゃんじゃん尋ねて! 私で良ければ答えるよ!」
「うん、ありがとう」
ニーナは心の中でニヤリと笑う。
デミグラス牛乳の秘密を徹底解析できそうだ。
持つべき者は友達だね、などとも思った。
「私は今からルーク様と話してくるけど、その間も遠慮しないで牧場を見て回ってね! あ、でも、牛舎に入る時は要注意! ウチの子らはすごく気性が荒いから! 私に対しては大人しいけど、他の人には超攻撃的! だから、牛舎に入るなら自己責任でお願いね」
「分かった」
ニーナがゆっくりと館から出る。
「あ、よかったら作業着貸そうか? 折角のドレスが汚れちゃうよ!」
「ううん、大丈夫。ドレスの替えなら用意してあるから」
「ニーナは流石だね!」
ペトラは白い歯を見せ、満面な笑みを浮かべる。
久しぶりに親友と話せたことで、彼女は心から嬉しかった。
(何が『ニーナは流石だね』よ……。そういう所がむかつくのよ)
館の中に消えていくペトラの背中を眺めながら、ニーナは舌打ちした。
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