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 ペトラは目を疑った。

 そんなはずはない。絶対に違う。

 そう思っていたが違わなかった。

 やってきたのはルーク専用の馬車だったのだ。


「ルーク様……どうしてここに……」


 馬車が目の前で停まると、客車から男が降りてきた。

 漆黒の髪をした絶世の美男子。

 ポロネイア王国の次期国王ルーク・ポロネイアその人である。

 ポロネイア王国の伯爵令嬢ニーナ・パピクルスがそれに続く。


(なんとみすぼらしい格好。髪の毛も傷んで、純白だった肌はほのかに日焼けしている。醜い。あまりにも醜い。今のペトラにかつての美貌は備わっていない。これならば問題ありませんわ。私の相手になどなりはしない)


 ペトラを一目見て、ニーナは安堵した。

 彼女の脳内には、貴族の頃と変わらぬペトラの姿があったのだ。

 だが目の前にいるのは、公爵令嬢の頃とはまるで違う成れの果て。

 安い布の服に身を纏った、少しばかし容姿がいいだけの女。

 流石のルークも目が覚めるだろう、と思った。


「ペトラ……!」


 ルークの表情が見る見るうちに明るくなっていく。

 ペトラが国外追放になって以降で最も幸せそうな顔。

 ニーナは心の中で「嘘でしょ」と嘆いた。


「捜していた。ずっと、ずっと捜していたんだ」


「捜していたって……どういうことですか?」


 ペトラには理解できなかった。

 謁見の間で自分を断罪した張本人が、自分を捜していたなんて。


「ペトラ、話をさせて欲しい」


「……」


 ペトラは何が何やら分からなかった。

 が、ルークの顔を見て、彼の言いたいことを察する。

 そこにペトラとルークの歩んだ時間が表れていた。

 皆まで言う必要はない。


「分かりました。お話をお伺いいたします」


「本当か!?」


「ですが、少しあちらの館でお待ち下さい。私はあの子達の世話をしなくてはなりません。餌やりは先ほど終わりましたが、これから放牧の時間ですので」


「ちょっとペトラ、ルーク様よりも牧場の仕事を優先するの?」


 ニーナが口を開く。

 ペトラは迷わずに「はい」と頷く。


「私はここの牧場を運営する酪農家ですので」


「それが王子殿下に対する態度ですか?」


「王子殿下であろうと、国王陛下であろうと、関係ありません」


「ペトラ、貴方って人は……!」


「よさぬか、ニーナ。前もって約束していたならばともかく、今回はいきなり訪ねたのだ。ペトラが牧場を優先するのは当然のこと。何のマナー違反でもない。それを咎めることこそマナー違反というものだ。それにここはポロネイア王国ではない。弁えるべきは我々のほうだ」


「はい……失礼いたしました……」


「ではペトラ、我々は館の中で待機させてもらおう」


「どうぞ。申し訳ないことに使用人はいませんので、一階の部屋を適当に使って頂いてもよろしいでしょうか? 二階は執務室などになっており、来賓用ではございませんので」


「し、使用人がいないですって!?」


 発狂するニーナ。

 彼女には信じられなかった。

 少なくとも数名の使用人がいると思っていたのだ。

 館はそれだけの大きさをしている。


「かまわないさ。待たせてもらおう――私とニーナは館で待機する。騎士は2名まで同行し、残りの者及び馬車は自由に行動してくれ。先ほども言ったように、ここはポロネイア王国ではない。そのことを肝に銘じるように」


「「「ハッ!」」」


 ルークの指示によって慌ただしく動き出す。

 馬車は牧場内の空きスペースに駐車した。

 8名の騎士と御者が牧場から離れていく。

 ルークは、ニーナと2名の騎士を連れて館に入った。


「今さら……」


 そう呟くと、ペトラは放牧を始めるのだった。


 ◇


 たしかにみすぼらしいペトラの姿はニーナに安堵感を与えた。

 だが、それも最初の内だけだった。

 館へ入った頃には既に、ニーナは酷い不快感を抱いていた。


(どうして! どうしてなのよ!)


 食堂のダイニングテーブルに座っている彼女の目が一点に集中する。

 視界の中心に映っているのは――この上なくにこやかなルークの顔。


(あれだけ落ちぶれた格好だったじゃない! 何がいいのよ!)


 ニーナは自分の着ている服を見る。

 最高の職人が作った優美なネイビーのドレスだ。

 海の宝石とも称される自身の青く長い髪と合っている。


 次にニーナは、手鏡で自分の顔を確認した。

 我ながらうっとりする程に美しい肌をしている。

 化粧の乱れもなければ、無様な皺も見当たらない。

 控え目に言っても「完璧」以外の表現がなかった。


 それに対してペトラはどうだ。

 容姿も酷かったが、それだけではない。

 王子を敬おうともしない不遜な態度も目に付く。

 未だに公爵令嬢気分が抜けていないとしか思えなかった。


 それなのに!


 ルークの目にはペトラしか映っていない。

 変わり果てたペトラに幻滅していないのだ。

 まるで理解できなかった。


「ルーク様、ペトラに何のお話をされるのですか?」


 沈黙を破る為、ニーナは話しかけた。

 ルークは「そうだなぁ」とニヤけながら言う。


「今はとにかく話をしたい。どんなことでもいいから、ペトラの話を聞きたい。それから……例の一件について話を聞ければいいかなって」


 例の一件とは、ニーナが仕組んだ不貞行為のことだ。


「ニーナ、悪いけど、ペトラと話す時は席を外してもらえるかい? 出来れば一対一で話したいんだ」


「それはもちろん承知しております」


「ありがとう。君もペトラと話したいことは山ほどあるだろうに悪いね」


「いえ、問題ありません。それにしてもペトラはまだでしょうか? 私、少し様子を見てきますね」


「ああ、そうするといい。たしか君も最近は魔物牧場の経営を始めたのだろ? 何かアドバイスをしたり、逆にアドバイスをもらえたりするかもしれない」


「そう……ですわね」


「まさか魔物牧場の経営まで殆ど同時期に始めるとは。君達には特別な繋がりがあるようだ。たぶんペトラは君が魔物牧場の経営を始めたとは知らないだろうから、きっと驚くぞ!」


 ペトラの驚く顔を想像してニヤけるルーク。


「そ、そう…………ですわね……」


 ニーナは席を立つと、ルークに背を向けて、食堂の外へ向かう。

 その時の彼女は、伯爵邸で働く使用人だけが知る鬼の形相をしていた。


 食堂を出たニーナはそのまま玄関に向かう。


(ペトラの様子を確認する前に頭を冷やさないと……)


 玄関の扉に手を掛けようとするニーナ。

 しかし彼女の手は空を切り、ドアノブに触れられなかった。

 扉が勝手に開いたからだ。

 反対側から誰かが扉を開けた。


「「あっ」」


 開けたのはペトラだった。

 ニーナとペトラは互いに驚いた。

お読みくださりありがとうございます。

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