023
しばらく前、ペトラの所にバーランド新聞の記者がやってきた。
独占インタビューをさせてほしい、とのことだった。
ペトラは即決することなく、まずは新聞を見せてもらった。
新聞の存在は知っていたけれど、読んだことはなかったのだ。
読んだ感想は、「よく出来ている」だった。
バーランド王国では複数の新聞社が鎬を削っている。
国営のバーランド新聞ですら、競争に勝ち抜こうと必死だ。
その為、新聞のクオリティが非常に高かった。
また、懐かしい気持ちにもなった。
前世のペトラがいた世界でも、新聞は存在していたのだ。
この世界の新聞とは違って写真まで掲載されていた。
新聞について理解できたので、ペトラはインタビューを承諾した。
インタビューはその日の内に行われた。ペトラの牧場で。
「デミグラス牛乳が何か教えていただけますか?」
女性記者がインタビュアーを務める。
その後ろには、会話を記録する男性記者。
ペトラは魔牛の世話をしながら答えた。
「デミグラス牛乳とは、有名料理店〈アレサンドロ〉のデミグラスソースを完全に再現した牛乳です。といっても、再現したのは味だけで、舌触りなどは別物です」
「魔牛から得られる牛乳と言えば、餌や飼育方法で味が決まると言われていますよね?」
「はい、その通りです」
「では、デミグラス牛乳はどういった餌と飼育方法を使っているのですか?」
「それは企業秘密……と言いたいところですが、お答えしますと、牧草にデミグラスソースをかけています」
ペトラは素直に話した。
というのも、既にデミグラス牛乳の製法が流出しているからだ。
どこの誰がどうやって知ったかは分からないが、とにかく流出している。
トムからそう聞いたし、流出している製法も正しかった。
だから今さら隠しても意味はないと考え、ペトラは包み隠さずに話す。
「それは斬新ですね。通常、魔牛の餌は専用の餌をベースに、野菜などを混ぜて作るものだと言われています」
「ですね。私もそのように学びました」
「ではなぜ、牧草にデミグラスソースを掛けるといった、既存のものとはまるで違う特殊な製法に至ったのですか?」
「数ヶ月前、王国全土が暴風雨に見舞われましたよね? あの時に、契約していた餌の業者さんが来られなくなり、そのまま契約を打ち切られました。この町には魔物の餌を販売している方はおられませんし、だからといって、この子達の世話があるので町を離れるのも難しいです」
「それで独自の餌を試し始めたというわけですか」
「そうです。最初は苦労の連続でした。レタスやら何やらと試したのですが、どれも失敗ばかりで……。その時につけていたノートもありますが、ご覧になりますか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか」
「そうした失敗を経て、デミグラス牛乳が完成したわけですね?」
「はい。狙って完成させたというよりも、偶然の積み重ねで出来たというのが実際の所ですね。あの頃はその日を生き抜くだけで精一杯だったので、一山当ててやろうなどと考える余裕はありませんでした」
「分かりました。質問は以上になります。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
記者の質問はデミグラス牛乳のことに終始していた。
ペトラは、考えておいた嘘を言う必要がなかった、と密かに安堵する。
ポンドの養女になる前のことを訊かれた時のことを想定していたのだ。
流石に隣国の公爵令嬢でした、とは言えないので嘘をつく必要がある。
彼女は現実味のある嘘を適当に考えていた。
◇
ペトラのインタビュー記事が新聞に掲載された。
インタビューからしばらく経ち、新聞のことを忘れかけていた頃だ。
新聞がペトラの手に届いたのは、更に数日後である。
ココイロタウンは王都から離れている為、即日では届かない。
「あんなにたくさんの質問に答えたのに……! どこの世界も新聞のインタビューってこういうものなのかねぇ……」
新聞を読んだペトラは、ガクッと肩を落とす。
インタビュー内容は大半がカットされていたのだ。
自分の中で「決まった!」と思うような回答も載っていない。
元々、記事のスペース的に全部は載せられない、と言われていた。
それでも、もう少したくさん載るだろう、と楽しみにしていた。
「ま、いっか。新聞に掲載されるなんて経験、人生初だし!」
貴重な経験が出来た、ということでペトラは新聞を読み終える。
館を出て、いつものように作業を始めた。
「ふぅ、これでよしっと」
牛乳機と鶏卵機が仕事を終えて、畜産物の出荷準備が整う。
するとそこに、一台の馬車がやってきた。
お読みくださりありがとうございます。
評価・ブックマーク等で応援していただけると励みになります。
楽しんで頂けた方は是非……!