022
「ルーク様!」
ノックもせずに扉を開ける兵士。
「何事だ!?」
兵士は息を切らせながら、手に持っている紙を掲げて言おうとする。
――が、部屋にニーナがいると気付いて口をつぐんだ。
「れ、例の極秘調査の件なのですが……」
極秘調査とはペトラの捜索のことである。
国外追放した元婚約相手を表だって捜すことはできない。
その為、ルークは「極秘調査」として密かに捜させていた。
ルークは視線をニーナに移す。
ニーナは自分の存在が邪魔になっていると気付いた。
それと同時に、極秘調査がペトラのことだと察する。
ルークがペトラを捜していると、ニーナは知っていた。
「ルーク様、私、少し外へ」
「いや、かまわない、此処にいてくれ」
「よろしいのですか?」
「極秘調査とはペトラのことだ。実は、少し前からペトラの行方について調べてもらっていた。どうしているのか気になってな」
「それは知りませんでした」
ルークは「だから気にせず話してくれ」と兵士に命じる。
兵士は「ハッ」と言って、手に持っている紙をルークに渡した。
「これは……新聞か?」
「さようでございます」
文字だけで構成された情報紙――それが新聞だ。
バーランド王国は新聞が盛んで、複数の新聞社がある。
兵士が持ってきたのは、王国が運営する国営新聞だ。
「それの3面で取り上げられている魔物牧場の経営者という女性、もしかするとペトラ様ではないでしょうか?」
「なんだと?」
ルークが新聞をめくる。
ニーナは心の中で舌打ちした。
「ココイロタウンに現れた新進気鋭の女性酪農家。名店〈アレサンドロ〉の味を完全に再現した型破りなデミグラス牛乳に国王陛下も大絶賛。地味な格好をしていても隠しきれない美貌と相まってファンが急増中。そんな酪農界に革命を起こした18歳のカリスマ酪農家ペトラに、弊紙は独占インタビューを敢行――間違いない、彼女だ! 私の知るペトラだ!」
無意識に席を立つルーク。
「そ、その新聞、わたくしにも見せて頂けないで、でしょうか?」
ニーナは声を震わせながら言う。
ルークは「もちろんだとも!」とニーナに新聞を渡す。
「グググッ……ギギギッ……」
ニーナは新聞を食い入るように見る。
――フリをして、顔面をひどく歪ませていた。
(ついにルーク様がペトラに気付いてしまった! それも酪農家としてのペトラに! なんでこんなことになるのよ! ついさっきまで、私の決意表明で良い雰囲気になりかけていたのに!)
ニーナの顔が、手が、体が、震える。
怒り、悔しさ、嫉妬、どす黒い感情が際限なく湧き上がる。
「ニーナ? 大丈夫か?」
「え、ええ、まぁ、はい、大丈夫です。し、しかし、これは本当に、私達の知っている、ペトラ、でしょうか?」
どうにか震えを隠そうとするニーナ。
「というと?」
「だ、だって、おかしく、ありませんか? ペ、ペトラが、牧場を経営している、なんて。しかも、大成功、している、ですよ? ペト、ペトラには、何も、経験とか、知識、とか、ないは、ず、ず、なの、に」
最後のほうは言葉にならなかった。
ルークをペトラと会わせないように、と頑張るも無理があった。
冷静沈着なニーナですら、冷静さを保つことが難しかった。
「本人かどうかは確かめればわかることさ。それよりどうした? 震えているぞ? 体調でも悪いのか?」
「い、いえ、た、ただ、あまりの、おど、驚き、で」
「気持ちは分かるさ。私も同じ気分だよ。なっはっは」
ルークが久しぶりに明るい笑いを浮かべる。
ニーナは「まるで分かってないじゃない」と心の中で毒を吐く。
「それでルーク様、いかがなされますか?」
兵士が尋ねる。
ルークは「決まっているだろう」と即答した。
「今から会いに行く。馬を出せ」
「お、お待ち下さい! ルーク様!」
ニーナは慌てて止めに入った。
「ルーク様はこの国の第一王子です。バーランド王国が友好国であるとはいえ、一国の王子がそう易々と他国へ行かれるのはよろしくありません」
「たしかに一理ある」
ホッと安堵するニーナ。
「では、ペトラの確認は誰か使いの者にでも」
「いや、皆で行こう」
「へっ?」
「ニーナの言う通り、1人で行動するのは問題だ。自分の身分を弁えない行動と言えるだろう。だから、正式な外遊としてバーランド王国に向かう。――誰か! 今すぐ騎士団に連絡しろ! バーランド王国に外遊する為の手筈を整えるのだ!」
部屋の向こうから「かしこまりました!」という声が聞こえる。
「いやいやいやいや、そんな、そんな……」
「何か問題が?」
「…………いえ」
ニーナは適切な反論が浮かばなかった。
(せめてペトラとルーク様が会うことだけは阻止したかったけれど、どうすることもできないわね……。かくなる上は!)
止められないと判断したニーナは、次善の手を繰り出す。
「ルーク様、私も同行させて頂けませんか?」
「なに?」
「私も伯爵家の人間ですので、気軽に他国へ行くことは出来ません。それにペトラは私の親友です。国外追放になったとはいえ、会う機会があるのであれば、久闊を叙したいものです」
「たしかにそれもそうだな。ではニーナ、私と一緒に行こうではないか」
「はい!」
ルークとニーナが、ペトラのもとへ向かうのだった。
ペトラがポロネイア王国を追放されてから約半年が経った時のことである。
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