021
「ルーク様、定期報告に上がりました……」
「その様子だとペトラは見つからずか」
「申し訳ございません……」
かつてペトラと暮らしていた館の自室で、ルークは深いため息をつく。
それから執務机に突っ伏した。
ルークのペトラ捜索は難航していた。
ニーナと違い、ルークがペトラを捜し始めたのは最近のこと。
つまり、ペトラが国外追放されてからしばらくが経っている。
その状況で、一般人の女を見つけ出すのは至難の業だった。
赤髪の美女で、年齢は18歳。
人によってはもう少し幼く見えるやもしれぬ。
ペトラに関する情報はそれだけだ。
もしもここで名前を出せばすぐに見つかっていただろう。
ペトラはバーランド王国でも、ペトラという名で過ごしているから。
名前を伏せて探していた理由は2つある。
1つは、名前を言えば公爵令嬢だと気付かれかねないから。
今のペトラには後ろ盾がない為、公爵令嬢だと知られると危険が増す。
もう1つは、偽名を使っている可能性が高いこと。
合理的に考えた場合、素直に名乗っている事のほうがありえなかった。
もしも彼女が偽名を使っているとしたら、名前を出すのは悪手だ。
ペトラという名前に囚われすぎて、近くに居ても見落としかねない。
「ペトラ……ペトラ……」
この時、ルークは後悔の念でいっぱいだった。
完璧過ぎる状況証拠があるからといって、激情に駆られすぎた。
もう少しペトラの言い分を聞くべきだった。
ペトラとルークの交際期間は3年。
未成年だった頃から付き合い、18歳――成人すると同時に婚約した。
その間、公務で離れている時以外、殆ど全ての時間を共に過ごしてきた。
「どうしてペトラの声に耳を傾けなかったんだ……クソッ!」
ルークは机を力強く叩いた。
それに反応したわけではないが、部屋の扉がノックされる。
ルークが「なんだ」と言うと、扉の向こうから返事があった。
「ルーク様、ニーナ・パピクルス様が参られました」
「またニーナか……入ってもらえ」
「ハッ」
ルークは気付いている。
ニーナが自分のことを好いている、と。
誰が見ても分かる程に、ニーナはアピールしていた。
他の令嬢に近づく余地を与えないよう動いていることも知っている。
(どうしたものか……)
ルークはニーナに対し、欠片ほどの恋愛感情も抱いていない。
たしかに容姿は美しいし、自分に対して献身的で、すごく良い女性だ。
ペトラが追放される前は、よく3人で話したものだ。
彼女はペトラの友達でもあり、自分の良き理解者でもある。
だが、ニーナには貴族特有の腹黒さがあった。
全ての行動が計算されており、常に損得を考えている。
故に、心の底で何を思っているのかが分からなかった。
好意の対象が自分なのか、それとも権力なのかも不明だ。
そういう相手に対し、恋愛感情を抱くことはできなかった。
とはいえ、今の状態はよろしくない。
ニーナは明らかに自分のことを待っている。
いずれは振り向いてくれるだろう、と。
そんな日が来ないのに待たせ続けるのは酷だ。
彼女にはもっと他に相応しい相手がいるだろう。
「ルーク様、お体の調子はいかがですか?」
ニーナが部屋にやってきた。
煌びやかなドレスを身に纏っている。
そのドレスに負けないほどに彼女は美しかった。
「まぁ変わらずかな」
「そうですか……」
ニーナは執務机の前にあるソファへ腰を下ろした。
「気分転換にお外でも歩きませんか?」
「いや、それよりも、少し話をさせてくれないか?」
ニーナの顔がパッと明るくなる。
「お話ですか!? 喜んで!」
この時、ニーナは誤解していた。
いよいよルークがペトラ以外に目を向け始めたのだ、と。
だから次の瞬間、彼女は絶望することとなった。
「ニーナ、君の気持ちは嬉しいのだけど、君の好意に応えることは出来ない。時が経てば、と君は思うかもしれない。しかし、私の気持ちが君に向くことはないのだ。本当にすまない」
「えっ……それ……は……」
固まるニーナ。
「君は誰よりも美しく、聡明で、私に対して献身的だ。それに私とペトラが心を許せる唯一の相手でもある。だが、君には貴族の香りがしてならないんだ。実際のところは分からないが、裏表があるように感じる。それがどうしても引っかかるんだ」
「………………」
ニーナは何も言えなかった。
真っ白になった頭の中を必死に回復させている。
色々な感情がこみ上げてくるけれど、まとめると次の一言だ。
「とても……傷つきました……」
これはニーナの本心だった。
ニーナの心はズタズタに傷ついていた。
色々な意味で傷ついている。
「すまない、本当に。だからどうか、今後は別の相手を探してくれ。君にはもっと相応しい男がいるはずだ。国外追放になった元婚約者を想い続ける憐れな男なんかよりも、ずっと相応しい男が」
ルークが深々と頭を下げる。
「……ルーク様のお気持ちは分かりました」
ルークの心が軽くなる。
ようやくニーナに気持ちを伝えることが出来た。
そして彼女は「分かりました」と言った。
「ですが、私の意思は変わりません」
「えっ」
ここでルークの想定していない展開になる。
「私にとって、ルーク様が最も素晴らしい男性です。ペトラがいた頃は、お二人の関係に水を差すまいと控えていました。しかし、ペトラがいなくなった今、私はどうやっても止まりません。たしかに私には裏表があります。ルーク様に気に入ってもらえるよう、可能な限りの手を打っています。私はそういう人間です。自分でも分かっています。それでも、私は絶対に諦めません」
「ニーナ……」
ニーナは引き下がることなく、強い口調で言い放ったのだ。
その時、ルークの部屋に兵士が駆け込んできた。
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