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デミグラス牛乳が出来た時から、ペトラは仮説を立てていた。
――牧草に味付けをしたら、その味の牛乳ができるのではないか。
この仮説が正しければ、今後の商品開発はとても楽になる。
今までのように色々な野菜を与えて味の特徴を調べる必要がない。
好みの味を牧草に付けるだけでいいのだ。
デミグラス牛乳を見る限り、この仮説はまず間違いなく当たっている。
なにせあの牛乳は完全にデミグラスソースの味を再現しているから。
しかし検証していない為、確信をもつことはできなかった。
3頭の魔牛を買ったことでようやく検証できる。
仮説の真偽を確かめる時だ。
数日後、ペトラは3頭の牛にそれぞれ別の餌を与えてみた。
1頭目には、搾ったレモンの汁をかけた牧草。
2頭目には、デミグラス牛乳をかけた牧草。
3頭目には、生クリームを塗りたくった牧草にイチゴをのせた物。
魔牛は雑食ということもあり、味付きの牧草を豪快に食べる。
ただ、レモン担当の1頭目は、酸っぱさから眉間に皺を寄せた。
こんな酸っぱい物を食べさせんじゃねぇ、と言いたげだ。
ペトラは味の予想をする。
レモン担当からは、レモンの汁と同じ味のする牛乳ができるはず。
もしもそうであれば、ペトラの仮説が正しいと証明されたことになる。
デミグラス牛乳をかけた牧草は想像がつかない。
デミグラス牛乳が出来上がるのか、もしくはまるで違う味になるのか。
ただ味が薄れるだけという結果に終わる可能性もあった。
最後の生クリームとイチゴについては実験だ。
ペトラとしては、イチゴミルクが出来上がると睨んでいた。
(さて、どんな味になるか……)
期待に胸を膨らませながら、ペトラはその日の活動を終えた。
◇
翌日。
いつもと変わらぬ朝がやってきた。
いつものように起きて、いつものように行動する。
そして、いつものように採乳を済ませた。
「果たしてお味は……!」
まずはレモン担当の牛乳から。
見た目は純白だが、レモンの香りがする。
舐めてみたところ――。
「うげぇ! 酸っぱい! レモンだ!」
完全にレモンの味だった。
牧草にかけた搾りたてのレモンと同じ味だ。
ペトラは確信した。自分の仮説は正しいのだ、と。
「次はデミグラス牛乳をかけた牛乳ね……!」
ごくりと唾を飲む。
見た目は相変わらずの純白だが、香りは弱い。
微かにデミグラスソースの香りが漂っているだけだ。
この時点ではデミグラス牛乳と完全に同じである。
デミグラス牛乳も、通常のデミグラスソースより香りが弱かった。
ただし、口に含むとデミグラスソースの味がするのだ。
クライスから聞いた話だと、一度沸騰させると香りが強まるらしい。
「お願い……! デミグラス牛乳になっていて!」
ペトラにとって、デミグラス牛乳を掛けた牧草の結果が最重要だ。
結果がデミグラス牛乳と同じ味なら、今後の作業がグッと楽になる。
毎度のように大量のデミグラスソースを作るのは大変だから。
いよいよ味を確かめる時。
ペトラは緊張の面持ちで出来たての牛乳を口に含む。
その結果は――。
「やったぁああああああ!」
ペトラが最も期待している味だった。
つまり、デミグラス牛乳と全く同じである。
デミグラス牛乳で味付けした牧草からは、デミグラス牛乳ができる。
味が薄れることはなかった。
「これで毎日のソース作りから解放される!」
グッと握りこぶしを作るペトラ。
デミグラスソース作りに費やす時間を無くせるは大きい。
それに、デミグラスソースの材料費が浮くのも嬉しかった。
デミグラス牛乳は、ただでさえ低コストで製造できる。
それなのに、ここへきて更に製造コストが下がってしまった。
流石のペトラでも、「これは儲かってしまうなぁ」とニヤける。
「今のところは順調ね。さて、残すは……!」
イチゴと生クリームを餌に生み出された牛乳だ。
ペトラの予想はイチゴミルク味。
実際のところは――。
「うわぁぁぁぁ、本当に出来ちゃったよ!」
ペトラの予想通りイチゴミルク味だった。
しかも、ペトラが予想していたよりも、遥かに味が濃い。
「これって、牧草に生クリームを塗ってそこに何かを追加したら、その味のミルクができるってことなのかな?」
ペトラがイチゴミルク味について仮説を立てる。
その仮説が正しいと彼女が知るのは、それから数日後のこと。
こうして、ペトラは牛乳の味を簡単に調整する術を身に着けた。
仮説が正しかった上に、デミグラスソースを作る必要もなくなった。
今後はじっくりと新商品の開発に取り組める。
(しばらくはデミグラス牛乳の一本柱でも大丈夫だね)
――が、ペトラは商品開発を中止させることに決めた。
余裕が出来たことで考えが変わったのだ。
今までのように危機感を抱いて焦る必要はない。
いざとなれば簡単に別の味がする牛乳を作れるのだから。
「よーし、今日はクライス様のお店でたらふく食べるぞー!」
ペトラは上機嫌で町へ繰り出すのだった。
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