019
「この子とこの子、それにあの子も買います」
「まいどあり! それにしてもペトラちゃんは、魔牛と仲良くなるのが上手だね。家畜用の魔物を販売して長いけど、気性の荒い魔牛達とこれほどあっさり打ち解けるのを見たのは今回が初めてだよ。何かコツとかあるのかい? ウチの若いもんなんて、今月だけで既に8人は魔牛にやられて大怪我をしてるんだ」
「うーん、特に何も意識していないんですけどね……。なんとなく目を見ると心が分かると言うか、とにかく、普通の牛と同じで怖がらずに可愛がってあげるのがポイントじゃないでしょうか。しいて意識するなら、家畜ではなく家族として見てあげる、とかですかね」
「なるほど、深いねぇ、実に深い。参考になるよ」
ペトラは新たな魔牛を購入した。
今回の購入数は3頭。牧場にいる8頭と合わせて11頭になった。
いずれはもう少し数を増やしていき、最終的には数十頭を目指したい。
遠い先の話だ。
「牧場まで運ぼうか?」
「いえ、大丈夫です、自分で運びますので!」
「いいけど、逃げても保証しないよ」
「分かっています! ありがとうございましたー!」
ペトラは3頭の魔牛をロープで連結させる。
それから、先頭の魔牛の上に乗った。
「おいおい、ペトラちゃん、魔牛は闘牛より危険だぞ!」
「大丈夫ですよ! 牧場の子らともこうして遊んでいますから!」
ペトラが魔牛の体をポンポンと叩く。
すると魔牛は嬉しそうに鳴き、ゆっくりと牧場へ歩く。
「信じられん……魔牛に乗っちゃってるよ……」
魔物の販売業者は、ペトラの後ろ姿を見て愕然とするのだった。
◇
買ってきた魔牛を牛舎に入れるペトラ。
新顔の登場に、既にいた魔牛達は驚いた様子だった。
だが、ほどなくして、仲良く体を擦りつけ合う。
「よしよし、新しい環境にも馴染んでいるようだね!」
ホッと安堵の息を吐く。
もしも魔牛同士で喧嘩をしたらどうしよう、と不安だった。
魔牛同士の反りが合わないことはよくある。
今回買った3頭の魔牛は、新しい味の牛乳を考案するのに使う予定だ。
既存の8頭には、今後も変わらずにデミグラス牛乳を担当してもらう。
「さて、と。まずは仲良くならないとねぇ」
新たな味を考案するより先に、魔牛と打ち解ける必要がある。
牛乳の味や質は、餌のみならず親密度でも変わってくるのだ。
試行錯誤を始めるのは、数日掛けて仲良くなってからである。
「自由時間だよー! 楽しんでおいでー!」
ペトラは放牧用のフィールドに11頭の魔牛を放つ。
魔牛達は広大なフィールドを上機嫌で歩き回る。
放牧も大事な作業の一つだ。
牛舎の中に閉じ込め続けているとストレスが溜まる。
日中は牧場内を好きに歩かせて気分転換させるのだ。
魔牛は賢いから、勝手に敷地から出ることはない。
決められた場所の中でまったりと過ごす。
だから、監視を徹底する必要はなかった。
「今日の売り上げも絶好調っと♪」
ペトラは館に入り、執務室で帳簿を付ける。
トムに卸す牛乳の量は変わらずだが、買い取り額は増えていた。
一昨日より昨日、昨日より今日、今日より明日。
需給の均衡が取れるその日まで、デミグラス牛乳の価格は上がり続ける。
それはつまり、ペトラの収益が増えるということ。
帳簿を付け終えたら、外に出て魔牛と過ごす。
鶏舎からは魔鶏の大合唱が聞こえてきた。
コーケコッコ、コケコッコー♪
「今日は鬼ごっこをするよ!」
「「「モォー♪」」」
「よーし、今日はこの子が鬼だ!」
ペトラは鬼と指定した魔牛に跨がった。
そして、他の魔牛に向けて突っ込ませる。
「待てー!」
魔牛に乗って追いかけるペトラ。
他の魔牛は捕まるものかと逃げ回る。
こうやって魔牛と遊ぶのがペトラの日課だ。
他の魔物牧場では、ペトラのように魔牛と遊んでいない。
それどころか、魔牛に跨がることは御法度だった。
魔牛を怒らせて大怪我をする恐れがあるから。
下手をすれば死ぬ可能性もある。
常人ならば怖くてできないようなことだった。
これこそが、デミグラス牛乳の秘密になっていた。
ただ好かれるだけではなく、一緒に遊ぶ程の仲に発展する。
そうすることで、魔牛は飼育者のことを“仲間”と認識するのだ。
極限まで親密度が高まった時、畜産物のクオリティが覚醒する。
その覚醒によって生まれた物がデミグラス牛乳に他ならない。
だから、他の業者はどうやっても再現できなかった。
ペトラのように魔牛と戯れることができないから。
どれだけ頑張っても、家畜と飼育者の関係性は覆らない。
ペトラのように、家族や仲間といった関係にはなれないのだ。
「待てー! 逃がすかー! うりゃりゃー!」
「「「モォー♪」」」
そんなことを知らないまま、ペトラは魔牛と戯れるのだった。
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