桜の下の墓
「ハル…ハル!」
「…あ、ごめん」
「ほら…なむなむちゃんとして」
「…うん」
辺り一面の桜色。空は雲ひとつない快晴だった。彼女が死んだのは、冬も終わりが見えた日だった…目の前の灰色に目線を合わせるみたいにしゃがみ込む。
目を閉じ手を程良い時間に合わせ、ゆっくりと目を開け立ち上がる。
「ちゃんと挨拶出来た?」
母さんはにこにこしながら私に聞いてきた。
「うん」
石なんかに挨拶する訳ない。なむなむという言い方を私にする母さんにいらいらする。
桜の花びらが雪のように散っていく。
今日は、高校の入学式だった。
大して面白くもなかったし、どきどきもしなかった。お爺さんがだらだらと話をしたりして、勿体ぶった式だった。きっと死ぬ日には思い出せない。
でも、母さんは喜んでいた。
私もそれが嬉しかった。
でも、同時に気が滅入った。なんでかはよくわからないけど、よくある事だ。
「ありがとう、ハル。おばあちゃんもきっと喜んでるわ」
桜の下で花見をする家族が遠目に見えた。
小さな子供が祖母であろう女性に抱きついていた。
「…うん」
「ハルは優しい子ね」
そう言って満足そうに母は笑った。
私の中にまた怒りが生まれた。
幽霊を信じてない訳じゃない。
呪いも祟りもあるのならあるんだろう。
ただ、墓というものに情なんか湧かなかった。
どう見ても、桜色の中の灰色だ。
そんなものに祈ったりする事は出来なかった。
嫌いな訳じゃない。
むしろ、祖母の事は大好きだった。
彼女が死ぬなんて思わなかった。
でも、彼女は墓じゃない。
大々的な入学式も、墓への挨拶も。
どうにもそういったことは苦手だった。
桜の木の下に立つ。
私の触った遺体の頬は冷たかった。
その時も、なんだか気持ち悪くて触りたくなんてなかった。
母さんが触れておけというから、触った。
母さんの機嫌を損ねたくなかった。
えづきながらそっと一瞬触った。
涙なんて出なかった。
これは元祖母だ。祖母じゃない。
幼いながらにそう感じた。
「可哀想に」という母が鬱陶しくて、いらいらした。
目の前に桜の花びらが落ちる。
はやくここから出たかった。
理由も何もない。いらいらしていた。
はやく帰りたかった。
新品の高校の制服を脱いで、パジャマに着替えたかった。
でも、母さんの機嫌を損ねたくなかった。
私は死に物狂いで灰色の石の前に立つ事だけを考えていた。
灰色の石は勿論何も言わないし、祖母じゃなかった。