006ウーザイ
まるでブルドッグのような獣めいた男、ウーザイ。着ている毛皮はあえて面積が少なくされており、その胸の筋肉の隆起が一望できる。腰から下は茶色のパンツだが、さほど不潔でなさそうなのは、こいつが綺麗好きというより手下がそうであるからだろう。
「アクジョ、知り合いか?」
彼女は緑のドレスを伸ばして立ち上がった。今日は髪を背中に垂らしていて、黄金があざやかに波打つ。
「私の幼馴染よ。三つ隣の屋敷に住んでるおぼっちゃん。去年あたりから結婚しようぜってしつこいのよね」
ウーザイはほめられたわけでもないのに喜んだ。どう猛な歯がむき出しになる。
「へへへ、今日も可愛いなあアクジョ。カイザ王子なんか断って、俺と人生を共にしようぜ」
「あんたとなんかヘドが出るわ。だいたい今日も門番を倒してきちゃったわけ?」
「うぇへへ、俺の手にかかりゃひとひねりよ。今頃仲良くおねんねの最中さ」
その辺でメイド三人が追いついてきた。メシツ、カイ、キャシーの面々だ。
「ウーザイ様、何度も注意差し上げたはずです! みだりにアクジョ様お屋敷へ侵入してはなりませぬ、と! どうしてお聞き入れなさらぬのですか?」
筋肉ダルマは太い眉を吊り上げた。こめかみに血管が浮いていて、内心の嵐が知れる。
「やかましい! お前らに用はないわ!」
周囲の者をすくませる大音じょうだった。実際召使いたちは震え上がって声もない。アクジョはうるさそうに耳を押さえて不機嫌ヅラだ。
音、か。俺はここで自分のチート技を思い出した。まだ生物相手に試したことはないが、いい機会かもしれない。
「おい、デカブツ!」
そこで初めてウーザイの脳に俺が認識されたらしい。奴はこちらをしげしげと眺めて、アクジョに確認した。
「おいアクジョ、こいつはどこの馬の骨だ? 姉妹にしては似てないしな……」
俺はまた女扱いされたことに頭にきた。絶対にのしてやる。
「うるさい、俺と勝負しろ! んで、俺が勝ったら二度とこの屋敷に入ってくんな!」
アクジョが俺を二度見して、馬鹿を言うなとばかりにしかりつけてきた。
「あんたみたいなひ弱が勝てるわけないでしょ、ウーザイに!」
ウーザイはずかずか入り込んでくると、俺の胸ぐらをつかんで引っ張り上げた。おいおい、何て怪力だよ。
「勝負だと? そんなもんやる前に、今すぐぐっすり眠らせてやる。お前は女だからな、手加減してやるぞ。ありがたく思え」
こりゃチート技が通じなかったら半殺しにされそうだ。ウーザイが空いている拳を固め、大きく振りかぶった。
アクジョが金切り声を上げる。
「ちょっと! ウーザイ!」
「じゃあな、可愛子ちゃん!」
ウーザイの岩のようなゲンコツが、俺の顔に猛烈な勢いで迫る。俺は冷や汗と脂汗を同時にかきながら、どうにでもなれと言葉を発した。
「わっ!」
何のことはない、ただの声である。だが『女神』の慈悲で包まれたそれは、そのまま消え去ることはなかった。
空中に銀色の波形が浮かび上がる。それはすさまじい速度でウーザイのみにくい顔面に衝突し、粉々に砕け散った。俺の声が、物質化して命中したのだ。
これで威力がなかったらどうしよう。そんなことも考えて一瞬目をつぶりかけたが、奴は鼻血をまき散らして大きくのけぞった。
「ぐはぁ……っ!」
銀のかけらは八方へ舞い散りながら消滅する。俺は脱力して仰向けに倒れたウーザイから、離れて地面に着地した。メイドたちは下敷きにならなかったらしい。
アクジョが驚嘆に口元をおおったまま動かない。
「何……今の……」
◆◆◆
液晶画面が発光し、意識が遠ざかる。だがそれはせつなの時間で、俺が気を取り直すと、目の前には真っ白な大地が広がっていた。
「へ……?」
確か俺、『ブレードパラダイス』を初プレイしようとしてたんだよな。それが何で、こんな空間に……?
「ここは現実世界とゲーム世界の狭間にある広場……」
とつじょ背後から女の声が聞こえて、俺はびっくりして飛び上がった。振り向けば、空色の長髪に純白のコートを着込んだ、見目うるわしい20歳ぐらいの女が立っている。手に黄金に輝く杖を握りしめていた。
「シュジ・ヒロシゲ。あなたは『ブレードパラダイス』の村人Aに選ばれました」
は? 何真面目な顔して言っちゃってんの、この美人さん。俺はこの意味不明かつ不可解な状況に、しかし一つの結論を得て安堵した。
「ああ、夢か」
そうそう、これは夢。なあんだ、分かってみれば簡単なことじゃないか。俺はむしろ微笑んで美人さんに語りかけた。
「あんた、名前は?」
「『女神』シンセです」
凛とした声音だ。ふうん、女神様、ねえ。こりゃ夢確定だな。
「じゃあシンセさん、何であんたは俺の前に出てきたんだ? 俺はゲームをやろうとしてただけなんだけど」
『女神』は咳払いをしてからまくし立てた。
「『ブレードパラダイス』のゲームソフト、出荷分100万本の中のこの一本に、魔神『ワルイ』が侵入したのです。私たち女神から受けた傷をいやし、再び力をたくわえるその日まで、ゲーム世界にこのまま居座るつもりでしょう」
シンセは悔しげに顔をゆがませ、杖にぶら下がる付属物を鳴らした。金属音が生じて消える。
「一方、私たち女神も相当に神力を消費してしまいました。この上ゲーム世界に乗り込むことは出来ません。協議の上、私たちはある一つの決断を下しました。ソフトの内在空間に、人間の刺客を送り込んで、魔神を倒させようと。それなら数人は可能です」
えーと、つまり……
「俺に魔神を倒せ、と?」