034クッタ
その小男はカイザ王子にうやうやしく自己紹介した。
「私はマンプク王国国境守備軍指揮官、クッタと申します」
卑屈な上目遣いで王子を見つめる。
「盗賊団退治に進行中、戦闘の音を聞いてここへ駆けつけました。失礼ですが、貴方様方は?」
カイザ王子は兜を脇に抱えて一礼した。
「僕はゼイタク王国王子、カイザ・レギオン・ジャン・アルベルト。今は勇者カイザとして魔王退治に向かっているところです」
国境守備軍がざわついた。クッタは暑くもないのにしきりと汗をぬぐう。
「これはこれは、大変ご無礼をいたしました。拝謁たまわり光栄に存じます。この森が国境であることはご存知ですか?」
カイザ王子はこともなげに返す。
「もちろんです。ただ、明確な線引きはなされておらぬので、森を出てから貴国の係官と折衝しようと考えておりました。ここで出会えたとはちょうどいい。ぜひとも入国を許可していただけますかな」
クッタは細い目を更に糸のようにする。俺の隣の戦士――キルとか言ってたっけ――が小声でささやいた。
「こいつら、知ってやがったな」
俺もつられて低い声で尋ねる。
「何をですか?」
「盗賊団の襲撃さ。何なら俺たちがこの森を通過する時刻や勢力さえ、連中に教えていたかもしれない。俺たちのお手並みを拝見するためにな。……それがどうだ、完勝だ。クッタの奴、俺らの実力にとんだ計算違いだと、あわててやがるのさ」
なるほどな。さっきからのぎこちない態度の理由はそれか。
クッタは南を指して手を広げた。
「もちろんですとも。入国を歓迎いたします。まずは王宮へ案内させていただき――」
カイザ王子は手を挙げて断った。
「いや、その必要はありません。我々は貴国を縦断し、魔王のダンジョンのある大陸へ進行する予定ですから。ただ――」
手を下ろす。声に厳しいものが混じった。
「その前に、我々から奪い去った少女について、ぜひお返し願いたいのですが」
再び前と後ろでさざ波が走った。クッタは上位の者らしく、むしろ逆に動揺を鎮めつつある。
「はて、少女ですか。存じませんが、名前は何と?」
「アクジョ。僕の婚約者のアクジョです。大切な人なんです」
王子は俺の今朝した話を信じてくれているようだった。さらわれたのは広院――ヒロイだが、そうとバレれば殺されてしまう可能性があるのだ。
クッタは冷静さを回復したようで、わざとらしくもみ手をする。
「アクジョ様ですか。……そうですね、それはそれは心中穏やかではございませんよね。もちろん我が国に人さらいなどおるはずもございませんから、全くもって言いがかりと申す他なく……」
「それは失礼しました。ならば魔王の大陸に直行するまで……」
「いえいえ、先を急ぎなさいますな。我が国にも無法者は絶えずおります。あるいは最近そのような誘拐の案件が起きておるかもございません。……その辺りの照会のためにも、やはり我らが王宮へいらっしゃっていただけませんかな。歓待をお約束しますぞ」
どうあってもマンプク王国王宮内に俺たち一行を引きずり込みたいらしい。カイザ王子は燃えるような赤髪を撫でて気持ちを落ち着かせる。
「……承知しました。ならば道案内と、我ら一行の身の安全の保障をご確約ください」
クッタはしめしめとばかりに口もとを手で押さえて忍笑いした。
「それはもちろん。では、南下するのでついてきてください。まずは森を抜けましょう」
「じゃ、私はヒロイを名乗ってろってこと? あの泥棒猫の命を救うために?」
アクジョは悪役令嬢の本領発揮とばかり、走行する馬車内でぶうたれた。
「あんな奴、死んでしまえばいいのに。そうしたら邪魔者がいなくなって、カイザ王子様も私の大切さに再び気付いてくれるに違いないわ」
俺はムカつきを抑えながら説得した。
「ヒロイは俺のいも……親戚なんだ。頼むよ、アクジョ」
「ふーんだ。あなた、いつからあいつの側についたのよ。私の所有物のくせに」
「人命に関わることだぞ。王子を悲しませていいのか?」
アクジョは背もたれに寄りかかってため息を吐いた。
「分かった。分かったわよ。あのメス猫が戻ってくるまで、私がヒロイを演じてればいいんでしょ。この裏切り者」
「すまない」
俺はやれやれと肩をもんだ。女神シンセは、妹が誘拐犯ハンニバルとの道中、自分はアクジョだと嘘をついていると語った。広院は『ブレードパラダイス』離脱を考えていないのだ。きっと助けが来ると信じて……
国境守備軍数百人の後に50余名の魔王討伐隊が続きながら、舗装された道をひた走る。やがて森は途絶え、起伏の乏しい地平が開けてきた。いよいよマンプク王国領内に入ったのだ。
俺たち一行は陣形を再編しつつ、遠くかすかに見える城壁を目指した。更に数時間かけて、そこへとたどり着く。
「おお……」
俺は思わず感嘆した。後にしてきたゼイタク王国の首都と比べても、マンプク王国のそれは見劣りしなかった。丘陵に建設されたそれは、高さ15メートルほどの囲壁に防御されながら、天辺の天守閣まで密度の濃い街並みが展開されていた。
ここに国王ゲップが君臨し、魔王相手に生け贄を捧げながら、国の安泰をはかっているのだろうか。そして、さらわれた広院もここのどこかに囚われて――
堀の近くに魔王討伐隊をとめたカイザ王子は、皆んなに告げた。
「僕1人で行ってくる。諸君はここで待っていてくれ」




