031捜索
俺は3人に経緯を説明する。
「さ、捜さないと……!」
僧侶ナオスが前に乗るイナーズにわめいた。だがアクジョの元許嫁は冷静だった。
「落ち着くんだ。今更この闇の中を走るのは危険過ぎる。だいたいヒロ、近づいてくる曲者の馬の足音には気づかなかったのかい?」
俺はそういえば、と思った。広院をさらった馬は無音で迫ってきていた。
「蹄の音がしなかったんです。だから風のようにヒロイをさらわれた……」
「その馬は?」
「さっきその……足を滑らせてずっこけました。犯人はそれでもヒロイを抱えて健脚で逃げていったんです」
「その馬を見てみよう。それからシトメール、この誘拐を本陣に知らせて、助けを数名寄こしてくれ――ただし、王子には伝えないように。……ではヒロ、案内してくれ」
馬は腰の骨を俺に砕かれて虫の息だった。よくよく見れば、その額に三角のツノが生えている。イナーズが明かりを近付けてうなずいた。
「魔物の馬か。宙にわずかばかり浮いて迫ってきたものだろう。そのまま上昇して逃げ去るつもりだったんだ。……あれ、でも変だな。ならどうしてずっこけたりしたんだろう?」
俺は『音撃』のことを隠したくて苦笑でごまかした。
「さ、さあ。ははは……」
イナーズが剣を抜き、魔物の馬――ユニコーンに近づく。刃一閃、その首を切り落とした。
「魔物を駆り、我々勇者一行の者をさらったとなると、これはマンプク王国の一味のしわざと思われる。ヒロイを狙ったのは、彼女がカイザ王子――勇者の1人の恋人だからだろう。報を受けた殿下が取り乱し、うろたえて、ヒロイのあとを追って陣を離れるのを狙っているのだ。何しろ勇者以外は普通の人間なのだからな。分断してしまえば撃破はたやすい、とのもくろみなのだろう」
俺は広院の身が心配だったが、他方、これで妹が『ブレードパラダイス』から離脱してくれるかもしれないな、とも考えていた。
「ヒロイは殺されたりするんでしょうか」
「その可能性はある。悪党はゼイタク王国の貧しい貴族の娘など、何の価値もないと見なすだろう。ユニコーンという足がなくなった今、彼女はただのお荷物だ。身軽になるために暗がりで殺害し、死体を捨てて逃亡する――それが最良の選択だと考えるに違いない」
俺は歯ぎしりした。広院はこの世界から離脱しなかったら、確実に命を奪われる。そしてあいつはカイザ王子にほれ込んでいた。最悪の場合にいたる蓋然性は高い。
「捜しましょう!」
「この辺は起伏が少なくおおむね平坦で、所々に小さな林がある。その中に隠れた確率は高いだろう。……ヒロ、少女の君は馬に乗って本陣に戻るんだ。あとは冒険者の我々がやる」
「お……私にもやらせてください! これでもヒロイの親戚です。きっと役に立ちますから!」
俺とイナーズはにらみ合った。その鍔迫り合いは長くなかった。彼はふうっと息を吐く。
「分かったよ。でもナオスの馬に乗って、一人で行動しないようにするんだ。……じゃ、明かりを消して。このままじゃこちらの居場所を教えているようなものだからな」
こうして月光のみを頼りに、ヒロイの捜索が始まった。イナーズは右手、俺とナオスは左手に別れて歩き出す。ナオスは草をかき分けながら、俺の乗る馬の手綱を引っ張っていった。
主治広院。俺の妹。現実世界では普段から仲が悪く、雑誌の取り合い・風呂の順番などでよく喧嘩したっけ。テレビゲーム好きな俺を常に下に見て、派手な交遊にうつつを抜かしていた。
その広院が、殺されそうだというのだ。
俺は馬の背に揺られながら衣服の胸元を掴んだ。苦しい。どっちかといえば嫌いなあいつのことが、今は心配で心配でたまらない。どうかこの世界から現実へと帰還しているか、無事であるか、どちらかであってくれ。
ナオスは複数の林を順に調べていった。まずは慎重かつ冷静に耳をすませ、物音を判断する。何も変わったことがなければ、「ヒロイさん?」と呼びかけて応答を待つ。月明かりの絶える木々の中へ踏み込むのは、さすがにためらうようだ。
「いないですね」
しばらく付近を捜索していたが、小さな進展さえなかった。夜は更けていき、緊張の終わりなき持続で俺もナオスも疲労が濃くなってくる。4時間ぐらい経過してもなお、広院と曲者は見つからなかった。
そして――東の稜線が白々と明るくなってきた。とうとう日が昇り始めたのだ。俺たちがぐったり平地にたたずんでいると、こちらにイナーズたちが馬を駆ってやって来た。どうやらあちらは途中で助けの冒険者と合流したらしい。
イナーズは開口一番尋ねてきた。
「いたか?」
それは彼らもまた広院を発見できなかったことを端的に伝えていた。ナオスがうなずくと、アクジョの元許嫁はため息をつく。
「仕方あるまい。戻って、2人の勇者に状況を報せよう……」
「何だと!」
カイザ王子が激昂した。その手に包まれていた杯が砕け散る。握り締めたこぶしから血と水がしたたった。『僧侶』ナオスがうやうやしく『治癒の法術』をかける。
逆巻く赤い髪を震わせ、怒りと絶望の輝きを両目に宿した。噛み締めた歯のきしむ音が聞こえてきそうだ。
「ヒロイが……さらわれたなんて……。なぜだ? なぜ僕に教えなかった?」
イナーズが平伏した。俺も他の人も同様にする。
「殿下は勇者です。陣を離れられては皆が危険にさらされます。全ては私の一存です、お許しを……」
カイザ王子は地べたを殴りつけた。そして言った。
「ヒロイを取り戻す。マンプク王国へ向かうぞ、皆!」




