018カレジア
でも、女神シンセは確かに『カレ……』と言いかけていた。『カイザ王子』の『カイ』とは明らかに発音が違う。なぜなんだろう?
もしかして。俺はアクジョに尋ねた。
「なあ、カイザ王子って、『カイザ』が本名なのか?」
アクジョは金髪のツインテールを解放しながら答えた。
「正確にはカイザ・レギオン・ジャン・アルベルト様よ。将来の旦那様だもの、それぐらい知ってるわ」
頭文字をそろえると『カレジア』になるな。俺は女神が言いかけたのはこの名前かもしれない、と考えた。ますますカイザ王子は勇者候補だ。それも特等の。
「アクジョ、頼みごとがあるんだけど……」
俺は両手を合わせて彼女をおがんだ。
「カイザ王子と話がしたいんだ。冒険者ギルドで勇者の試験を受けてくれないか、ってな」
反応は強烈な怒声だった。
「何バカなこと言ってるの! ゼイタク王国の未来の国王陛下が、何でそんなことしなきゃならないのよ!」
俺は激憤するアクジョを前に、ひるまず説得にかかった。
「でも勇者エイユの謀殺から100年、魔王は放ったらかしでどんどんその勢力を拡大してるんだろ? 誰かが悪の根源を倒しに行かなきゃいけないじゃないか。カイザ王子は誰より勇者に適任だと思うけどな」
アクジョはズカズカ近づいてくると、俺の額を人差し指でつついた。真剣にムカついているようだ。
「魔王なんかよりこのゼイタク王国の平和こそが大事だわ。カイザ王子様が勇者として認められてもそうならなくても、彼を危険な旅におもむかせるなんて、私が許さない。だいたいあなたは私のおもちゃ……」
その時、突然屋敷が揺れ出した。地震だ! 俺とアクジョはメイドたち3人と共に、あわててテーブルの下に隠れた。
この前と同等の振動で、やや長引いた。15秒ほどして元通りにおさまる。俺はやれやれと、天井からのほこりで汚れた室内にぬけ出した。
アクジョも机を後にする。不安そうに周囲を見渡した。
「何なのよ、もう……。10日ぐらい前からこれで4回目よ。今まで地震なんて、年に2回もあればいい方だったのに」
俺はそのセリフに思い当たるふしがあった。魔神ワルイが俺のゲームソフト『ブレードパラダイス』に隠れたからじゃないのか。奴が取りついたのが10日前だったということじゃないのか。
やはり魔神ワルイは――魔王は、早急に退治しなければならない。このままだと地震と魔物たちでこのゼイタク王国は瓦解する。それも、遠からぬうちに。
「ともかく、カイザ王子様に変な話をしたら、あなたなんか捨てちゃうんだから。……よし、決めた。明日の舞踏会にはあなた、連れていかないから」
何? また舞踏会が開かれるのか? 俺にとってはカイザ王子と会える貴重なチャンスじゃないか。俺は恥をしのんでその場に正座した。そして土下座の体勢に移行し、おでこを床にこすりつける。
「お願いします、アクジョ様。どうか舞踏会にお供させてください。この通りです」
彼女は高笑いした。初めて会った時のように、俺の後頭部を踏みつける。俺は屈辱を味わいながら、ここは黙って耐えることにした。
アクジョは散々俺を愚弄してから、ようやく足をどける。そして言った。
「ダーメ。明日はおもちゃらしく、この屋敷で留守番してなさい。……じゃ、私は寝るから。メシツ、ついてらっしゃい」
まるっきり土下座損だ。俺は頭を上げて、彼女が扉を開いて寝室に向かうさまをうらめしく見送った。
ややくもり気味の空が今にも泣き出しそうだ。風が強くて嵐にでもなるんじゃないかと、さっきメイドたちが作業がてら会話していた。
俺は彼女らと共に雑用をこなしながら、先ほど舞踏会会場――王城隣接の宮殿らしい――に向かったアクジョを思った。今朝が明けてからというもの、俺は彼女に同行させてもらえるようしつこく頼み込んだのだが、最後まで聞き入れてもらえなかった。
「くそっ……」
何とか宮殿に忍び込めないものか。だがしょせん村人Aという身分に過ぎない俺では、馬車に乗る金さえない。ここのメイドもそこら辺はご主人様アクジョの言いつけを守り、俺に何の協力もしてくれなかった。
すっかり慣れてしまった女装姿で、俺は打開策をひねり出そうとする。しかしこれといったアイデアは全く浮かんでこなかった。自分に与えられた部屋で刻一刻と時間が過ぎていく……
その時だった。うざい奴の大声が響いてきたのは。
「アクジョ! 結婚しようぜ!」
ウーザイがまたまたやって来たのだ。またぞろ性懲りもなく求愛か、と俺は辟易したが……
待てよ。
俺は部屋を出ると、屋敷の玄関に走った。メシツたちメイド3名と、やはりウーザイが押し問答している。
「お嬢様は宮殿の舞踏会に出かけております! お引き取りを!」
俺はすぐ近くまで行くと、息を切らして中腰になった。デカブツがおびえたように凍りつく。
「またお前か。一体お前、アクジョの何なんだ?」
「んなことはどうでもいい」
俺は直立して三軒隣の貴族に請願した。
「なあウーザイ、2人でアクジョのいる舞踏会に乗り込まないか? 今すぐに」
ウーザイはただの脳筋でないところを見せる。
「馬鹿な。招待状もないのに入れるわけないだろ」
「アクジョを!」
俺は大男の鼻目指して指を突きつけた。叫ぶように言い放つ。
「アクジョを妻にめとるんじゃなかったのか、この臆病者! 招待状が何だ。そんなもの行ってから考えればいい。大事なのはアクジョを自分に振り向かせることだろうが!」
ウーザイは喝を入れられたようにまばたきした。
「た、確かに……!」




