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010魔王

 俺はただ飯食らいじゃ気まずかったので、メイドのメシツ、カイ、キャシーの仕事を手伝った。重たい水くみには俺が――やっぱり女装で――出ばって、邸内にタルを運び込んだ。


 そうこうしているうちに彼女らと仲良くなった俺は、室内をぞうきんでみがきながら、この世界について知識を仕入れた。


 まず、魔王はダンジョン――迷宮の奥深くで日常を送っているとのこと。ダンジョンはこことは別の大陸にあり、そこには強力な魔物がうじゃうじゃ放し飼いされているという。


 魔王の目的は人類世界の破壊、魔物の楽園の創出。そのためには手段をいとわぬらしい。


「でもこの情報って、100年以上前の勇者が生還してもたらしたものなんだろ?」


 50代のメシツは汚れた布をバケツの水で絞った。アクジョの幼馴染ウーザイほどではないが、彼女は俺を抱え上げるぐらい力が強いのだ。


「そうじゃよ。それでも最新情報には違いない。……魔王が存在する限り、その魔力や怨念おんねんは海を渡ってこちらの大陸の魔物にも力を与える。それぐらい影響力があるのじゃ」


 カイがテーブルをふく。こちらは40代、元気はつらつだ。


「何せ勇者が絶えてから、この王都周りの魔物たちは強くなる一方です。兵士たちが追い払ったり殺したり罠にかけて生け捕りにしたりしてますが、最近は怪我させられる者も多いとか」


 俺は燭台しょくだいにロウソクを差し込む。これが夕食の際の明かりになるわけだ。


「このゼイタク王国王都で食料がまかなえるわけでもないだろう? 俺たちが毎日食っているものは、城壁の外にある畑や樹木から取ってきたものだ、違うか?」


「その通りです」


「魔物はキャベツやブドウを食い荒らし回ったりしないのか?」


 キャシーが花瓶に花を差している。黄色く気持ちをなごませてくれる、名も知らぬ花。


「魔物は人間だけを標的にします。農作物には関知しないのです。日の光が出ている間だけ、大勢の兵士や冒険者に守られて、農民が農作業をしまして……。日没後は城壁の内側にある自宅で休むのです」


「何しろ夜の魔物は一段と強くなるからねえ」


 メシツが腰を叩いて曲がった背を伸ばす。でかい屋敷はそれだけ手入れも大変だ。3人の苦労がしのばれる。


 俺はキャンドルを設置し終えると、綺麗さっぱり光沢を放つテーブルに満足した。メイドたちが食堂を出るのについていく。もちろん重たいバケツは俺が持った。


「勇者が現れて魔王を退治しにいかないと、そろそろやばいんじゃないか? 国王シャシ三世は、その辺どう考えてるんだ?」


 答えたのはメシツだった。最年長として貫禄かんろくがある。


「勇者の試験をパスした者には多額の支援金と伝説の武器防具を授けると、お触れをお出しになっておられるけどね。この100年、志願する者はまれで、それもことごとく落ちているそうだよ」


 うーん、やっぱり妹でありプレイヤーキャラクターでもある広院が勇者になってくれるとありがたいんだけどな。あいつは完全にサブクエスト――カイザ王子との結婚に目が向いてるし。


 それに、街の外で魔物を倒して経験を積むなんてこと、パリピの広院が望むとも思えない。となるとあいつが勇者らしくレベルアップすることも不可能……


 やっぱり俺の手で勇者を探し出すしかないか。前途多難だな。




 そして数日後、『食事会』の当日の夕方。アクジョは胸元が大胆に開いた青いドレスを身にまとって、俺の前に現れた。背伸びした、といえないのは、その巨乳の谷間が実に大人びていたからだ。俺はついついチラ見してしまう。


 アクジョはそんな俺を見て、意地悪そうに微笑んだ。ツインテールの金髪を払う。


「どう? この姿ならメス猫に勝てるでしょう?」


「ああ、確かにな」


 俺の同意を得て彼女は勢いづく。門前につけられた馬車に乗り込むと、俺を手招きした。


「あなたもいらっしゃい。『女』としてつつましく振る舞ったなら、行きたがっていた冒険者ギルドに明日連れてってあげるわよ」


 相変わらず面白がっている。だがここはエサに飛びつくしかない。俺は馬車へのステップを駆け上がった。


 数十分後、くねった坂道を登って、たどり着いたのは王城近くの豪邸だった。アクジョによると、カイザ王子の現住居らしい。


「初めてよ、ここに呼ばれるなんて! しかも主役は私。今日は気合い入れて淑女しゅくじょの振る舞いを努めないとね」


 そういえばカイザ王子の学友に彼女を紹介するのが目的とか言ってたっけ。そりゃ固く決意もするよな。


 だがその決意は早々に破られた。


「どうも、お目汚し汗顔かんがんの至りです」


 しれっと現れたのは、俺の妹の広院。この世界ではヒロイを名乗っている。純白のドレスに赤い花を差して、清楚せいそかつ可憐かれんなよそおいだった。


「メス猫……。本当に来たのね」


 またののしり合いが始まるかと思いきや、そこにさっそうと一人の人物が登場した。炎のような髪の毛、洗練された猛獣を思わせる野性味あふれる顔立ち。


 まさにカイザ王子だった。


「二人とも、しばらくだった。ヒロイ、足の怪我は大丈夫かい?」


 王子が先に声をかけたのは、婚約者のアクジョではなく、この前出会ったばかりの広院の方だった。それがショックだったのか、アクジョは呆然と2人を眺めている。広院はスカートをつまんでお辞儀した。


「ご心配ありがとうございます、殿下。あの後、施術院の名医の法術で完治しました」


「それは良かった」


 親密な空気が彼らの間に流れる。それを我慢出来なかったらしく、アクジョはカイザ王子の腕をとって抱きついた。胸の感触を味わわせんとする。


「王子様、行きましょう」

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