001オープンワールドの出会い
俺はこの春から鍋山高校1年生となった、主治広重。のはずなんだけど……
「どこだ、ここは……」
眠りから目覚めてみれば、そこは中世ヨーロッパ風の天蓋付きベッド。ふわっふわの白いシーツを払いのけ、身を起こす。途端に気がついた。
「え? 女装?」
何と俺は、水色で滑らかな肌心地のワンピースを着せられていたのだ。あわてて身体中をまさぐる。女体化したわけではない。ホッと一息。
「あの『女神』のヤロー、転移先がどこかとは確かに言ってなかったが……。これはいきなり過ぎんだろ」
そこで樫の扉が開かれた。メイド服姿のおばさんが3人、かしこまって入ってくる。俺が起きていることに気づき、手を組み合わせて喜んだ。
「あらよかった。気がついたんじゃね。キャシー、お嬢様へご報告を」
「承知いたしました」
キャシーと呼ばれたメイドが、エプロンをひるがえして室外に走り去っていく。他の2人は不満を顔に出している俺に、おどおどと話しかけてきた。
「すまんのう、あの黒い服……ええと、あれ何て言うんかいのう?」
「学ランだよ」
「そう、その学ラン。川に浸かって汚れちゃってたから、今は洗って干してあるのじゃ。だからしばらくはその女の子の服で我慢しておくれ」
それでこの格好か。保護してもらった手前、文句を言う筋合いもなく、俺はムスッと腕を組む。
やがて、ため息と共に静かな怒りを吐き出した。
「俺、川の中にいたのか……」
メイドが手をもみ合わせた。ご機嫌取りに必死そうだ。
「ええ、それをアクジョ様付きのわしが釣り上げて……。最初は死体だと勘違いしましたわい」
年増たちはたまらぬとばかりに吹き出す。俺がにらむと、両手で口を押さえて声を押し殺した。
「で、あなた、名前は? 教えてくれるかの?」
「ヒロシゲ。ヒロでいいや」
「そう、ヒロさん。わしはメイド長のメシツ、こっちは次長のカイ。よろしく頼みます」
メシツは50代、カイは40代といったところか。黒と白のコントラストが几帳面なしぐさとあいまって、これは優れた品格を感じさせる。
俺はベッドから降りてスリッパを履いた。メシツとカイが素早く両脇を支える。いらんっちゅーに。
まあともかく、俺は初めてこの世界――『ブレードパラダイス』という新作オープンワールドゲーム――の地面に、両足を踏みしめた。
◆◆◆
『ブレードパラダイス』。それはプレスタ5で出たばかりのニュータイトルだった。開発会社はリニー。『何でもできる』との触れ込みの、自由度の高さが売りのRPGだ。
俺はイオンの電器屋でソフトを購入すると、初夏の暑さに汗だくになりながら、チャリをこいで速攻自宅に戻った。妹のパリピ、主治広院から軽蔑の眼差しを受けつつ、2階の我が部屋へ帰還する。
中世ヨーロッパの世界が丸ごとゲームの内部に! しかも『勇者として魔王を倒す』という本筋を外れても、ギャンブルや釣り、登山や暗殺、薬品合成や建築など、オープンワールドゲームならではの多彩な遊びが詰め込まれている!
俺は早速ソフトをゲーム機にインストール開始し、待ち時間の間に空調の冷房を効かせて汗が引くのを楽しんだ。
「中学3年は受験勉強で死ぬほどきつかったけど、これが待っていたから頑張れたなー……」
中世ヨーロッパの世界が描かれたパッケージ写真をにやにや眺め、作品と一緒に買った攻略本をパラパラめくる。
ん? 何々、女性プレイヤー向けに乙女ゲーの要素も入ってんのか……。製作者マジキチじゃね? どこまで作り込んでるんだよ。
ふうん……。悪役令嬢の婚約者・カイザ王子を奪い去り、見事結婚すれば所帯が持てて優雅な暮らしを楽しめる、か。まあ俺は男だからここら辺は遊ばないだろうな。
液晶テレビに表示されているメーターが100パーセントになった。インストール終了、ゲームの開始だ。俺は喜びいさんでコントローラーを握った。
と、その時だった。
画面から光が溢れて、俺の視界を意識ごと刈り取ったのは……
◆◆◆
「あらあら、起きたそうですわね」
俺がメシツとカイの二人に男物の服を要求していると、ドアから黒いドレスの女とキャシーが入室してきた。メイドたちはこうべを垂れる。女は――18歳くらいだろうか――尊大に胸を張り、扇子で顔をあおいだ。偉そうにふんぞり返る。
「あなたは私が釣った獲物よ。手当てして命を助けてあげたことを恩に感じて、これからは私の言うことを聞きなさい。いいこと?」
俺はその女に見覚えがあった。『ブレードパラダイス』の登場人物。見間違えようもないほどそのままだった。あの『女神』の言ったことは本当だったのだ。
「いや、言うことを聞くのはあんたのほうだ、アクジョさんよ」
お嬢様――アクジョの顔がにわかにくもる。
「あら、あんたたち、私の名前をこいつに教えたの?」
「いいえ……」
「じゃあ何で知ってんのよ!」
俺は大きく息を吸い、吐いた。大事なことを言う時の、俺の癖だった。
「アクジョ。あんたはカイザ王子と婚約してるな?」
「何でそのことを……!」
「よく聞け。あんたは近い将来、プレイヤーのヒロインに王子を略奪され、捨てられる」