第5話 喧嘩の対応ってコレじゃ駄目なの?
テフロイトはこの辺じゃ大きな街って事で、少し稼いでから次の街に向かおうってなり、宿を辞めて三十日一区切りの契約の部屋を借りて活動をしている。もちろん二部屋だし、そっちの方が少し安い。
今日は狩りを休みにして、お互い自由に買い物とか楽しもうって事で朝は少し遅めに起きた。
「朝食はいらないって言ってたなぁ」
体を起こし、そうそう呟いてから立ち上がって着替える。
特に戦闘は想定してないし軽装で良いと思ったので、いつも通り髪を梳いてから三つ編みにし、ポーチ類は身につけずに腰にナイフだけを付けて財布を持って部屋を出た。
姉さんは起きた様子はないし、起こすのも悪いし声もかける必要はないので鍵をかけて露店に向かった。
途中でよく利用してる店のおじさんやおばさんに声をかけられ軽く話をするが、どうも僕達は休みなく狩りをしている頭のおかしい奴って噂らしい。
なんか普通は狩りから帰ったら一日か二日休みってのが多いらしく、続けて二日三日出てて、次の日に準備をして二日後に出発ってのはかなり少ないらしい。
「お? 噂の白髪君じゃない。珍しいわね、今日は休みなの?」
「はい。なんか気が付いたら休んでなかったので、今日は休みにして街の探索です。卵、ベーコン、キャベツ、タマネギを挟んでください。あとお茶も」
「はいはい。約束守ってくれてありがとね」
朝食とか軽食を専門で出している明るい雰囲気のお姉さんの店で、前に買い物中に話しかけられたのを思い出して来てみたが、どんな噂が流れてるのか怖くて聞けない。
お金を払い近くにあったベンチに座って食べるが、まぁ、普通の食事って感じがする。焼いて挟んだだけだし、外れはないって感じの物が並んでるだけだし。
「でさぁ、角の生えた子は一緒じゃないの? 彼女?」
「姉です。自然に起きるまで寝てるタイプなので、起こさないで良いって言われまして。なので別々に行動してますよ」
「似てないお姉さんなのねー」
「母が別なので」
うーん。あと何回こんなやりとりがあるんだろうか? 冒険者として有名になるまでかなぁ? けど、別な場所に行ったらまた説明するんだろうなぁ。
「ごちそうさまでした」
「はいはい。カップだけそこに置いておいてねー」
手軽だし、休みの日はこの店に通おう。どんな家族なの? とか深く聞いてこないし、距離感は店の人としてはちょうど良い距離だ。
休みにしても、何となくで冒険者ギルドに足を運んじゃうのは良くないんだろうなぁ。何か変わった仕事がないかとか、いつもとは違う物とか確認するのも面白いし。
「お、珍しく今日は遅いな。ねーちゃんの方は風邪か? 風邪引くような奴じゃねぇのは知ってるけどよ」
「休みを取ってなかったんで休もうって事になったんですけど、何となく足が向いちゃって」
ギルドに行くと、顔見知りの犬系の獣人の先輩が話しかけてきたけど、名前を知らないんだよなぁ。顔と毛色で覚えちゃってるし。
「仕事熱心なのは良いことだけど、この業界は休むのも仕事の内だぞ。若いから元気いっぱいってのは良い事だ。まっ、稼げる内にどんどん稼いでおくのも手だけどな」
そう言って肩を叩かれたけど、悪い気はしない。あの人は裏表なく誰にでもあんな感じだし、先輩面ってのを誰にでもしないし。怖そうな雰囲気の人のところにも行くし、ギルド内の雰囲気を良くしてくれてるし。
誰からも恨まれてないってだけでこの業界は上手く回る事もあるから、僕もあんな感じを目標にしたいけど、ズカズカと入り込んで何か一言いう事はできないかな。
「やっぱり代わり映えしないよなぁ。何か変わった仕事でもやってみようかなぁ」
いなくなった動物の探索とかは獣人族専門みたいなところもあるし、興味はあるけど動物と話ができるってだけでその時点で負けてるし。やっぱり会話できるって便利だよなぁ。
「お昼頃の食堂の下働きとかどうだ? お前は料理が得意って聞いてるぞ?」
「故郷の村で、祭りで食べる料理の下準備でタマネギ百個とかみじん切りにしたり、豚とか鳥の解体とかもやってるからそういうのは良いかなー」
「本当お前は万能だな」
独り言が聞かれていたのか違う人に声をかけられるが、この人も顔見知りにはなっている。
なんだかんだで僕達も上手く関係性を回しているけど、やっぱり一定数は面白くない人もいるみたいで、遠巻きに睨んでくるだけの人もいるのは確かだ。
新人なのに強いのが気に入らないのか、自分達よりランクが低いのに稼いでるのが気に入らないかだけど。所詮妬んでるだけって思ってる。
本当に何をしたら良いかわからない。街をブラブラするしかないのかなー。
そんな事を思いながらギルドを出るが、さっき僕の事を睨んでた一団が付いてきている。姉さんがいないから狩れるって思ったんだろうか?
あまり騒ぎにしたくないから撒くか。
僕は人通りのない方に向かい、道を曲がって人がいないのを確認してから【霧の魔法】を使って遠くの方に自分が歩いている様に見せ、物陰に隠れて自分の姿も隠して様子を見る。
「早いぞ! 走れ!」
「糞が! 姉の方がいねぇからどうにかなると思ったけど、奴もかなりやりやがる」
「やっぱり誘い込まれてたんだ! 気をつけろ!」
そんなやりとりを黙って見つつ道を曲がる様に見せて霧を散らして、偽の自分が魔法だってバレない様に工作をする。そのまま走っていったからバレてはいないみたいだけど。
「はぁ……」
盛大にため息を吐き、走っていった奴の背中が隙だらけだし、ナニかしようと思えばできたけどそのまま街中を走らせる事にした。
「姉さんみたいに、最初に何か力を見せびらかした方が良かったのかなぁ……」
そんな事を呟き、人通りの多い方へ足を向けた。
「香辛料も調味料も残ってるしなぁ……」
露店が多い場所を歩き、両側を見ながら何となく商品を見て回るけど買いたい物はない。
この辺りは親とか先生、先輩の教えが活きてるから素直に感謝したいけど、見ててワクワクできないのも確かだ。
「雑貨屋にでも行くかなー」
そう呟いたらなんか奥の方が騒がしいので、少し興味が出たから向かってみる。
「はいはーい。セレデ雑伎団の興行だよー。毎日夕方の鐘が鳴ったら、中央広場でやってるから見に来てねー」
きわどい格好をしたお姉さんが、ナイフを六個くらい綺麗に投げてジャグリングをしている。
見せ物かー。故郷の村や、お世話になった共同住宅が変わり者の集まりみたいな集団って父さんが言ってたし、あまり興味はなかったけど見てみるのもありかもしれない。
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はぁ。特に欲しいって思う物もなかったし、適当に入ったお店でご飯済ませちゃったし、なにか趣味らしい趣味を見つけないと、本当に休みの日にやる事がない奴になる。
かといってギルドでお酒飲むのもなぁ。やることがなくて惰性的に時間を潰す父さんみたいで嫌なんだけど……。顔見知りを増やして、横の繋がり増やすって思えば良いのかな?
「行くかぁー」
しばらくしたらこの街から出ていくけど、一応こういうのは大切だよなぁ。父さんも、横の繋がりを増やして気を使えばトラブルをなくすことができるって言ってたし。どこで再会するかわからないしね。
そう思い、少し重くなった足でギルドに向かう事にした。
「すみません。麦酒を一杯」
「お? 酒飲んでんの初めて見たな」
カウンターに座ると、朝に会った犬系の獣人の先輩が隣に座ってきた。朝からいるんだろうか?
「えぇ。休みにやる事がない悲しい奴なんで、なら皆? 仲間? 同業者と友好を深めようかと」
「お、良い事じゃねぇか。この世界は持ちつ持たれつつだ。どうだ? 俺と連んでると良い事が多いぞ?」
そして手首をクイクイとやっているので、タカられてる様だ。
「好きなの一杯だけですよ?」
「へへへ、サンキュー。ラムを一杯頼む」
そして注文をして、カウンターにいた人がグラスに透明な酒を注ぐが、瓶に海と椰子の木と山が描いてあるラベル……。アクアマリンのラムを注ぎ始めた。
アクアマリン産の酒が出回りすぎでしょ。小さい町に行っても瓶が飾ってあったりで、何となく目が行っちゃうのに。
「乾杯!」
「乾杯」
そしてニヤニヤしながらグラスをカップにぶつけてきたので、僕も一応返しておく。
「で、何か困った事とかあるだろ? 素行の悪い奴に街中で付けられたとか」
犬の人は一気に半分ほど酒を飲み、静かにグラスを置いて声を抑えて真面目な声で聞いてきた。
「えぇ。なんか僻みなのか妬みなのかわかりませんが、三人組が……」
「赤銅の剣の奴等だ。あいつ等上手く行かなくて腐ってるからな。この街じゃ評価は低いな。新人がイきってるから気にくわねぇって感じだが……。おまえ達強いだろ? 手が出せねぇから鬱憤が溜まってんだよ。一回やっちまえばどうだ?」
「牢屋にぶち込まれたくないので、良い感じで撒きましたよ。バレバレだったんで。あと、実害がなければできるならこちらから手を出したくないので」
「腕も悪けりゃ足もない、度胸もない。素人に撒かれる様じゃ駄目だな」
散々追跡とかの訓練を野生生物や父さん相手にやってたし、尾行ではないけど監視っていうか観察? もやらされたしなぁ。そっちは姉さんの方が得意だけど。
「適当に煽って訓練場に連れ込んじまえ。堂々と訓練って名目でぶっ飛ばせる。静かになるぞ?」
確かに少しだけ広く取った空き地みたいなのが裏にあった気がするけど……、あれって訓練場だったのか。てっきり大型の魔物の解体場所かと思った。
「あ、知らねぇって面だな? 実はあるんだよ。あー、噂をすればって奴だ」
犬の人が親指で出入り口の方を指すと、赤銅と言われた三人組がギルドに入って来た。
「散々探し回ったのかな? 撒かれて周辺を探して、いない時点で諦めればいいのに」
「その辺の判断力も低いんか……。駄目だな」
「あ、てめぇ!」
こちらに気が付いたのか、リーダーだと思われる人がこちらに駆け寄ってきた。
「逃げるなんて卑怯だぞ!」
そのままの勢いで大きく手を引いて殴りかかろうとしているけど、正直隙しかないので椅子を前に出して間に挟み、犬の人の飲み半端の酒を顔面にめがけてぶっかけると見事に突っかかって盛大に転がった。
「それは奢りです」
「お前、意外にやる事ひでぇな」
「父に仕込まれた、酒場での喧嘩の方法です」
僕はにっこりと笑い指の先から【火】を出し、軽く指を振って火を投げて火を付けた。
「うわ! うわあぁ! 火! 火ぃ! 助けてくれ! 燃えてる! 助けてくれ! 顔が!」
そう叫んでいるので、魔法で【水】を出して火を消してやる。
「どうせ言い争って殴り合いの喧嘩になるなら、威嚇ではなく最初から本気でやれ。その辺にある物は最大限に利用しろ。僕を見かけた時点で、大声を出さずに殴りかかるくらいの度胸とか、色々身につけた方が良いですよ? 次はないですよ?」
床で僕を見ていた奴の胸を踏み、少し覗き込む様にして言うと顔を激しく上下に振っているので理解してくれたみたいだ。
「……なんでこんなに静かなんですか?」
気が付いたらギルド内が静まりかえっており、犬の人も少しあり得ない奴を見る様な目になっている。
「やりすぎだ馬鹿」
「えー……。二度と絡まれない様にするには、このくらいしておかないとって思ったんですけど。駄目でした?」
「お前が冷静だったからこのくらいで済んだけど、最悪ギルドが燃えてるぞ?」
「申し訳ありませんでした!」
とりあえず皆に聞こえる様に謝っておく。
「じゃ、残りの二人は訓練場に行きましょう。既に不意打ちって感じでもないので」
近くに寄ってきていた仲間二人を見て言うが、なんか凄い勢いで首を左右に振っている。やっぱり最初にデカくやっておくべきだね。
「ん? なんでこんなに静かなの? 今日ギルドって休み? あ、ミエルじゃん。どうしたの? あー、はいはい。そいつ等ね。私達を気にくわない目で見てた奴でしょ? ミエルだけなら勝てるって思われたの? 酒場の方でやり合っちゃ駄目じゃない。訓練場に行きましょ」
そして何故か姉さんがギルドに入ってきて、空気を読まないで何か言っている。
「まだ始まったばかりみたいだし、二人は無傷ね。行きましょう」
「止めろ! 止めてください! お願いしすます! もう冒険者辞めます! 助けて!」
そして姉さんは歯をむき出しの笑顔で一人の胸ぐらを掴み、訓練場の方に引きずろうとしているが、そいつがしゃがみ込んで叫びだした。
「何を騒いでいる!」
あーあ。偉い人出てきちゃったよ……。
「……これから訓練です」
姉さんは笑顔のまま、掴んだ胸ぐらを離さずに答えた。
「お前達今すぐ会議室に来い! この馬鹿どもがぁ!」
僕はため息を吐き、笑顔で胸を踏んでいた足を退けて立つ手助けをしようと手を延ばすが、顔を青くして後ずさりして拒否された。酷くない?
「その様な理由で、訓練場に行く前に戦闘が始まってしまいました。全て僕が悪いので、この方達への処罰は考えていただけないでしょうか?」
騒ぎを起こした僕達五人と犬の人が順番に事情を説明し、ギルド長が腕を組んで唸っている。
「確かにミエルはやりすぎだ。だが、最初に殴りかかったのも悪い。痛み分けって事にするが、全員三日間ギルドでの仕事はさせん。反省しろ! 馬鹿もんが! もう下がって良いぞ」
「失礼しました」
僕は頭を下げて謝るが、姉さんはなんか不満そうだ。
「リリーって言ったか? なにか不満気だな」
「私は何もしてません」
胸ぐら掴んで訓練場に引きずり込もうとしたのは、何もしてないに入らないんだよなぁ。
「どう考えても既に戦意はなかった。なのに連れ込もうとした。何も知らない奴が見たら、アレは脅しに近い。あの状況をその辺の街人が見たら、全員がリリーが悪いと言うだろう。客観的に見ろ」
「はい。わかりました。失礼します」
うん。なんか納得したみたいだ。
「今日は申し訳ありませんでした。最初のはぶっかけちゃったんで、もう一杯飲んでください」
僕は犬の人に二杯目のお金を出して頭を下げた。
「お? わりぃな。んじゃ遠慮なく……。何か困った事があったら相談しろ」
「姉が好戦的で泣きたくなります」
「ちょっと! それは酷いんじゃない?」
「俺にはどうにも出来ねぇ相談だなぁ。諦めろ」
そんな感じで話をしていたが、なんかギルド内でヒソヒソを話している人が多い。多分さっきの事を小声で情報共有しているんだろう。