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第3話 姉さん……なにやってんの?

2ヶ月の更新なし+久しぶりの更新で1万文字を超えましたが、分けるのが面倒なのでそのまま掲載です。


 あの翌日、僕達姉弟は朝一でギルドに行くと、中で屯していた連中が遠巻きにヒソヒソと何かを話し合っていた。何をしたかは姉さんに聞いてるからいいけど、倒した相手がどんな奴かは知らないし、どの程度のランクとか強さなのかも興味ない。

 姉さんに素手(・・)で倒される程度って認識だし、どうなったかも興味はない。多分騒ぎを起こしたし、同じ罰金刑だと思う。そして昨日の今日なので、恥ずかしくて出てこられないか、本当に出てこられないかだろう。素行も悪かったみたいだし、どうでも良いっちゃどうでもいい。

「外の仕事を探すわよ」

「はいはい。皆が退いてくれたし、さっさと見て受付しようか」

 姉さんのおかげなのか、公式掲示板前には人は殆どいない。けど噂声が聞こえるし、受付のお姉さんが苦笑いしながらこっちを見ている。


「んー大きい街だから、討伐系は少し遠いわね。とりあえず繋ぎとして、ゴブリン討伐の四番だけにして、個人掲示板に行きましょう」

 掲示板には二種類あり、国や街、町や村から正式に出ている物と、個人のお願い的な物が書かれてる掲示板がある。

 なので公式掲示板の番号を覚えつつ、個人掲示板に移動して、自分に合った物を探すって感じだ。

「最前線砦に嗜好品を売りに行くので求む護衛、ランク3以上、危険度低し。だって。値段は安いけど、色々な意味で一度は見ておきたいわね」

 そこには棒が五本溜まった翌日、正門が開く前に防壁の正門前に集合し、荷馬車に乗って出発と書かれていた。数は十台か、結構大規模だな。

 食料支給は助かる。けどどんな量か質かはわからないし、食事を提供って訳じゃないんだよな。


「いんじゃない? 僕も見てみたいし。もう棒が五本あるし、明日出発だね。ゴブリン討伐はしないで、準備する?」

 実際話に聞いていた、父さんが暴れた場所に僕も興味があるっていうのが本音だ。

「そうね。すみませーん、個人掲示板の三番お願いしまーす」

 そして速攻で大声を出しながら受付に歩いて行った。恥ずかしい……。

「その前に聞きたい事が!」

 僕は割り込み、姉さんを軽く退かしてから受付のお姉さんの前に立つ。

「自分達の他に、何人くらいあの依頼を受けてますか?」

 人数も重要だ。多すぎると面倒事も起きるし。少ないと夜中の見張りが大変だ。最悪予算内からの頭割りになる可能性もあるし、受付番号が大きすぎると、小さい順から決まった数で切られる可能性もある。

「書いておりませんが、最大で十名までとこちらに記載されており、貴方達を含め現在七名となっております」

「なら平気です。受けさせていただきます」

 考えていた事は杞憂に終わった。

「では、ギルドカードの提示をお願いします」

 受付のお姉さんがにっこりと笑いながら言ったので、僕はギルドカードを渡すと、隣から姉さんも出してきた。

 そしていつも通り書類に名前やランクを書き、返してくれたので一応受け付けは完了した。そして木製の板を渡された。

「依頼者にこちらを提示してください。頑張って下さいね。次の方どうぞ」

 そしていつも通りお決まりのセリフを言われ、僕達はギルドを出る事にする。


「さて、まずは買い物かしら」

「だね。徒歩で五日だけど、荷物満載の荷馬車なら余裕を見て二日。食料は支給だから、自分達で作れって事でしょ? 向こうの滞在を一日として、往復で非常食を三日だけ見ておこうか」

「余裕をみて動こうよ。カツカツじゃなくて、食料やお金には余裕を持てって言われてたでしょ。一日分の普通の食料は持って行きましょう」

 そんな会話をしながら歩き、必要な物を買い揃えて宿屋まで戻り、昼間までまだ早いので食堂はガラガラだ。

「すみません。(かまど)を使わせてください」

「あ? いいぜ。使用料と薪代として銅貨三枚、一本追加で銅貨一枚。使った物はきっちりと洗う。昼飯前には終わらせる事。守れるか?」

「はい、問題ないです」

「一番奥が予備の竈だ、そこを使え。俺は今から昼飯の仕込みをするぞ」

「えぇ、一つで十分です」

 僕は銅貨を三枚出して渡し、買って来た保存食用の材料の穀物類とナッツ類をフライパンで全てを炒めて、ボウルに入れて蜂蜜を加え、鉄製のバットみたいな物に敷き詰め、竈の薪を奥に押してそれを焼き始める。


「あんちゃん。良い手際だな。ここで働かねぇか?」

「ははは、申し訳りません。一応本業は冒険者なので」

「で、何作ってんだ?」

「保存食……というよりは日持ちするお菓子ですね。けど、この大きさの物を食べれば、パン二つか三つを食べたのと同じです」

 僕は握りこぶしを見せ、チラチラと竈の中を見て、焦げてないかを確認だけはする。

「父から教わり、食事を食べる暇がない時でもこれを口に放り込めば、パンを食べたのと変わらないって奴です」

「ほう興味があるな。レシピを売ってくれないか? ってかこれで一財産になるぞ?」

「そうですね。けど父はそれを望みませんでした。作り方が簡単だから直ぐに模倣品が出回るし、俺もレシピを公開しまくる。と言っていましたので。見ていたのでわかると思いますが、主に使うのは小麦とかの穀物を炒った物に、蜂蜜をかけてオーブンに入れるだけですし」

 そう言って僕は、オーブンに入れたバットを取り出し、おじさんに見せる。


「ほう。固まってるな」

「蜂蜜は砂糖と一緒なので、固まるんですよ。粗熱を取って、瓶か革袋にでも入れればできあがりです。どうぞ」

 僕は一欠けだけおじさんに渡し、自分でも味見をする。うん、失敗はしていない。

「ほぉ、美味いな。コレを無料で公開か。気前がいいなーお前の父ちゃん」

「簡単ですからね。買う人は自分で作るのが面倒か、急いでいる時でしょう。蜂蜜さえ手に入れば簡単に作れますので、遠出前は作る様にしてるんです」

「で、名前は?」

「んー。アクアマリン式保存食2って名前らしいですけど、長いのでカロリーバーって言ってました」

「なんだ、お前の父ちゃんってアクアマリンの関係者か。最近有名だよな。良い父ちゃんじゃねぇか」

 まぁそこの代表で、魔王やってるんだけど。面倒になるから言わない方が良いよね。


「えぇ、そこの代表とツテがあったらしく、良い感じで働いてるらしいです」

「この酒がアクアマリンで作ってるベリル酒だな。サトウキビの搾りカスで作ってる、若くても美味い酒だ。遠いから高いのが玉に瑕だけど、じわじわ人気が出てる。どこかの鉱山を持ってる金持ちの旦那が、息子に店を譲って、本格的に作り始めたっていうから、今そっちの酒も期待されてんな。なんでも竜族の村に修行しに行って、酒飲んでたドワーフを数人連れて帰ったって話だぞ」

 おじさんが、カウンターの後ろにある棚から酒瓶を取り出し、僕の前に置いて、なんか上擦った声で説明してくれた。お酒が好きなのかな?

「それは楽しみですね。まぁ、少し稼ぎたいなら、試しに作って置いておけばいいと思いますよ」

 あまりお酒は好きじゃないけど。とりあえず共感はしておく。



「こっちはできたよー。準備はできた?」

「もちろん。ミエルの分もばっちりよ! 後はしまうだけ」

 部屋に戻ると、姉さんが荷物確認用の布を広げ、装備品を全て並べ、不足分や損傷がないかを調べていた。

「ありがとう姉さん。こっちもいいよ」

 僕は笑顔で革袋を上げ、姉さんの分を手渡した。

「うん、おいひい!」

 そして小さめの欠片を口に放り込み、笑顔でモグモグと食べて、幸せそうにしていた。いつもこんな感じで、好みにうるさくなくて、おしとやかなら、男なんか選びたい放題だと思うんだけれどなー。

 自分より強くないと駄目とか言ってると、多分あと十回くらい季節が廻らないと結婚できなさそう……。



 翌日の朝、早めに朝食を食べ終わらせ正門前に向かうと、既に三名ほど木製の板を持っており、多分この人達が数日一緒に過ごす人達なんだと、一応特徴だけは覚えておく。

「おや、皆さんお早いですね。自分は行商隊のヤウールといいます。とは言っても、ここと向こうの往復なんですけどね。元々は輜重兵をやっておりまして、何回も最前線に荷物を運んでおりますので、道に迷わない事だけは確実です」

 なんかニコニコとした、爬虫類系の商人さんが荷物満載の馬車五台でやって来た。

 元輜重兵って事は軍にいたんだよね? けど戦争が終わったから退役になったんだろうか?

「こっちで仕入れて現地で売るだけなので、あまり儲けがないですが、長く輜重兵をやっていたので、どうしても癖が抜けないんですよ。けど元最前線基地で支給される物以外で必要な物は大体把握しているので売れますし、色々な道は知り尽くしていますのでので安心してください」

 ヤウールさんはニコニコと言い、僕達以外の残りの二人も来たので、出発する事になった。



「お昼です。止まって下さい」

 ヤウールさんがそう言うと馬車が全て止まり、手早く昼食の準備に全員とりかかる。ちなみに食材は極々一般的な料理が作れる程度の物が毎回配られたが、初日で僕が料理を作れると知った他の冒険者は、金を払うから全員分作ってくれって事になった。

 けど、二人分も七人分もそこまで変わらないって事で、使った調味料分だけもらう事にした。

「やっぱミエルの飯はうめぇよ。冒険者じゃなくても、その辺で飯屋開けるぜ」

「うちの専属で欲しいくらいだし」

 毎回違う食材なので、毎回違う料理を作ると褒められる。しかも休憩中に、姉さんが食べられる野草を探してくるので、毎回新鮮な野菜系が食材に追加され、皆は大満足だ。

「リリーは毎回食材探してくるけどさ、誰かに師事してもらったの?」

 七人中、姉さんを含めて三人ほど女性がいるので、場の空気は悪くはない。姉さんも結構機嫌が良い。

「んー? 父さんの知り合いにエルフがいるからね。修行で五日分の食料だけで十五日間森の中に放り込まれたわ。その時に食べられる野草とか野営の方法とか色々仕込まれたのよ。もちろんミエルも」

「へ、へぇ……」

「生き残る為に必死に覚えたわよ。パンや砂糖がないと頭が回らないから、持ち込んだ食糧は均等に分けてどうにかやりくりしてたし。虫も食べたわよ」

 姉さんの説明に全員引いているが、間違ってはいないので、とりあえず僕は特に気にしないでご飯を食べ、話で盛り上がっている女性陣を見て、ニヤニヤしている男達を観察するだけにしておいた。とりあえず何もない事を祈りたい。

 この間の噂は出回ってると思うけど、多分姉さんじゃない誰かだと思われてそうだし。



「ここは森だったんですけど、戦争中に人族が待ち伏せをしていたので、かなりの規模で開拓されました。とある方の活躍で物資は守られましたが、初めての殺しがここだったらしく、それはもう悲惨な状態でしたね」

 昼食を食べ終わり、各自それぞれの馬車に戻り護衛をするが、馬車に乗ってのんびりと景色を見ていたヤウールさんが、いきなり口を開いた。

「ここにあった森を突っ切れば近道になるので、馬車や隊列を組んだ兵士が通れる程度に木を切って道にしたんですけど、結構深くまで来ていた人族の、兵士が隠れるのにはもってこいの隠れ家になっていて、戦線維持の為に必要な物資を狙っていたっぽいんです」

「へー。その人はどんな事をしたの?」

 姉弟って事で、僕と姉さんは同じ馬車にいるが、先頭馬車のホロの上に乗ったりで、なんかお上りさんみたいで恥ずかしかった。

 ってか揺れる馬車のホロの上で両腕を組んで、立つって結構凄いと思うんだよね。


「まぁ、軍の中では語り草になっているので言いますけどね。いきなり、俺だったらここの森で奇襲をかけるので、偵察に行ってきます。とか言って一人で先行したんですけど、必死だったのかもう死体がグチャグチャですよ、頭なんか数個みつからないし、体が半分に引きちぎれてたり。どうやったかは知りませんけど、魔法で殺したって事は聞いています。ばれないように草まみれになって森の中を移動し、瞬時に三十人を虐殺。人族の装備を確認する限り身軽だったので、相手は魔法兵って事らしいとしか。なので荷物を焼かれてたら大変でした。本当、あの方には感謝しかありません。当時責任者でしたので、焼かれたら降格だったでしょう」

 ヤウールさんの言葉を聞き、僕達は何とも言えない表情になり、姉さんと目が合ったので、とりあえずなんか黙っていようって雰囲気になった。


「兵役ではなく、臨時にギルドから雇われた男ってしか情報はありませんでしたが、なんか最前線基地での防衛戦で、人族の捕虜になった魔族側の兵士が真っ先に突っ込まされたらしいんですけど、その後ろに城よりも高い巨大な石の壁を作り出して倒し、捕虜は殆ど無事、相手の重装歩兵は壊滅。人族の弓兵の放った矢が、強力な風で城に届かずに損害なし。攻城兵器を魔法でなぎ倒し、相手の士気を折るという阿呆みたいな人でした。しかもその時魔王様も来ていたので、ほぼ何もしないで勝てたという。軍内部では紺色の奇跡とか言われてます。冬になって一度停戦になりましたが、その人は二度と来なかったので、死んだという噂も」

「す、凄い人だったんですね」

「へ、へー。会ったら詳しく聞いてみたいわね」

 何やってんだよ父さん……。母さん達から少しだけ話は聞いてるけど、ここまでやってたとか聞いてないよ? 言ってないだけかもしれないけど。


「最前線基地では、カームって呼ばれてたらしいんですけど、結構面白い話が聞けると思いますので、現地に着いたら話を聞いてみるのも良いでしょう。あの丘を超えたら見えますので、そうしたら翌日まで自由行動です」

 ヤウールさんはにっこりと言ったが、父さんの名前が出て、こっちは内心気が気じゃない。多分姉さんも同じだと思う。だって僕と同じ表情してるし。



「では、自由行動でお願いします。私達はココで、露店を開きますので」

 砦の前に着くと、ヤウールさんがそう言い、下りていた跳ね橋から兵士がゾロゾロとやって来た。

「甘い物だ! 甘い物をくれ!」

「俺は塩だ! 最近飯の味が薄いんだよ。本部からの物資が来るまでもう少しあるんだ」

「こっちはベリル酒をくれ!」

 そして一気に騒がしくなったので、砦に入る許可をもらい、中を見学させてもらう事にした。


「へー。砦ってこんな作りなのね。あの穴から矢を放ったりするんでしょ?」

「防衛に特化させないと不味いからね。安全に射れる様にじゃない? 堀は深いけど、水が腰くらいまでだ。本当に嫌らしい作りだなぁ」

 浅ければどんどん入って来るが音は鳴る、深ければ埋める算段をする、中途半端なら入れるけど動きが鈍くなる。そんな事を父さんに教わった気がする。

「一番高い所に上ってみたいわね。平気かしら?」

「一応聞いてみたら? 上らせてくれるかも」

 そんな事を言ったら、見張り台の方に走って行ってしまった。子供みたいだ……。まだまだ子供なんだけどね。


「いいってさー」

 そう言って姉さんは、梯子を上り始めてしまった。まぁ、スカート穿かないし、問題は少なそう。見えたら見えたで、兵士さんにサービス。そして声をかけられ、張り倒すと……。本当ズボンで助かった。

 とりあえず僕も、姉さんが上り切ってから梯子に手をかけ、頂上に立つとかなり遠くまで見えた。

「平地だから遠くまで見えるわね」

「だね。なんか遠くにテントがあるね。なんだろう? ってかこっちに集団で来てるね」

「本当ね、何かしら?」

「あぁ、アレは魔王様の一団だ。街から嗜好品を売りに来ているから、こっちに来るんだろう」

 二人で話していたら、見張りの兵士さんが教えてくれ、興味がそっちに移ったのか、姉さんが駆け下りる様にして、梯子を下りて行った。


「元気が良いお嬢さんだ。彼女かい? ああいうタイプは、振り回されて大変だろう」

「姉です。もう慣れました」

「そいつはすまなかった。でも、あんな風な女性が好きって男もいるから、不思議だよなぁ」

「黙ってイスに座ってれば美人。とか言われてますよ。座ってても気は抜けないんですけどね」

 テーブルを押して、先制攻撃仕掛けちゃうし。

「なんだい。口も悪いの――。あ、あぁ! うぁわぁぁぁ!」

 なんか兵士さんが変な事を叫んだので、指をさした方を見ると、姉さんが防壁の縁に足を掛け、思い切り跳び、地面に着地したらそのまま三回ほど転がり、馬車の方に走って行った。


「もう少しお淑やかにできないのかなー。一緒にいると恥ずかしいんだけどなぁ……。じゃあ、失礼します」

 僕は一声かけてから梯子を下り、一回だけ兵士さんの顔を見たら、口を半分開けていた。今見た事が信じられないらしい。

「身体能力が高すぎて、座ってても危険なんですよ」

 それだけを言って、僕はちゃんとした出入り口から外に出た。



 そして外に出ると、槍を持った姉さんが立っていて、跳んだのを見ていたのか、一緒に護衛任務をしていた五人が、防壁と地面を交互に見て何かを話していた。恥ずかしい。

 そして筋肉の塊みたいな人が二人、馬に乗って先頭でこちらに走って来ていた。

「あれが魔王様かしら?」

「知らない。けど先頭だし、そうかもね」

「どっちが魔王様かしら?」

「どっちだろうね。買い物が終わるまで待った方が良いよ」

 もう槍を持っていて、戦う気満々なので、とりあえず返事は適当にしておく。



「なんか二人共離れないね。夫婦なのかな?」

 魔王様っぽい人達が買い物をしている途中、ずっと筋肉の塊の二人を見ていたが、かなり仲が良さそうに、ずっと一緒にいた。

「もしかしたらそうじゃない? ってかサイクロプスかー。珍しいね」

「そうね。故郷にも一家族いて、娘さんが一人で旅立ったとか聞いてるけど、本当珍しいわよね」

「あ、終わったみたいだよ」

 僕がそう言うと、姉さんは筋肉の人達に近寄り、何かを話しかけ、笑顔で戻ってきて、あの人魔王様だったとか言って、僕に槍とナイフを預けてまた戻って行った。嫌な予感しかしない。


 そして取り巻きの人達が騒がしくなったので、僕はため息を吐いて呆れた顔でそれを見ていたら、男の方の人と殴り合いが始まり、顔を数発殴られても倒れずに、鼻血を出しながら反撃している姉さんの顔は、なんか物凄く楽しそうだったが、それを見ていた一緒に来た男達が目を背けていた。だよね……。

 多分気があっても、一気に冷める。だって歯をむき出した笑顔だったし。

 そして姉さんがミゾオチにいいのを入れたのか、少しだけ魔王様の動きが止まり、それを狙って畳みかけようと思ったのか、踏み込んだ瞬間に振り上げる様な裏拳を食らって、吹き飛んで動かなくなった。

 僕は小走りで駆け寄り、軽く容態を見てみるが気絶と判断した。

 何か処置をしたいが、あまり揺らすのも良くないので、呼吸とかを確認し、母さんとの訓練でよく見た症状なので、鼻血で窒息しないように、横に寝かせてしばらく様子を見る事にした。


「どうも、姉が申し訳ありませんでした」

「いや、かまわん。こんな堂々と殴り合いができる女がいるとは思わなかった。やっぱり殴り合いは楽しいな!」

 多分こっちが魔王様だと思うけど、なんか威厳があるないって言うよりも、イチイお爺ちゃんに近い雰囲気がする。

「はっ!」

 そして姉さんが気が付き、寝転がった状態から足を大きく上げ、戻す勢いだけで立ち上がり、辺りをキョロキョロと見て、負けた事を悟ってため息を吐いていた。


「魔王様。手合わせありがとうございました」

 姉さんは鼻に親指で鼻の穴を塞いで、鼻血を出してからお礼を言っていた。やってる事が男らしいなぁ。

「かまわんかまわん! その意気や良し! 自分の力を試したいって思うのは悪い事じゃない。むしろ俺の拳が顎に入ったのに、直ぐに立てた事を誇れ」

 魔王様は拳を握り、笑顔でそんな事を言っている。父さんもそうだけど、魔王ってこんな、気さくな人ばかりなんだろうか?


「なぁ、ちょっといいかい? あんたの母親、もしかしてスズランって言わないか?」

 そしてサイクロプスの女性? が話しかけてきた。いやな予感しかしないなー。

「えぇ、なんで知っているんですか?」

「いや、その二本角と黒髪、体格に似合わない力の強さ。故郷に一人だけ思い当たる奴がいてね。子供を作ってたらこのくらいかと思って。よく見たら目が赤いし、父親はカームって言わないか?」

「えぇ、そうです」

「やっぱり。カームの事好きだったから父親はそうだと思ったよ。ちょっと強引なところは母親譲りだね!」

 この女性は、出身がベリル村だった……。ってかもの凄く面倒くさい事になりそうだ。


「そうかあいつの子供か……」

 そして魔王様がもの凄く悔しそうにしている。何かあったんだろうなぁ……。

「なにかあったんですか?」

「過去に手合わせをした時に、不意打ちを食らってな。何もできずに終わったが、娘はずいぶんと正々堂々としている」

「ちょっと気になるので、聞かせてもらっても良いですか?」

「おう、酒でも飲みながら話してやる」

 魔王様は笑顔でそう言って、握り拳と力こぶを作ってなんかポーズをとっている。なんか面白い人だな。


「ミエルも一緒の方が良いわね」

 僕に振らないで欲しい。ってかサイクロプスの人と魔王様がなんかジロジロとこっちを見てるじゃないか。しかもなんか面白そうな物を見つけた目になってるし。

「……お前もこっち側か?」

 そう言って魔王様は、握り拳を作ってこっちを真っ直ぐに見てきた。

「いえ、真逆ですね」

 そう言って僕は手の平に【火】を出して、軽く笑顔を作って答える。殴り合いなんかしたくないし。

「そうか。お前の親父の事もあって、対魔法戦を多少身につけたが、ちょっと手合わせしないか?」

「お断りします」

「なんだ、つまらん。奴の息子なら、多少やると思った……が!」

 そう言いながら、魔王様が殴りかかってきたので、【石壁】を直ぐに作り出して回避をして、霧の魔法で幻影を作り出し数歩下がると、そのまま壊して突っ込んで来た。

 そして盛大に幻影を殴って空振りをして、バランスを崩したので太い血管のある脇の下にナイフの背を軽く当て、【黒曜石のナイフ】を魔王様の顔の前に浮遊させた。


「姉と違って頑丈ではないので、そう言うのは困るので止めて下さい」

「あはははははは! お前はお前で面白いな! 気に入った!」

 笑顔で言うと、魔王様はもの凄く笑って肩を叩いてきた。

「親子に初手で一本取られるのは、中々面白い事だな」

「いきなりだったので、このくらいしかできませんけどね」

「お前の親父は、こんな感じで不意打ちしてきたんだが、お前は不意打ちに慣れてるんだな。っしゃ、酒盛りだ! 行商から売れ残った酒を買ってこい!」

 そう言って魔王様は、笑顔で部下らしき人にお金を投げていた。

 まぁ、何回も不意打ちを食らってれば、嫌でもなれるし。



「ほう。魔王になった事は知っていたが、そんな事までしているのか……。ずいぶんと細かい奴だな」

「昔から頭が良かったからねぇ。そう言うのは得意なんだろ」

「そうなんですよ。お父さんってば村長の補佐をしてたと思ったら、今度は島なんですよ」

「姉さん。飲み過ぎだよ」

 そして酒盛りが始まり、飲みながら気分良さそうに父さんの話題で盛り上がっていた。


「そういえば、お前の親父は酒が強かったな」

「あー。お父さんって毒が効かないから、酒にも酔わないんですよー。本当損してますよねー」

「なんだ、毒に強いから酒が強いのか。けど、毒耐性は引き継がれなかったんだな!」

「毒が効かないで、お酒に酔えるなら欲しかったですねー。私も欲しかったなー」

 姉さんはベロンベロンに酔いながら、なんか愚痴を言っているが、もう放っておきたい。けど脱ぐかもしれないから目を離せないんだよなぁ……。


「おう、弟の方は飲まねぇのか?」

「姉のお守りをしないといけないので、少し控えめです。酔うと直ぐに火を噴いちゃうんですよ」

「なーにー? そんなに火を吹いて欲しいの?」

 そう言って姉さんはベリル酒を口に含むと、指先に【火】を出して、勢いよく火を吹き出した。もうやだこの姉……。


「うおー。いいぞねぇちゃん、もっとやれ!」

「っしゃ! 俺もやってみるぜ!」

 そして松明を持ち出し、あちこちで火を吹き始める魔王様の部下達。どう収拾つけんだろうこれ?

「お前も大変だな……。カームも似た感じだったぞ?」

 呆れていたら、グラナーデさんがなんか気を使ってくれた。いいから部下を止めて欲しい。



「頭痛い……」

「はい、水で薄めたポーション」

「ありがと」

 僕はいつも通りに起き、寝袋やシートを畳んでくすぶっているたき火に薪を足し、朝食の用意をし始めるが……。この雑魚寝魔王様の部下の分も作るのは嫌だな。

「ってか。まだ寝てるわね」

「結構飲んでたみたいだからね。ヤウールさんが、お酒を多めに持って来てた理由がわかったよ」

「本当。なんであんなに飲めるのかしら」

「体質じゃない? 一口飲むと倒れる人もいるって父さんが言ってたじゃん」

「あー。まぁ私は飲めてよかったと思ってるわ」

「それを見張る僕の気持ちも考えてよね。好きな人と二人で飲むならいいけど、あんな大人数の所で飲んで脱ぎだしたら、色々大変そうだし。一応女だって事は頭の隅に入れておいてよ」

「はいはい。で、ご飯はまだ?」

「スープの味を調えれば完成だよ」

 そう言って僕は姉さんにスープを渡し、硬いパンを浸して食べた。



 そして帰りは帰りで、一緒に護衛をしていた男達が姉さんの気を一切引こうとしてないのが、少しだけ笑えた。

 鼻血を出しながら、歯をむき出しの笑顔で魔王様と殴り合ってたら、誰も声かけないよね。けど他の女性二人とは、なんか盛り上がっていたみたいだけど。

 まぁ魔王の子供って事が、ヤウールさんや同行していた仲間にばれていなかったのは、物凄く良かったと思う。

二人の身長ですが、描写がない限り基本的にBMIが20~23前後になる様にしています。この世界観にセンチメートルの単位がないので、あまり細かくは設定していません。カームがいたなら、多分〇cmとかの表現が使えるんでしょうけど……

ミエル175のリリー170みたいな、5cm差くらいがちょうどいいかな?と思っています。

ですので、基本的に読者様の好きな身長で、5cm差なら~って感じでしょうか?

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