終わらない約束のために
「約束の行方」を先に読むことを推奨。
でも、多分読まなくても内容は伝わる……はず。
彼女はいつも助けを必要としていた。
言葉では追い詰められて弱りきっているときにしかなかったが、隠しきれていない部分が時々現れていた。
だから、手を差し伸べた。
はじめは少しでも楽になってほしいと思い。
一介の兵にはそんな気休めしかできないだろうから。
それを何度も何度も繰り返していき、そんなちっぽけな思いは膨らんだ。
同時に実力が上がり、騎士になった。
自分には才能があったようだ。
だかそんな才能は最初の彼女を苦しみから少し遠ざけるぐらいの力しかなかった。
次の彼女からは役に立つことは多かったが、それでも手遅れだったこともあったり今回のようにあと少し力が足りなかったりしている。
なんで自分にはこんなにも非力なのだろう。
彼女が寂しさや自分が言った新たな『約束』のせいでこんなにも苦しんでいて、その様子を見ることしか叶わない。
さらには自分以外の男が彼女の横に立つことに対して、不愉快になっていることに嫌気がさす。
その場所は俺のものだ。
嫉妬でどうにかなりそうになるのをどこにも発散できずに心は荒れ狂いながらも、彼女から目が離せずに二人の様子を見続ける。
「なあ、心中はどんな感じ?」
少年が声をかけた。
ニヤニヤと面白そうにしていて、この状況を楽しんでいるようだった。
「まあ、君の気持ちなんてお見通しだけどね」
「……」
「そんなに怒るなよ。こうなってしまったのは君のせいでもあるだろ?」
「……口よりも手を動かせたらどうだ」
「鬼畜だね。これでも僕は多忙な身で、同時進行で色々な仕事もやっていたんだ。それに僕が神だからって休息は必要ないってことはない。少しは休憩させてくれよ」
神と自称する少年はそうは言うものの、休憩を必要としているほど疲れているようには見えなかった。
苛ついて舌打ちすると、「ひどいなぁ」とわざとらしく肩をすくめた。
「君には神を敬う気持ちはないの?せっかく急ピッチにあれを直してあげているのに」
あれはそう離れていないところにあった。
目を閉じていて、生気のない肌だった。
両腕と片脚が千切れていて、他にも細かい傷や青い痣がある。
あれは俺の体だ。
死んでいておかしくない状態だが、それでも俺の唯一の体。
自称神の―――いや、実際に神だと崇められている少年が、人間だった肉体を神の使徒にまで昇華させた体。
「感謝はしているが、敬う気持ちはない。お前もそう望んでいる訳ではないだろう」
「いやぁ、そうなんだけどね。でも嫌われるのはいい気持ちにはならないだろう?その気持ちも、僕には全て筒抜けになって聞こえてくるんだから」
「抑えようとしていないからな」
抑えても少年にはお見通しだろうから、意味のないことはするつもりはない。
それに今の自分は器の体が壊れていて魂が剥きだしの状態で尚且つ神域にいるものだから、いつもより余計に考えが伝わりやすい。
「体はまだ直らないのか」
「そうだなぁ。専念してやればすぐ終わるんだけど、君の体の回収で色々トラブルも起きているし、さっきも言ったけど僕は普段から忙しい。……それにゆっくり直す方が、きっといい」
笑顔で少年は言う。
こんなことだから、少年と自分の相性は最悪なのだろうと思う。
神と元人間は捉える視点が違うものだから、考えが相容れないことがいくつかある。
その一つが、彼女に関することだった。
神域から地上の様子を見ることができるので、それを使って引き続き彼女を見る。
彼女はとある公爵家の、名前はラジファングだっただろうか。
その男から丁度言い寄られているところだった。
手を両手で包むようにして握られている彼女は、ラジファングとの将来を考えずにはいられないようだった。
神のせいで災難ばかり人生になっていると言っても過言でもないので、幸せな人生に将来を見出すのはなんら不思議なことではない。
だからこうして心がざわめいてしまうことは己の矮小さが知れることだ。
これまで同じことを経験しているのだが、やはり慣れない。
彼女は人間だ。
ということは寿命があり、文化があまり進んでいない彼女のいる世界は五十年も経たずに死ぬことになる。
そして転生するのだ。
生きてきた思い出をすべて消去され、そしてまた人間へと。
他の動物になることもあるが、相性から滅多にない。
そして俺はそのたびに彼女に会いに行く。
彼女が覚えていない『約束』を果たしにいくために。
彼女はとある国の姫だった。
自国の国の中はもちろん、近隣の国や大陸の中でも一番の美女になるだろうと噂をされるほどの見目麗しい容姿で、一兵士だった自分は高嶺の花すぎる姫に憧憬を抱いていた。
そんなあるときに庭を歩いて警備していると、視界の端で蹲る者を発見した。
「何をしているんだ?」
不審者ということを警戒しながら声をかけると、その蹲る者はビクリと体を揺らしそろそろと顔を上げた。
ヒュッと息をのむ。
それは目を涙で赤らめて上目遣いをして自分を見上げる姫がいたからだった。
「……見なかったことにしてください」
そう言って、姫は逃げてしまった。
思いがけないことで動きを止めてしまっていた自分だが頭は回転していて、綺麗な容姿と雰囲気から忘れてしまっていたことだがまだ十四の少女だということを思い出した。
そこからはよく会うようになった。
庭が巡回する道に入っていることと、姫が隠れ場所として利用するようで自然とそうなったからだ。
彼女の姿を探さなかったかと言われれば否と答えるので、意図してそうなったとも言えるかもしれないが。
そこからは冒頭に述べたとおりだ。
弱さをもつが普段は王女としての顔で表に出さない姫は、弱さの一端を偶然見せてしまった俺には気が緩むのか弱さが垣間見えた。
その姿に何か助けになりたいと剣の訓練に打ち込み実力が上がり、功績を立てる機会があって騎士となった。
けれどそんな力は役には立たない。
姫を嫁に迎えたいという他国の国同士で戦争が始まったからだ。
元々その国と国は関係が悪かったが、きっかけを作ったのは私のせいだと姫は自分を責めているようだった。
姫の取り立てで護衛騎士になったおかげで、以前よりも顔を合わせるのが格段と多くなった立場で、「いずれなったことで、貴方様のせいではない」と言葉を尽くしても考えは変わらないようだった。
そして戦争が遠くの地で続く中、姫を狙う刺客が現れた。
「傾国の姫よ。貴方さえ死ねば、戦争は終わる」
そう言葉を残して、最後の一人となった刺客は俺の手によって死んだ。
姫はそのことに何も言わず、不気味なぐらい黙り込んだ。
そのことに嫌な予感がして、話しやすいだろうと一人で部屋に伺った。
そして目を疑う光景を見た。
短剣を心臓にめがけて刺そうする姫がいたのだ。
大きな音を自分が出したことで、姫はこちらに気付いた。
「あぁ、これは神の悪戯でしょうか」
「姫様、何をしているのですか……?」
「戦争を止めるためです」
「……賊の真を受けているのですか?」
だから、自ら死のうとしているのか。
信じられなくて姫の正気を疑ったが、真っ直ぐな瞳から本気でそう思っていることは分かった。
「最後に一目見れて良かったのでしょうね。しかし、止めないで下さい。私は決意し、そしてそれを揺らがさせたくないのです」
「なぜ、なぜなのですか。……俺のせいですか、貴方様の気持ちを分かってあげられなかった、俺の……」
「それは違います。貴方は十分私の気持ちに親身になってくれました」
だがこうして姫は自刃しようとしている。
笑顔を見せているが、短剣の切っ先は心臓の部分を未だ指している光景はとても信じたくない。
「私の騎士、そう自分を責めないで。私は貴方に出会えて良かったです。誰にも何も言わず死ぬつもりでしたが心残りはあったので、それが叶って今嬉しいです。私、実は貴方のことを異性として好ましく思っていたのですよ」
その言葉を聞いて普段なら想いは通じ合っていたのだと歓喜するのだが、こんな状況ではそんな感情は浮かばない。
「……なら、他国の目が届かない場所に行って、俺といっしょに暮らしましょう。だから、その短剣を下ろしてください」
「それは駄目です。私は貴方の重みとなる。辛い人生を歩ませる道は選びたくないのです」
「そんなの、俺にとっては軽いものです。だから、だから……!」
「もう、いいのです」
静かな、有無を言わせない声だった。
そのことによって、俺は何も言えなくなった。
「そうですね、来世というものがあるならまた私達は出会えるでしょう。そのときに貴方の言う暮らしをしましょう。きっと毎日が楽しい日々となるのでしょうね」
「……姫様といっしょなら、俺にとっては毎日が楽しい日々です」
「それは心が舞い上がるものですね。こんな気持ちで死ねるなんて、私は幸せです」
止めることは叶わず、振りかぶられた短剣は音もなく刺さった。
床に倒れる体を受け止める。
鮮やかな血がじわりじわりと服に染み出していて、光がなくなっていく瞳を見ることしかできず、そんな光景も美しいと思う自分が他人事のようにいた。
深く刺されていることや出血量から、姫は確実に助からない。
ならば眠りにつくまでは静かで安らかな時を過ごせるようにと思い、誰も呼ばなかった。
そして声が聞こえた。
視界が真っ白になった。
脳が揺さぶられ、痛みが走る。
だかそれは再び声が聞こえたと思ったら、痛みは消えていた。
「やあ、初めまして」
白い空間の中で現れたのは自称神の少年。
当初は少年から発せられる威光から、神として相応しい態度を自分は取っていた。
「君には頼みたいことがあるんだ。だからこうして神域にまで招かせてもらったよ」
「……俺に、ですか?」
「ああ。簡単なことではないけれど、君なら適任だろうから」
逆らうという発想はなかった。
姫を失って心にぽっかりと大きな穴が空いていて後を追いそうになりそうだったことと、何でもいいから気が紛れることをしたかったからだと思う。
神からの依頼はとある人物を守ることだった。
「その者は君が神域に来る前に会っていた姫だ」
「な……生きていたのですか」
「いいや、死んださ。死んで、生まれ変わった」
死んでしまった人間の魂は一度少年の元に集まり、そして最初から生をやり直すのだという。
「彼女は既に僕の手で新たな器に収まっているから、急だけれど、よろしく頼むよ」
その言葉を聞き届けてからプツリと視界がブラックアウトとし、明るくなったと思ったら開けた場所に立っていた。
「お前……いつからそこにいたんだ?というか、今までどこに行ってたんだ?」
近くに友人の騎士が立っていた。
そして辺りの惨状に気付く。
欠けている床や壁、血の飛び散ったような黒い跡がそこら中にある。
それらを抜きにして考えると、どうやら立っている場所は謁見の間だった。
友人から話を聞く。
俺は約三年、消えていたようだった。
詳しいことは分からないが、神と会っていたのだからそんなこともあるのだろうと納得づけ、俺のことを聞いてくる友人に続きを促す。
他国で起こっていた戦争は終わっていた。
自国を巻き込む形でだ。
姫が死んだことで、何を思ったのか他国同士の戦争は姫のいた国に矛先が向いたのだ。
小国であった我が国はあっという間に他国が争うように奪われ、王族は処刑された。
そんなことがあった国の謁見の場で友人は何をしていたのだというと、不思議な何かに導かれたらしい。
また自分には理解できないことだったが、神域に招かれる前にいた部屋は封鎖されていることや現状の説明として、神が親切にしてくれたのだろうと推測した。
「これからどうするんだ」と問われ、「成すべきことをする」と答えた。
仕える王族も、姫が自刃をしてまで戦争を止めたかったのに終わらず戦争を続けていた他国に仕えたくなかった。
それに神に頼まれたこと、そして姿は変わっているだろうが姫に再び会いたいと思う気持ちから、俺は姫を探す旅に出た。
「どういうことだ!」
怒鳴り声が響いた。
「もう、うるさいなぁ。君が祈祷の間で何かと騒いでいたから、わざわざ神域に招いたのに。せめて声を抑えてよ」
怒りが膨らむが、押さえつける。
感情のままに言ったって、話は進まなさそうだからだ。
それでも抑えきれない怒気がにじみ出ていた。
姫の生まれ変わりは記憶がなかった。
それに加え、姫ではなくなった彼女は幸せそうにとある男性と結婚して暮らしているようだった。
「それが何?」
話し終えると、少年は不思議そうに言った。
「なんか誤解しているようだけど、僕は彼女を守れと頼んだだけ。記憶は生まれ変わって生きるときには邪魔だから例外なく消すし、君と必ずしも結ばれるとは言っていないよ」
唖然した。
確かにそうだ。
勝手に自分に都合がいいように考えていて、その可能性があったことを考えなかった自分が悪いかも知れない。
けれど、詳しい説明もせずに送り出した少年のせいも一因はある。
「まあ、落ち着いて。記憶は消えるけど、君とあの子が『約束』をするに至った想いは魂の深くまで根付いている」
「『約束』?根付いている? ……どういうことだ」
「どういうことって、来世で出会っていっしょに暮らすんだろ?君ははっきりとした言葉では言ってはいなかったが、『約束』したも同然。
まあ、記憶を消したからあの子は覚えていないけど、君を想う気持ちは魂に刻まれていて消すことはできなかったぐらいなんだ。現にあの子は君と会って惹かれているようだよ」
しばらく内容を整理するのに費やした。
だがまだ少年の話は続くようだ。
「実は前回は時間がなくて言えなかったことなんだけど、僕はあの子に祝福を与えているんだ」
「彼女の魂は他の者と比べようもなく綺麗なものなんだ」と少年は言う。
高潔さと純粋さを兼ね備えている彼女の魂は、神である少年が初めて祝福を与えるに値ものだと思ったらしい。
「それを世界が嫉妬したんだ、君と同じように。でも規模が違う。僕はその世界を創造はしたけれど、祝福を与えたことはなかった。羨ましいんだろうね。だから僕は君にあの子を守るように頼んだけど……駄目だったようだね」
そう言って、少年は映像を見せた。
再び見たくないと思っていたものだった。
彼女は青白い顔で息はなく、静かに死んでいた。
「病気で死んでしまったようだね。僕はあの子に人から愛されるように祝福は与えたけど、世界が嫉妬に狂って殺すのに対抗できるような力は与えていない。
……だから、次こそは頼んだよ。今度は時は調整しているから」
そして視界が途切れ、俺は地上に立っていた。
俺は何回も彼女を探し出した。
牙をむく世界から守るために、『約束』を果たすために。
彼女は神から病気になりにくい祝福も与えられたようで、再び病気になって死ぬようなことはなかった。
それなら、いつの間にか少年の使徒になって力を与えられた自分のように、世界に抗える力を与えればいいと意見した。
だが、少年はそうはしない。
あっさりと死んでしまうようにはしないが、人間のままでより魂を美しくした彼女を見たいのだと言う。
そのための試練を世界にさせ、俺に世界に抗えるか半々の力で守らせる。
世界は彼女を殺すことを優先する。
だが最近は心を折らせるようにして、殺すというやり方に変化しているようだ。
「君も中々な者だよね。死ぬような目に会っても、あの子を守ることはやめないし、『約束』を果たそうとする。
でもさ、頑なに『約束』を果たそうとするから分かるけど、君は姫であったころのあの子を、今のあの子に重ねているんだよね。それってさ、本当に愛してるっていえるのかな?」
否定はできなかった。
俺は姫であったころの彼女を、今の彼女から意識せずに探しているときがある。
今の彼女もこれまで会ってきた彼女も自分は好きだが、やはり姫だったころの彼女が一番忘れられなく愛していた。
これは不義理なものだ。
彼女は俺をいつだって愛してくれるが、同じ魂の者だとしても昔の彼女に対する恋を抱き続けているのだ。
「君も中々の者だって言ったけど、訂正していいかな。無意識ならぎりぎり許せれるけど、その考えを持っている奴と、あの子は同じぐらいに美しい訳がない」
冷たい目で言われる。
けれど少年には彼女を何があっても守り続ける俺を捨てることはない。
それを俺は享受して体を直されるまで何もできないまま、神から祝福をうけ、世界から嫉妬され、俺から執着のように愛される彼女を見続けた。