5、初仕事?
朝。
目が覚めると知らない天井が・・。
違う。これって天蓋?って言うんだっけ。
天井から笠のような物がぶら下がっている。
そこから垂れ下がっているスケスケの布がベッドの周りを取り囲んでいる状態だ。
どうやら 虫などが入り込まないように出来ているらしい。
要するに金持ち用の贅沢な蚊帳なのだろう。
これが地球のソレと同じかどうかは知らない。
ふかふかで清潔なベッド。
昨日までの境遇を考えれば夢のような現実・・
なんて、思うわけが無い。
命がけで盗賊からお宝?をいただいたのに、いきなり幼女の子守役を強制されるなんて想定外だ。
あのアイテム袋、フロに入れられる時に剥ぎ取られた。
高価な魔道具だとバレたら没収されるかもしれない。
今も俺の手を握ったまま寝ている幼女。
名前はセルシニアだったか?。
初めて母以外の女性との同衾だ。
ただし相手は幼女・・・
しかも自分の体まで幼女だし。
ドキドキの欠片も無い。
子犬と同衾しているみたいなものだ。
俺に強引に名前を付けやがった。
邸の人間たちも既にファルナとして認知している。
ファルナって昨日死んだ侍女の名前らしい。
ちょっと複雑な気分だ・・。
『見殺しにしたから呪われた』とか・・
おれはそんな宗教臭い考え方はしないのだ。
それはともかく
名前付けられて強制的に召使いにされるなんて・・まるで使い魔になった気分だ。
「ファルナ。起きてますか?」
「ひっ!」
今の今まで音も気配も無かったのに 何時の間にかメイドの先輩が顔だけ突き出して覗いていた。
幽霊よりもリアルな人間の方が恐ろしいのだよ。
となりの幼女がモゾモゾと動き出した。
ビクついた体の動きと今の声で起こしてしまったらしい。
目を覚まして俺の顔を見たセルシニアお嬢ちゃんは怯えるでもなくニコニコしている。
こんな片目が潰れた痩せた子供(今の俺)をどうして気に入ったのか不思議な子だ。
一度憑依して頭の中を見てみようかな。
小さな子供は時々直感で相手の本質を見分ける事があるからな、何か琴線に触れるものが有るのかも知れない。
使用人となった俺の最初の仕事はセルシニアのお着替えを済ませる事だった。
30代くらいのメイドさんは(シャルナさんという名前)少し離れた場所からお嬢の着替えのしかたを俺に指示している。
子供とは言え昨日来たばかりの素姓の分からない自分を何故この家の人たちが邪険にしないのか不思議だったが会話の中で少し事情が分かってきた。
この幼女 セルシニアお嬢はかなりの人見知りらしい。
今は俺が側に居るから大人しく着替えさせているが、他の人では嫌がって泣き喚くそうな。
昨日までは亡くなった侍女のファルナが唯一拒絶されないこともあり お嬢さんの世話を一任されていた。
その彼女が死んだ事で使用人たちは途方に暮れた。
そのタイミングで邸に来た俺がお嬢様に拒絶されないと知った使用人たちは心底喜んだそうな。
勝手に決めるなと言いたいが「断れば山賊と見なす」と言われれば幼女の自分にあらがう術など無い。
おかげで得体の知れない貧相な自分なのに邸の使用人達の態度はかなり良い。
離れたがらないセルシニアを宥めすかして部屋に残し 俺は使用人の部屋で着替えをさせられた。
寝巻き代わりに誰かのシャツらしき物を着せられていただけなので無理も無い。
自分が昨日着ていた服は貴族の使用人としてふさわしくない。主に品質的に。
正式に侍女になったのだから子供といえども貴族の使用人らしい服装が求められるそうだ。
とは言え さすがに幼女用のメイド服は用意されていない。
それに子供なのでオーダーメイドして作ったとしてもすぐにサイズが合わなくなるのが目に見えている。
有る程度大きくなるまではお嬢さんのお古を着た上でエプロンを付けて間に合わせるとのこと。なので今着ている服は質の良いドレスである。
昨日着ていた服などと一緒にアイテム袋も帰ってきた。
一般の使用人では子供が持っていた薄汚れた小さな袋が高価な魔道具とは気付けなかったのだろう。
良かった・・マジで。
***************
「お嬢様 もうよろしいのですか?」
「食べたくない」
「分かりました。ファルナ、食器をお下げして」
「はい・・・」
あれから食事の用意に連れまわされ、今は給仕をさせられている。まぁ、メイドらしい仕事ではある。
それにしてもセルシニアお嬢は小食だな。
子供の頃は甘いものとか食べたがるから不思議でも無いか。
「ふぅ。またこんなに残されて。心配なお嬢さまです。
ファルナ、残ったものは貴方がいただきなさい。お腹空いたでしょう」
「えっ・・」
「遠慮しなくて良いわ。
貴方も少し痩せすぎだし、頑張って沢山食べるのよ」
なんと、残飯を食べろと?。
そりゃあ お嬢さんの食事だから良い材料で作られているだろうけど・・。
てっきり使用人は別なものを食べると思っていた。
よもや食い残しが自分の食事とは
これが本当の格差社会なのか、それとも身分制度?。
アイテム袋には昨日の食べ物が入っているけどね。
見習いの自分の側には先輩メイドが必ず付いているから秘密にしている袋からそれを出して食べる訳にはいかない。
という訳でセルシニアお嬢さんの朝食なんだけど、
うん、自分が食べても不味い。
シチュウのようなトロトロのスープとナンみたいな食感のモチモチだけど肌理の粗いパン?。
それと何かの野菜と肉を焼いたおかずが少し。
メニューはともかく味が微妙だ。
さすがに これじゃあ子供は食べたがらないよ。
調味料は何かな。
塩味が薄いから塩は貴重品なんだろうか?。
日本で食べてたような香辛料は全く入って無い。
臭い野菜で風味の変化を付けてる感じかな。
地球でも香辛料が無い時の欧州ではハーブが主流だったみたいだし似たようなものかな。詳しくは知らんけど。
うーん・・ここに来るまで憑依した人間たちにも調味料の情報は無いし、全く分からないな。
まぁ、一食で判断するのもアレか。
でもこのままお嬢の食事が進まないと ずっと残飯が俺の飯という事になってしまう。
この世界の人間にとっては普通の事なんだろうけど、日本で残り物を食べるのは幼い子を持った親くらいだろう。
こんな思いまでして逃げないのは情報収集のためだ。
憑依すれば邸から抜け出すなんて簡単だが 外で知識を得るのは命がけだ。
とりあえず、世の中の事が分かるまではここに居ようと思う。
食後はセルシニアお嬢さんの近くに居るだけの簡単なお仕事だ。
いや、自分も幼女だし 専属の侍女というよりご機嫌を良くするための生贄として雇われている訳だしね。
でもね・・退屈な仕事ほど疲れるものは無いのだよ。
貴族のお嬢様とはいえ幼女なセルシニアはまだ習い事はしていない。危ないから外へも出してもらえない。
子供用の絵本なんて無い。
紙は有るか分からないけど、お絵かきに使えるわけも無い。
どないしろと?。
そういえば、子供部屋に有りがちな人形やヌイグルミとかが無い。
ピンク色のアイテムが無いから少女の部屋に見えない。
家具の作りは立派なんだろうけど・・。
バイトしていた時の教訓では暇を感じたらに自分で仕事を考えるように動けば何か見つかるものだった。
侍女として生きるなら、まずは セルシニアの持ち物を確認しなくては仕事がスムーズに出来ないだろう。
何が何処に置いて有るのか把握していないととっさの時に慌てる羽目になる。これもコンビニでアルバイトをしていた時に叩き込まれたノウハウなのだよ。
というわけで勇者のようにこの部屋を物色しよう。
青年の姿であればともかく 幼女な今なら何の問題も無い。
まずはクローゼットとして使われている広いとなりの部屋を見に行く。
セルシニアお嬢の部屋はかなり広いのでドアまで行くのに子供の歩幅だと走るくらいが丁度良い。
思わずスキップしてしまう。
「ファルナ!。今の何?今のはダンスなの?」
振り向けばキラキラした子供らしい好奇心に満ちた目で興奮しているセルシニアがいた。
やはり君も退屈だったんだね。
そういえば、小さい子供って 本来こういう体を動かして何かするの好きだよな。
ゲームが有れば別だけど・・。
「お嬢さまもやってみたい?」
「うん」
即答ですか。
でもなー、こんな事教えたら後で怒られそうなんだよな。
まぁ良いか。不興をかって追い出されても問題は無いし。
「じゃあ教えてあげるけど、大人に見られると怒られるから二人だけの秘密にしよう。約束できる?」
「うん、うん。ヒミツだね」
あー・・秘密とかも好きだよな。凄い楽しそうだ。
何か・・ドンドン自分から墓穴を掘ってる気がする。
この後 セルシニアと2人で部屋中スキップしまくった。
最初は覚えるのに苦労したセルシニアだったが 一度コツを掴むと嬉しいのか体力が尽きるまで続けていた。
その後、いつもより少しだけ食が進んだのは不思議では無い。