2、外の世界
こんな体でも生を受けたからには生きていたい。
その為には名前も必要だと思う。
とはいえ、別に焦る必要も無いんだよな。
自分で名前を付ければ良いだけだ。
片目だからマサムネかな・・。
いや 変な名前だと悪目立ちする。
それに 武将で女の子だと以前遊んでたブラウザゲームのオカズを思い出すから、やっぱ止めよう。
とは言え しっくりくる名前が見つからない。
とりあえず保留にしとく。
言葉も女の子らしくしたほうが良いのか?
・・・・・・・まぁいいか。
何にせよ、全ての情報が足りな過ぎる。
不良騎士の頭の中には碌なデーターが無かった。
まぁ、そもそも『生きて行くのに情報が必要』なんて考えを幼児がするだけでも異常なんだよね。以前の自分が子供だった頃はそんな事考えた事無かった。今と違って本当の意味で子供だったね。
そういえば、前世で 地方から上京したとき、生きて行く為に最初に憶えなくてはならないのが鉄道路線や駅の名前、街の名前からだった。地元なら意識しなくても分かってた事が、新しい土地では苦労して憶えなくてはならない情報なのには困惑したものだ。「住めば都」と言われるけど、長年住んでることで蓄積された情報が住みやすくしているんだろうな。
その手順から行くと、次に知るべき情報は 自分の生きている場所の情報かな。
とりあえずこの国の名前はフェリテリュス王国で すぐとなりにはフロステス王国があるらしい。
今居るこの街の名前はシスティリーヌ。
後は街の周りの地形などの情報が少し。
今まで憑依して得られたのはこの程度。
どうやってこれ以上の情報を得るか・・片っ端から憑依して他人の頭の中から情報をいただくべきか。
でも、ここがマスコミの無い時代だとしたら一般の人間が持っている情報って断片的だろうな。
残った食べ物や 乾かした布をリュックに入れていく。
護身用にナイフを買ったけど、今の体には小さなナイフすら重い。
結局 ナイフも荷物に成ってしまった。
リュックを背負った。
体に装着して自分で持てる重さなら一緒に憑依できるのだ。
「あれっ、まだ居たのか」
近くの木に ここまで運んでくれた鳥が止まっている。
お腹一杯食べたから無理して動かなかったらしい。
また お邪魔しますかね。
という訳で、また鳥になりました。
来るときは気が付かなかったけど、景色が何か変だ。
空が少し紫っぽい・・・自分の目が変なのかな。
空を飛んで街に向かっていると 前方で何かが動いている。
馬のように大きなイヌが群れで集まっていた。
何かを食べている。
・・・あの足は人間だ、人間が食べられてる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あれはイヌじゃなくてオオカミ?。
あの少年が街の外を恐がる訳だ。
まぁいい。自分が襲われなければ問題は無い。
上空を旋回しながら壁に囲まれた街の全体を見てみる。
砦のような城を中心に町が広がっている。
城や周りの豪華な邸にはそれぞれ広い庭がある。
一般の居住区はそれほど広くないかな。
道に迷っても城を見れば自分が街のどのあたりに居るのか分かるかもしれない。これ 意外と大事な事だ。
ぞわっ!
恐い恐い恐い恐いぃぃぃ
小鳥の本能が激しく危険を知らせている。
それに従い、全力で羽ばたき速度を上げる。
程なく後ろで重い羽音が聞こえて来た。
確認すると ワニのような口をもった大きな鳥?が追いかけてくる。
必死で逃げた。
憑依した対象が死ぬと 中に入り込んでいる自分も死んでしまう。
前世では それでドジを踏んで死んでしまった。
飛行速度はそれほど変らない、しかし 体力では勝てそうもない。
これが森の中なら 細い木の枝が茂っている中に逃げ込んで時間を稼げるが都の上空ではそれも絶望的だ。
逃げながら意識を集中して急旋回、大きく開けた口が迫る。
食われる前に何とか大きな鳥?に憑依した。
小さな鳥は逃げていく。ごめんよ。
危ない目に会ったけどその甲斐は有ったようだ。
視界が急激に広くなった。これは獲物を狙う強者の目だ。
速度は変らないが、小鳥のようにあくせく羽ばたかなくても 一度羽を動かすとグクッと進む。楽しい。
良い機会なので このまま都の周辺を散策しよう。
この体なら強いし命の危険も少ないだろう。
この眼は優秀らしく 高度を上げても地上がハッキリ見えた。
細い森を挟んで割と近くに薄っすらと違う町も見える。
あの街は既にとなりの国ということらしい。
別方向へ向かう一本の街道が草原から山の中へと入っていく。山々を越えた遠くの向こうには海らしき青い線が見えている。行ってみたい気もするけど今は止めておく。
下を見下ろすと山陰の街道では何か戦っているようだ。
旋回しながら静かにそちらに下降して行く。
野次馬と言うなかれ。
テレビが無いならこの国の実情は自分の目で見るしかない。
近くの高い木にとまって様子を見る。鳥の体は便利だ。
やはり馬車が盗賊に襲われている場面だった。
今時馬車?。やはり昔の時代に転生したのだろうか。
ちょうど 最後の護衛らしき騎士が切り殺されている。
周りには10人ほどの騎士?の死体と その倍くらいは盗賊らしき死体がある。盗賊が数で圧倒したのかな。
殺伐とした世界だけど、ある意味分かりやすくて良いかもな。以前の日本では言葉で人を殺してた。
罪人の子供だった自分も色々と言われたね。
テンプレだから 助ける?
ガリガリに痩せた幼女に何を言ってますか。
まぁ、憑依すれば可能かも知れないけど命がけになるから嫌だ。
世の中の現実として見学させていただきます。
ヒゲも剃らず、髪の毛も伸ばして後ろで縛った筋骨隆々のムサイ男達が戦いに勝って歓声をあげ、馬車の中から人を引きずり出している。
出てきたのは年老いた侍女?と小さな女の子だ。
子供は汚れない事を前提としたような白のドレスを着ているし 良いとこのお嬢様なのだろう。
侍女に抱きついて泣いている。
それを2人が見張り、他の男達10人くらいが馬車を押して崖から落としていく。
勿論 馬や金目のものは外しているようだ。
仲間の死体も 騎士の死体も装備を外されて落とされていった。その後 地面を蹴り上げて流れた血が目立たないようにしてるらしい。あれなら、ここで襲われた事に気が付くまで かなりの時間がかかるだろう。
なかなか頭の良い盗賊だな。
面白いから付いていく。
侍女が幼女を抱き上げて運び、男達が奪った装備など金目の物を運んでいる。
しばらく山道を歩いた後、道も無い森の中に入っていく。
最後に歩く男が足で枯葉をならして歩いた痕跡を消していく。
これでは捜索隊が出ても救出は絶望的だ。
山道を1時間ほど歩いて行くと 盗賊のアジトらしき洞窟にたどり着く。
盗賊達に付いてきたのは気まぐれだったけど貴重な情報がえられた。いや この世界の現実を見せられたと言うべきかな。
彼らが歩いてくる途中で何度か襲ってきたのは人間の子供くらいの大きさで人型。醜い姿はまさにゴブリンだ。
男達の会話からもそれは間違い無い。
一番考えたく無かった事が現実だと突きつけられる。
どうやら ここは異世界という事らしい。
ますます自分の生存率が急降下していく。
体力も腕力も無く、お金も地位も無い。
オマケに魔物まで居るのでは 町の外での生活も無理。
どないしろと?
しばらく歩いてアジトらしき洞窟にたどり着いた。
盗賊達は眠ってしまったお嬢様を侍女から受け取ると洞窟に運びこんでいく。
侍女は後ろ手に縛られて二人の男達に森の奥に連れて行かれた。
少し後に断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
さすが盗賊、年寄りにも容赦無い。
「ちっ、あと10若ければ使えたのによ」
「あのガキは金になる。仲間もだいぶ死んだからな、分け前も多くなるぞ。その金で遊びに行こうぜ」
「いいねぇ」
盗賊達が笑顔で会話をしながら戻ってきた。
人殺しに罪悪感が無いようだ。命が軽い世界だね。
人の事は言えないか。はははは。
こんな世界でどうやって自分は生き残る?。
女だから腕力を手に入れるのは難しい。
権力?、ただ今浮浪児真っ最中です。
保護者を求めるのは甘すぎる考えだろう。
最後に残された生きるための力はお金だ。
この年齢で大金を持てば別の意味で危ないけど、持ってると知られなければ良いだけだ。
前世の自分がしてた事と同じだ、問題ない。
後は どうやって後腐れの無いお金を手に入れるか。
日本では『お金で買えない幸せが有る』とか尤もらしく屁理屈を言ってお金を蔑む物語がたまに有る。
じゃあ、貧乏な人が必ずその幸せを手に入れるかと言えばそんな事は無い。
むしろ不幸に成る可能性が高いだろう。
人の幸せの9割はお金で何とかなるはずだ。
それ以外の幸せはお金が有ろうが無かろうが関係ない。
お金に関係なく人は死ぬし、病気にもなる。
お金が無ければ親友が出来るのか?、良き家族に恵まれるのか?、関係無いよな。
キレイ事を言う前世の日本ですら、お金を持つ子供には大人もヘコヘコしていた。
お金を持つ者こそが王様で 無い者は下僕のような社会だった。
ついでに言えば、人の世の中って実は全て利害関係で成り立っているんだよね。
信じられない?。
お金で買えないものの例として挙げられる友情や愛情も立派な取引材料なのさ。友達と居て楽しい、心が癒される、他にも有るだろうけど、それだって自分にとって立派な利益だよね。そんな利益が有るからお互いに友達をしていられるんだよ。
学校でボッチ?、そんなもの気にしなくても良いのさ。
社会に出たら学校の利害関係は通用しなくなる。
せいぜいが会えば楽しい思い出が感じられる程度の事だ。
友情は永遠?、そんな幻想を抱いてる人は卒業してからその友達から高額商品を買わされてください。
借金の保証人も有るよ。
その後で「信じていたのに」とか言って恨む人生オツです。
家族親戚なんかも同じさ。
この先は想像してみてね。
親が子を、子が親を殺す事が不思議じゃ無くなるから。
話を戻せばお金はそんな世の中の現実をハッキリと見せているだけでお金自体は穢れたものじゃ無いんだね。
使えるお金は 人の力の蓄積と考えるべきだ。
自分みたいに何の力の無い者でも使える唯一のカード。
まぁいいか・・今の事に集中しよう。
手に入れて後腐れが無いお金はダークサイドのものと決まっている。
ただし、マジに命がけになるけどね。
地球でもそんな危ない金で生きてきたし今更だ。
運が良いのか悪いのか、そんな結論に達した時に目の前に盗賊のアジトが有る。今の状況は願っても無いものだ。
盗賊のお金に記録も帳簿も無い。
という訳で、命をかけてみますか・・。
どうせ何もしなければ死んで行くこの命だ。