20、大混乱する
おぼろげに意識が目覚める。
自分は、そう・・車の運転中に体の自由が利かなくなり、事故をおこし・・そうだ・・・死んだのだ。
事故の直後だろう現場を見下ろしていた記憶がある。
車体の半分は原型を止めていなかった。
かつての自分であったであろう血まみれの肉のかたまりを見て冷静に死んだという事実を認めていたものだ。
巨大な生ゴミを残して逝くのは忍びないが既にいかんともし難く、始末をしてくれる警察官の方々に頭を下げる事しか出来なかった。
・・・・では、今これを思う自分は何なのか?。
視界には見知らぬ部屋を映し出し、当たり前のように動く手は思い通りの動きをしてくれる。
小さな手だ・・。
自分の体を見下ろせば間違い無く子供の体。
これは転生したのか・・
あぁ、輪廻の教えは本当だったか。
「気が付かれましたか・・良かった」
「お体はいかがです?。痛む所はございませんか」
「あ・・あぁ・・。何とも無い」
自分を気遣ってくれる妙齢の女性たち。
飛び交う言葉は日本語では無い。だが何故か未知の言葉をごく自然に理解し、自分も言葉を使いこなしている。
不思議な感覚だ。
徐々にこの体で生きていた数年の記憶を思い返し受け止めていく・・そして自分が何者かを飲み込んでいく。
その思い出なのだが・・
領主家の末っ子として甘やかされて育ったクソガキが色々とやらかしているものばかり・・。
うっ・・これは恥ずかしい。
もはや黒歴史だらけではないか・・
幸いまだ幼い子供の年齢だ。
若気の至りということにして修正していくチャンスは有るだろう。
わしは・・いや、今はボクだな。
ボクの名前はアステリア・ホルムステル、5歳だ。
とりあえず、しでかした恥をそそがなくてはならない。
特に記憶の最後が酷い・・女湯に乱入している。
ドアを開けたとたん目に入ったのは足の裏だったが。
侍女達に話を聞くほどに事の大きさにゲンナリする。
その場には貴族家の令嬢が居たそうな・・。
かんべんしてくれ・・
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「お嬢様の姿は一瞬たりとも見せて無いです」
複雑な顔で話を聞いている領主様に向かって 晴れ晴れとした顔で勝利を報告するファルナでした。
うん、お嬢様を守れば勝ちなのだよ。
ちゃんと手加減はしたんだよ。
本気の力を行使したらあの子の頭を粉砕してたんだからね。
コロタンからの力の流入は任意で遮断出来るようになった。うん、ここまでの道中で影ながら訓練したんだよ。
ちなみにファルナの中に憑依しているコロタンは先ほどの戦いに大喜びです。気楽でいいですね・・。
温泉宿の女湯で起きた大乱闘の話は即刻 領主の耳にも入った。自分の愛娘に関するアクシデントなので直接ファルナたちに呼び出しがかかる。
当然ながらこちらに非は全く無い。
無いったら無い!。
しかしながら、相手も貴族家と言う事で話は単純にはいかないようです。
「お館様、ホルムステル家の使いが参りまして お館様との面会を希望されておりますがいかが致しましょう」
「ふむ・・・早速来たか。承知したと伝えてくれ」
「畏まりました。では会談用の部屋を用意いたします」
「シャルナとファルナ、それともう1人の女性も同席するように。まぁ・・ここの領主とは懇意にしているからな、借しの一つでいいだろう」
道中の骨休めに立ち寄った温泉なのにユッタリとはいかないようです。
宿場町の宿ではあるが貴族の宿泊部屋も用意されている。
3部屋有る中のひとつで来客に対応するようだ。
用意された部屋に入って来たのは男の子。見るからに上等な仕立ての衣装で正装した姿は確かに貴族のボンボンに見えた。下手をすると勘違いした権力を振りかざして殴りこんで来るかと思ったが違うようだね。
彼は貴族の礼節であろう挨拶を領主様と交わし形式を踏んでいく。
その姿は堂々としていて淀みなく、また何かの企てを画策しているような気配も無い。
見ていて清清しいとすら感じる立ち居振る舞いである。
とても少し前に全裸のメイドを侍らせて女湯に乱入したバカやろうには見えない姿だ。
「なるほど・・自宅のフロと同じ程度にしか考えていなかった、という事かな?」
「はい。恥ずかしながら・・思い返してみてもそれ以外の思いは有りません」
「しかしだな、もしも君が私の娘の肌を見ていたらだ、あの子の経歴に重大な汚点が残る事になる。その点はどう思っているのだね」
うは、領主のオッサン容赦無いなぁ。
まぁ、父親は娘の事になるとこんなものなのかな。
ここまで勇気を出して謝罪に来たけど泣くんじゃないの?
対面する壁際に立っているあちらのメイドもハラハラして見ているようだ。
「幸いにも最悪の事態は避けられました。自分は誰かの足の裏しか見ておりません。しかしながら事態の深刻な事は理解しております。ご令嬢とは年齢も近いと伺いました。将来は・・」
この瞬間、場の空気が冷えたように感じたのは自分だけでは無いだろう。領主様の後姿からユラユラと殺気が立ち上っているのが見えるようだ。
「ご令嬢も将来は学院に入学されると思います。そのときには影ながらお守りする・・という事ではいかがでしょう?」
なんだこの子供は・・。
幼児といえる年齢のはずなのにどうしてこんな対応が出来る。
場を満たしていた殺気が霧散していく。
もしも彼がお嬢様を嫁にするとか言ったら殺されていたかも知れないぞ。
このガキ・・いや少年は何を考えているのだろう。
まさかとは思うがセルシニアお嬢に迂遠な形で仕返しとか考えていないだろうか・・。
『謀略を見抜く聖眼』はこんな時にこそ欲しかったよ。
『コロタン、少しの間で良いから他の人に憑依してくれ』
『ん?。我輩がどうかしたのか』
『いや、少しだけあの男の子に入ってみるから』
『ふむ、そうであったな。なるほど・・オスに興味を持ったか。カッカッカ』
『うっさい、そんなんじゃ無い!』
コロタンが憑依したままで他人に憑依するのは無理だと以前試していたので分かっている。
少しの間だけ宿主を変えてもらうように直接の意思疎通で頼んでみたが変な想像をされたようだ。
人間の中で知恵を付けているコロタンは言動が人間臭く、いや・・オヤジ臭くなってきた。
この世界唯一の不思議生物なのに段々神秘性が無くなる。
ファルナはコロタンの行く末が少しだけ心配だよ。
まぁいいか。では久しぶりに憑依っ
男の子に対する憑依は一瞬だった。
周りに居る人たちが気が付かない程度の時間。
だと言うのに憑依から抜け出たファルナは顔面蒼白状態である。
彼の記憶の中に自分が前世で死んだ瞬間と同じ場面が有ったからだ。
こいつ、あの時の坊主かぁぁぁ
ファルナの心の叫びは再び憑依してきたコロタンだけが知っている。
そのタイミングで少年はファルナを見て微笑んだ為に彼女の心中は大混乱におちいった。
ファルナの思いとは裏腹に、彼は自分の暴挙を止めてくれたファルナに感謝しているだけだった。




