うつるひめ・ぷろろーぐ 2
少年の家は平屋の一軒家。
家としては小さいが一人で住むには丁度良い。
一見すると普通の家なのだが、目立たない防犯対策が各所に施されていた。
防犯カメラは勿論のこと、ドアにはカギが3つ付いている。
(空き巣が敬遠するカギの数と聞いたためだ)
窓は外からは手が届かない高さにあり、勝手口が存在しないなどなど 異常なまでの防犯対策である。
他にも色々有るのだが問題はそこでは無い。
その家は1人の少年が建てた。
別に親が大金持ちという事では無い。
それどころか、彼の親は悪質な宗教団体に騙されて 多額の寄付を毟り取られ、生活にも支障をきたしていた。
そんな両親は、会社の資金を使い込んでいた事がバレると 少年を残してあっさり自殺してのけた。
中学生だった彼の心境はとても語れるものではない。
その衝撃が彼に潜在していた特殊な能力を開花させたのかも知れない。
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大きな会場のステージに とある新興宗教団体の教祖が上がってきた。会場の人々は万雷の拍手で迎え、壇上に並ぶ幹部達も 腰を90度にキッチリと曲げて頭を下げ、教祖のカリスマを後押ししていた。
マイクの前に立った教祖が何時ものように話を始めた。
信者たちは その一言一言を有りがたそうに聞いている。
しかし、流れるように口から出ていた言葉は突然止んだ。
信者も宗教関係者も、そして居並ぶ報道陣も驚き、教祖を見つめた。
「諸君。今日も沢山の寄付を持って来たかな?。テメェらの全財産は俺のものだ。とっとと寄付しろや。ゴラァ!」
「「「「「「!」」」」」」
一瞬の静寂の後、騒然となる大会場。
教団の幹部達があわてて教祖に駆け寄ると、振り返った教祖の手には本物の銃が握られていた。
とある方法で先日 警察官から手に入れた銃である。
響き渡る銃声、次々と撃ち殺される幹部たち。
大パニックになる会場。
教祖は 打ち尽くした銃を投げ捨てると 今度はナイフを取り出し、逃げ惑う少女の服を笑いながら切り裂いた。
どれ一つ取っても 社会的に抹殺されるであろう行為である。
マスコミは怯えながらも必死でこの大事件をカメラに収めた。
さんざん暴れまくり高らかに大笑いをした後、正気を取り戻した教祖は呆然と立ち尽くし駆けつけた警察官に取り押さえられたのだった。
この宗教団体こそ、少年の両親を破滅に追いやった元凶である。
会場の片隅では 少年が無表情に教祖が逮捕される様子を見ていた。
教祖が犯した凶行は全て少年の仕業である。
少年が得た特殊な能力、それは「実体をともなう憑依」。
ウソか 本当か、この世には憑依という現象が有る。
一般には「霊が取り付いた」と言われ、まるで別人のような性格になったり、少女が男のような声と腕力を出す事も有るそうな。
少年が行う憑依は それとは全くの別物と言える。
肉体ごと乗り移り、完全に相手を支配してのける。
憑依された相手は その間の記憶が全く無く、催眠術で聞き出したとしても原因を突き止める事はできなかった。
まさに完全な乗っ取りである。
その能力をもって、少年は教団に復讐を果たしたのだ。
宗教団体が解散するのは時間の問題だろう。
復讐を終えた少年は、次に自分が生きて行く為の行動を開始した。
まずは、教団と裏でつながり 両親に借金を取り立てに来た闇金融の業者を調べ上げ、そこの幹部に憑依すると 組織の金庫に有る大金をダンボールに詰め、宅配で自分の自宅に送った。
当然、偽名で送り、荷物の中身は書籍とした。
伝票も燃やし、証拠を残さなければ誰も調べようが無い。
その後 組織内で幹部の男を見た者はいない。
こうして少年は宅配の荷物を受け取り大金を手にしていく。
その後も同じような手を使い、警察の調べが入らないように裏金限定で資金をかき集めた。
次に不動産会社の人間に憑依して土地購入の手続きを済ませ、未成年ながら土地と家を手にする事に成功した。
少年が一人きりで生活するのは不自然に見えたが、近所の人には親の遺産で生活していると誤魔化している。
憑依する事で多くの知識と情報を得た少年は 決して表に出る事は無く、存在を隠しながら悠々自適の生活を満喫していた。そして 銀行に入れられない大金を守る為、自宅に過剰な防犯対策をするのだった。
やがて 社会を信用しない少年はネットの世界に没頭した。
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ある日、少年がコンビニから出てくると、坊主が 檀家であろう家から出てきて車に乗り込む所だった。
宗教と見れば破滅させたくなる少年は坊主に憑依すると そのまま支配することなく様子を見ることにした。
その時 少年は良い方法を思いついた。
「人通りの多い所で車を暴走させてやろう」と。
「群集に車が突入し人々を撥ね飛ばす」ニュースでは時々流れる出来事だが、聖人面している坊主が無差別に人をひき殺したら それはそれは大事件である。
もっとも、「精神がおかしかった」と認定されれば人殺しも許される変な国なので 死刑に成るかは疑問だが、坊主の人生が破滅するのは間違いない。
もはや 少年の心は犠牲者の事を考える良心などカケラも無く、悪魔と呼べるまでに落ちていた。
いよいよ商店街が近づき、人通りが激しくなってきた。
ついに 坊主の体を乗っ取った少年は 車を急加速して人の波に飛び込もうとした。
ところが、ここで計算違いがおこる。
坊主は仕事柄 憑依現象に慣れていた。
彼は自分の身に何が起こっているのかを瞬時に理解し、全ての力を振り絞って一瞬だけ体の支配を振り払った。
完全に支配しているはずの腕が勝手に動き、車は電柱に突っ込み大破した。
坊主は 自ら電柱にぶつかる事で人をひき殺す事を防いだ。
新聞は伝えた、
『僧侶運転中に急死。幸いにも被害者は無し』と。
この時、憑依していた少年もまた即死していたのだが、彼の死に気付く者は誰一人いなかった。
著作権が認められている小説は芸術としてあつかわれます。
芸術とは個性有る唯一の作品であればあるほど価値があります。
自分も何時か自分だけの作品を作ってみたいものです。
すっごい願望でした。