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16、恐怖のささやき

夜は静かなものなのです。

前世の地球の大都市のような例外は別として。


ファルナ達が宿泊している宿場町などは酒場ですら早々に店じまいするほどで 真夜中ともなれば一つの明かりすら無く真っ暗闇となる。

勿論 人々の動く気配も無く、シーンという音の無い音が聞こえて来るような気がするほど静かであった。


グゥオオオォォォォーーーーン


そんな静寂の中に響き渡る大音声は全ての人々を叩き起こした。暗闇の中 彼方此方で赤ん坊の泣き声と女性の悲鳴が湧き起こる。それが予鈴であるかのようにガタゴトと慌てて人々が動き出した気配がして来る。


家々から明かりを持った男たちが外に飛び出す。

彼らは情報を求めて右往左往する事となるだろう。

恐怖に慄いた人々はその後も眠る事ができず 町ぐるみで寝不足の朝を迎えていた。



大人たちが大混乱する中、ファルナとセルシニアの幼女コンビだけは一度は目を覚ましたが再び朝まで熟睡していた。

見た目に反して豪胆な2人である。もっとも、ファルナの場合 大音声の原因が予測できたからなのだが。


「・・・本当に行ったのかぁ。むにゅ」


ある意味 大騒ぎの引き金であるファルナであったが他人事のように気にしていなかった。

そんな彼女ののん気な姿がセルシニアにも安心感を与えて取り乱さなかったのである。

ファルナは充分に自分の役目を果たしていた。



************



そして、朝がきた


「それではお嬢様、朝食の用意をしてきますね。それまで体操でもしててください」


「うん、あっ・・よろしくてよ」 くすくす


「ふふっ、その調子ですわ。お嬢様」


ああ、自分でやってて恥ずかしいセリフだ。

でも我慢する。


ファルナ(じぶん)はセルシニアとの気楽な会話に違和感など無いし、セルシニアにとっても初めての同年代の友達と言える自分とのコミュニケーションは人としての大きな成長を齎していると思う。


しかし対外的には主従の会話をしなくてはならない。

特にお嬢様はそれなりの言葉遣いも要求されてくる。

その点で先輩メイド達から心配され注意されていた。

お嬢様にとって必須と言えるスキルであり彼女の為を思うなら心を鬼にして身に付けさせるべきものだ。


でもなぁ・・無理やり強制するよりは自然体で出来るようにしてあげたい。何より そんな事をしてセルシニアの心が休まる場所を無くしては魔力が暴発してしまうかもしれない。


そこで、遊びという事にしてセルシニアに『お嬢様言葉』を使う癖を付けさせようと画策した。

題して『お嬢様とメイドごっこ』。

いや、本物のお嬢様とメイド見習いなんだから「ごっこ」もないのだが、そこは遊びなのである。

セルシニアも楽しんでいるから良いのだ。




「あっ、ファルナ。丁度良かったわ。領主様が御呼びよ」


部屋を出たタイミングで先輩メイドに呼ばれた。

領主からの呼び出しの内容は押して知るべしだ。

まぁ、夜中のアレの事は全部知ってるんだけどね。


コロタンの奴、朝一番に念話で叩き起こしやがった。

獲物の情報に対するお礼と『美味かった』という余計な感想まで楽しそうに喋りまくっていた。聞かされる方は堪ったものではないよ。

他に話す相手も居ないだろうから無理も無いが 迷惑な奴と契約してしまったようだ。



「ふむ、やはりそうか。夕べのアレはいにしえひつぎで聞いたものと同じか・・」


「でも かなり遠くからの声だと思います。近くだったら朝まで皆で気を失っていたんじゃないかと・・」


「なるほどな」


やはり話はアレであった。

夜中に目が覚めただけの自分ですら少し眠い。

あれから寝てない大人達はさぞ神経がイガイガしている事だろう。



「そうなると先に進むのは危険か・・。困ったものだ」


「あのぅ・・領主様」


「ん?。まだ何かあるかね」


「コ・・この前の生き物の声だとしたら心配しなくても大丈夫だと思う・・です」


「ふむ・・それはどうしてなのかね?」


確認の為にファルナの話を聞いていた時とは違い、領主の目は執事のヨーゼフとの会話のように真剣なものとなる。その強い眼差しはファルナを少しビビらせた。



「えっと、あの時も馬だけ食べて人間には見向きもしませんでした。人間は食べないのかも・・」


「なるほど、最悪出会ったとしても馬一頭を囮にすれば何とかなりそうだな。安くは無い通行料だがな」


彼が信じたかどうかは別として、用が済んだ自分は大急ぎでお嬢様の朝食を受け取りに厨房に向かう。

領主様とお嬢様の食事だけは同行している料理長のシリルオーネが作っているので少しはマシな味だ。



外が騒がしいので窓から見下ろすと大勢の武装した厳つい男たちがゾロゾロと門に向かって歩いて行く。

装備が不ぞろいだし隊列も組まない事から冒険者の集団なのだろう。

魔物の討伐隊なのか かなり緊張した様子だ。

すでに件の魔物の群れはコロタンのエサに成ってしまったので彼らが行くのは徒労にしかならない。

気の毒ではあるけど危険も無いので良かった事にしよう。


ふと 目が合った。

相手も気が付いたようだ。

それは昨日のデッカイ冒険者の男だ。


酔っていた昨日とは違い 素面の顔はどこぞの映画俳優かと思うほどで、他の冒険者達と行軍するその姿は映画の一シーンかリアルなRPGのオープニングを見ているかのようだ。

片手を挙げて軽く微笑んでくる姿も妙にサマになっている。

あれは同年代の男の敵だろう。

ついでに言えば あの顔なら女も口説き放題だろうから女殺しで女の敵でもあるな。

うん、超絶イケメンなヤローは人類の敵と認定されました。今の自分にはどうでも良い話ではあるが。


食事を終えたお嬢様がマッタリとしている。

自分もその横に座ってのんびりする。

うん、久しぶりに長閑な時間だね。

そのうちに暇を感じたセルシニアが話しかけてくるだろうから話し相手になれば良い。


最近気が付いた事だけど、彼女に対して特別な話をする必要は無かった。世間一般の庶民的な話でもお嬢様のセルシニアには未知の世界なのだ。

今日はお金の話でもしようかな。上手く繋げれば無理なく計算のしかたを教えられるかも知れないし。


早ければ明日には冒険者が戻ってきて安全が確認されるだろう。明後日が出発になる可能性も有るし今の内に休んでおくべきなのだ。




***************




今日もお嬢様を昼寝させてから買い食いに出かける。

早く体力を回復させたいけど宿の食事だけだと足りないんだよね。主にたんぱく質が。

とは言え

領主家に雇われたお嬢様専属メイドと言えば聞こえは良いが、見習いの自分はお小遣いなど殆ど無い。

衣食住が有るだけ有りがたいと思う世界だ。

ここに来て盗賊から横取りしたアイテム袋の中身が役に立ってきた。あの努力は無駄では無かったね。


「困ります、急ぎの用事なんです」


「そうはいきませんな。お聞きしたい事があるのです。我等の詰め所までご同行願います」 ニタニタ


何かのトラブルかな?。

少女が巡回の警邏2人に職質されている。

それは別に不思議では無いんだけど・・

あれってどう見ても不当な権力行使だよね。


おまけに若い方の男はあからさまに好色な目で少女を見ているし、顔もいやらしい。もう1人の男も真面目な顔をしているように見えるが口元が歪んでいるのを隠せていない。

少女はそんな男たちに危険を感じているのか必死に抵抗している。


誰も助けないのかな・・

こういう時に反骨精神を持つ冒険者が居れば一晩牢屋に入る覚悟で止めるかもしれない。

しかし、今は主だった冒険者達は皆で魔物退治に出ている。



「いやぁー先輩、今回で我々が強姦した女性は20人目ですねぇ。今日の女は中々の上玉ですよ」


若い方の警邏が突然大声でとんでもない事をぶちまけた。様子を見ていた多くの人々はその内容に驚愕する。

同僚らしい男ですら驚いて目を見開いていた。


ザワザワ、ザワザワと人々の声が苛立ってくる。


「何をしている、早くこの容疑者を我々の詰め所まで連行しろ。地下の牢屋でタップリと可愛がってやる」


「いや・・、いやよ。いやぁぁ」


今度は先輩と呼ばれた警邏の男が芝居のように朗々と大声で本心をさらけ出した。

少女は恐怖のあまり悲鳴をあげている。

そんな場面を見ていた男たちがブチキレたのか 1人2人と手に棒や武器を持って集まりだした。

そろそろ潮時かな。



全ての人たちの注目が事件の当事者達に集まっているのを幸いに憑依から抜け出し、離れた場所に顕現する。

男たちの本心を暴露するだけの簡単なお仕事でした。

自分も野次馬になってタコ殴りされている警邏を見る。

しかし、以前の不良騎士以上に悪質な男達だ。


平和だと言われていた日本ですら変な警官は居た。

司法制度が確立されていない世界ならこんなものだろう。

自分も女に成ってしまったし気をつけねば。



「ひっ!」


なに、ナニ、何?

突然 後ろから大きな手で両肩をつかまれた。

凄い力で抑えられ逃げる事はできない。

この状態では憑依能力も使えない。


「おイタはいけませんよ。お嬢さん」


耳元で男の声が囁く。









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