009「相乗」
「この週末は、地方でライブじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけど、相方が熱出してダウンしちゃってさ。いやあ、馬鹿でも風邪を引くんだなあって」
ノートパソコンと睨めっこしている椿と、大学ノートに鉛筆でチョロチョロっと走り書きをしている男が、おのおのの作業の合間に会話を交わしている。
「そういう兄ちゃんは、何をしてるんだ?」
「同期の馬鹿が、保養所の予約だけして、あと、何の旅行プランを考えてなかったから、仕方なく、代わりに段取りしてやってるんだ」
「面倒見がいいもんな、兄ちゃん。あれだろう? あの、たれ目のさ。えーっと、柘植じゃなくて、棕櫚でもなくて、桔梗?」
「楓だ。樫野楓」
「ああ、そうそう。楓だ」
「物忘れが激しいな。ボケるのは、まだ早いぞ」
「ボケるのは相方の仕事だぜ、兄ちゃん。俺は、ツッコミ」
「今晩は、青魚の煮付けにするか」
「ドコサヘキサエン酸か! ――旅行に行くのは来週だよな。まだ寒くない?」
男がノートに鉛筆を挟んで置き、ディスプレイを覗き込みながら言うと、椿が言い返す。
「向こうは、四月の初めには海開きしてるんだ。行けば、何かしら遊べるだろう。別に、泳ぐ必要は無いし」
「いいな、サラリーマンは。そうやって、会社の金で遊べるんだから」
「馬鹿を言え。その分、普段は人一倍、汗水垂らして働いてるんだ。平日の昼間から、ソファーでゴロゴロとテレビを見てる誰かさんとは違う」
「いやいや。そんな誰かさんだって、そうやってリラックスしながらネタを探してるんだよ。ニュースや流行をオシャレに取り入れるのが、俺と梶のスタイルなんだから。これからの漫才は、ファッショナブルで、スマートにいかなくちゃ」
「発想が三十年くらい古い気がする。イケイケでナウなヤングが、フィーバーしてるイメージ」
「フィーバーしてるのは、相方だ」
「うまい。けど、したり顔が腹立つから、クッション没収」
「大喜利かよ。落語じゃなくて、漫才だってば」
梅田椚:漫才師。椿の弟。二十八歳。マンションに同居している。