008「バランス」
「ピーマンと茄子が無いのは、樫野くんのせいかしら?」
「ご名答。食べたくないものは、それとなく買わないように誘導したんだ。一本、いるか?」
クーラーボックスからアイスの箱を差し出しながら楓が言うと、梓は、そこから白色のバーを引き出しながら言う。
「いただきます。これは、何味かしら?」
「う~ん、林檎じゃないかな。俺は、蜜柑にしようっと」
そう言って、楓は橙色のバーを抜き取り、箱はクーラーボックスに戻す。
「温かい料理のあとに冷たい物を食べると、良いですね」
「だろう? いやあ、買ってよかったぜ。大蔵大臣がケチなものだから、一度は買うのを断られたんだ」
「誰が、ケチですって? ヒック。あのね、楓くん。ウイ~。私は、財務の適正化に努めただけよ」
「噂をすれば。へべれけじゃないか、梢。酒臭いな」
「梓ちゃん、盛り上がってる? フ~」
「あっ、はい。楽しんでます」
「そうか、そうか。よしよし、良い子ねえ。――ちょっと、引っ張らないでよ」
梓の肩に片手で体重を乗せ、もう片方の手で髪を撫で回す梢を、楓は二人のあいだに割って入り、アイスを持たないほうの手で梓から梢を引き剥がす。
「嫌がってるだろうが。松井は梢と違って、はっきりノーと言えないタイプなんだから、やめてやれ」
「何よ。ゲフッ。梓ちゃんは、楽しんでるって言ってるじゃない」
「背筋を氷点下にしてやろうか?」
「んもう、わかったわよ。お邪魔しました!」
そう言って、梢はレジャーシートに足を投げ出して座っている櫁のほうへと、千鳥足で歩いていく。
「……すみません」
「謝るなよ。悪いのは、あっちの酔いどれなんだから。アーア。あの分だと、アパートまで送らなきゃ駄目そうだな」
「おつかれさまです」
「送っていくことは、それほど嫌じゃないんだけど、梢の兄ちゃんと鉢合わせすると、厄介なんだよなあ」
「あら? 一人暮らしじゃなかったんですか?」
「名義上は。でも、たまに懐が軽くなりすぎると、ドアの前で待ち伏せしてるんだ。梢と真逆で、浪費家だからな」
「あらあら。でも、樫野くんのほうも」
「ときどき世話焼きの姉ちゃんが居るから、おいそれとは連れ帰れない。根掘り葉掘り尋問されるのは、真っ平御免だよ。ハハッ」
「大変ね」
「お互い様だろう? まあ、恋はハードルが高いほど、乗り越えようと燃えるものだけどさ。――二本目、いるか? 檸檬と葡萄が残ってる」
「遠慮しておくわ。酸味が強いのは、苦手なの。向こうの二人にあげたら、どうかしら?」
「好き嫌いは、いけないなあ」