004「一掃」
「残ってるのは、また私だけか。早く終わらせなくちゃ」
女が書類をファイリングしていると、そこへ緑色の作業服を着てモップを持った少女が現れ、ノックも無しにドアを開けて部屋に入り、魔法少女のようなポーズを決めながら堂々と言う。
「クリンリネス・モモ、ただいま参上!」
「あら、桃ちゃん」
「クリン、クリン、クリーン。お掃除をしますから、早く帰ってくださ~い」
そう言いながら、少女はツカツカと女に駆け寄ると、彼女が椅子の背もたれを引こうとする。女は、座面の端を持って抵抗しながら言う。
「ちょっと、桃ちゃん。引っ張らないで」
「五階の社長室から始めて、四階、三階まで、もう終わってるんです。あとは、庶務課と、開発課と、受付だけなんです。さあ、お邪魔虫は、お引き取り願います」
「待って。私の仕事は、まだ終わってないのよ」
「え~。でも、誰も残ってませんよ。それは、ホントに梓さんがしなきゃいけない仕事なんですか?」
「そうよ。今日中にって、任されたの」
「絶対に?」
「う~ん。できればだから、絶対ってわけじゃないけど」
女が逡巡していると、少女は、その隙を突いて椅子を引き、片手を引いて立ち上がらせ、背中を押しながら言う。
「なら、明日にしてくださ~い。クリン、クリン、クリーン」
「わかった。わかったから、バッグだけは取らせて」
「はいはい、これですね。ほら、早く帰る」
少女が机の下から白色のハンドバッグを引き出して手渡すと、そのまま机の下のモップ掛けを始める。バッグを受け取った女は、腑に落ちない表情でオフィスをあとにする。
*
階段を降りようとしたところで、梓は桜の姿を認め、駆け下りながら声を掛ける。
「あら、桜さん」
「ああ、梓さん」
桜は、踊り場で足を止めると、梓が近付くのを待ち、追い付いてから歩調を合わせて歩き出す。
「今、お仕事が終わったところなんですか?」
「ええ、まあ。そういう梓さんも、今まで残っていたんでしょう?」
「そうなのよ。まだ仕事は残ってるんだけど、お掃除の桃ちゃんに追い出されちゃって」
「僕も、似たようなものですよ。守衛さんに、忠告されてしまいました」
「あらあら。フフフ」
「フフフ」
松井梓:庶務課。桜の彼女。二十五歳。高卒入社。優柔不断だが、清楚で大人しい。セミロング、左目に泣き黒子。
柊桃:社長の娘。十五歳。ときどき清掃員の扮装をして見回りしている。好奇心旺盛で噂好き。ポニーテール。福耳。