022「休み明け」
「桃。一つ、確かめておきたいことがあるんだけど」
「なあに? 母の日のプレゼントなら、ちゃんと考えてあるわよ。今は、まだ言えないけど」
「そうじゃなくて。もっと、大事な話よ。こっちに来て、ここに座りなさい」
「はあい」
桃は、柚の手招きに応じて、ソファーに並んで座る。
「いい、桃。正直に答えるのよ。お母さんがどう思うだろうかなんて、考えちゃ駄目だからね」
「わかったから、早く話をして」
「それじゃあ、言うわね。桃は、このままお母さんと二人で暮らしていきたい? それともお父さんとも一緒に暮らしたい?」
*
「急に三組も結婚が決まったんだもの。女の子たちのあいだでパワースポットだと思われるのも、無理ないわ」
「噂が噂を呼んで、観光客が押し寄せそうだね」
「マスコミが嗅ぎつけたら、一気呵成に増えるでしょうね」
「もしくは、エスエヌエスで拡散されるかだね。それより、あの六人には、警備員が柚で、清掃員の桃は柚の娘だってことを、言って無かったんだな」
「そうよ。おかげで、報告に来た男性陣三人が、三者三様に戸惑う表情を見られたわ」
「あんまり揶揄ってやるなよ。大事な社員なんだから」
「あら。ちょっとくらい、ユーモアがあるほうが楽しいじゃない」
「君の言う『ちょっと』は」
「『たくさん』という意味よ。そんなことより、このあいだの話の続きなんだけどね」
「どの話だ? 団地の主の爺さんに会った話か?」
「そんな話、したかしら?」
「あれ? あのときは、もう酔ってたかな。欄さんが今年で傘寿になるという話を聞いたと、俺が居留守を使ったことを皮肉りながら言ってたぞ」
「えー、覚えてないわ。サプリメントでも買おうかしら」
「飲む量を控えなさい。それで、肝心の話は何なんだよ」
檀が訊ねると、柚は、隣の席に置いたハンドバッグから一枚の紙を出し、カウンターの上に置く。檀は、その紙を手に取って広げ、視線を左右に走らせて熟読した後、再び質問する。
「老眼かな。『妻になる人』の欄が埋められてる婚姻届に見えるんだけど」
「その通りよ。桃に訊いたら、やっぱり、お父さんと一緒に暮らしたいって言ったの。――そして、ここに、ボールペンと朱肉があります」
柚は、ハンドバッグから朱肉とボールペンを出し、カウンターに朱肉を置き、ボールペンのキャップを持って差し出す。檀は、しばし熟考した後、カウンターに紙を広げ、柚の手からボールペンを引き抜く。
「歳を取ってから男が一人暮らしするのは侘しいと、欄さんも言ってたからな。それに何より、娘に希望されては、無下にできない」
「子は鎹ね。産んでおいて良かったわ」
「ああ。どんな経緯にしろ、授かった命を粗末にしては駄目だ」
欄:団地の主。八十歳。檀と同じ団地に住んでいる。




