表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰に陽に  作者: 若松ユウ
2/22

002「調達」

「炭は?」

「買った」

「肉は?」

「買った」

 カートを押しながら歩く女と、その周りを歩く男が、ジェイポップが流れるスーパーの店内で、会話を交わしながら歩いている。カート手前の子供を載せるスペースには、黄色と橙色の二つのボディーバッグが置かれている。

「酒は?」

「買った。アイスは買わないわよ、楓くん」

「え~、梢はケチだな」

 男がさり気なくカートに入れたソフトクリームを、女は冷蔵ケースに戻しながら言う。

「ケチで結構。今日は、同期六人分の買い物に来たんだからね。一人で楽しむものは、個別に買ってちょうだい」

「さすが、経理課ですな。財布の紐が堅くていらっしゃる。よっ、会計士!」

「ちょっと。やめてよ、恥ずかしい」

 女が照れ隠しに男の背中を平手で叩くと、男はヘラヘラと笑いながら言う。

「へへっ。おだてて乗せるのは、営業課(うち)の専売特許だからな。とても三十過ぎには見えませんぜ、お姉さん」

「もう。気分良くさせて財布の紐を緩めようったって、そうは問屋が卸さないわよ?」

「別に、そんな下心で言ってるわけじゃない。――しかし、この切れ長の目元には、頭の良さを感じさせますな。女だてらに大学院を出て、親はヤキモキしてることでしょう。おまけに、酒癖が悪いときては、嫁の貰い手も無い」

「待ちなさい、楓くん。褒めてから落すんじゃない」

「まあまあ、最後まで聞けよ、梢。――そんな彼女にも、ユーモアのわかる、ハンサムな彼氏が居るのです」

「えっ、どこに?」

 女が額に片手を当てて周囲を見回すと、男は自分の鼻先を指さしながら言う。

「ここ、ここ。目の前にいる」

「眼精疲労かな。どう見ても、着流しにアコースティックギターが似合いそうなチンチクリンしか居ない」

 女が目元を押さえながら言うと、男は不貞腐れたように言う。

「悪かったな、残念で。でも、梢だって、その残念な男の彼女なんだぞ?」

「拗ねないでよ。子供じゃないんだから」

「どうしようかな。アイスを買ってくれたら、機嫌が治るかもしれないぞ?」

「はいはい。――これで満足?」

 女は、カートを止めて冷蔵棚の扉を開け、中から箱に入ったアイスキャンディーを取り出し、カートに入れる。

「箱アイスか」

「不満なら買わないわよ」

「ああ、待って。満足、満足、大満足です。だから、戻さないで」

 カートから箱を引き上げさせまいとする男に対し、女はクスッと笑いをこぼすと、黄色のボディーバッグからスマホを取り出し、耳にあてて通話を始める。

「もしもし、櫁ちゃん? ……そっちの準備は出来たかしら? 梓ちゃんたちは? ……まだなのね、そう。こっちは、もうすぐレジだから。それじゃあ」

「榎本か?」

「そうよ。設営は終わってるみたい。まだ、楠見くんたちは来てないらしいけどね。ガムは買わないわよ?」

「ケチ!」

柳瀬梢(やなせ・こずえ):経理課。楓の彼女。三十一歳。院卒入社。酒癖は悪いが、陽気で頭が切れる。ショートカット、つり目。

樫野楓(かしの・かえで):営業課。梢の彼氏。二十五歳。高卒入社。無責任だが、コミュニケーションに長ける。ツーブロック、たれ目。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ