002「調達」
「炭は?」
「買った」
「肉は?」
「買った」
カートを押しながら歩く女と、その周りを歩く男が、ジェイポップが流れるスーパーの店内で、会話を交わしながら歩いている。カート手前の子供を載せるスペースには、黄色と橙色の二つのボディーバッグが置かれている。
「酒は?」
「買った。アイスは買わないわよ、楓くん」
「え~、梢はケチだな」
男がさり気なくカートに入れたソフトクリームを、女は冷蔵ケースに戻しながら言う。
「ケチで結構。今日は、同期六人分の買い物に来たんだからね。一人で楽しむものは、個別に買ってちょうだい」
「さすが、経理課ですな。財布の紐が堅くていらっしゃる。よっ、会計士!」
「ちょっと。やめてよ、恥ずかしい」
女が照れ隠しに男の背中を平手で叩くと、男はヘラヘラと笑いながら言う。
「へへっ。おだてて乗せるのは、営業課の専売特許だからな。とても三十過ぎには見えませんぜ、お姉さん」
「もう。気分良くさせて財布の紐を緩めようったって、そうは問屋が卸さないわよ?」
「別に、そんな下心で言ってるわけじゃない。――しかし、この切れ長の目元には、頭の良さを感じさせますな。女だてらに大学院を出て、親はヤキモキしてることでしょう。おまけに、酒癖が悪いときては、嫁の貰い手も無い」
「待ちなさい、楓くん。褒めてから落すんじゃない」
「まあまあ、最後まで聞けよ、梢。――そんな彼女にも、ユーモアのわかる、ハンサムな彼氏が居るのです」
「えっ、どこに?」
女が額に片手を当てて周囲を見回すと、男は自分の鼻先を指さしながら言う。
「ここ、ここ。目の前にいる」
「眼精疲労かな。どう見ても、着流しにアコースティックギターが似合いそうなチンチクリンしか居ない」
女が目元を押さえながら言うと、男は不貞腐れたように言う。
「悪かったな、残念で。でも、梢だって、その残念な男の彼女なんだぞ?」
「拗ねないでよ。子供じゃないんだから」
「どうしようかな。アイスを買ってくれたら、機嫌が治るかもしれないぞ?」
「はいはい。――これで満足?」
女は、カートを止めて冷蔵棚の扉を開け、中から箱に入ったアイスキャンディーを取り出し、カートに入れる。
「箱アイスか」
「不満なら買わないわよ」
「ああ、待って。満足、満足、大満足です。だから、戻さないで」
カートから箱を引き上げさせまいとする男に対し、女はクスッと笑いをこぼすと、黄色のボディーバッグからスマホを取り出し、耳にあてて通話を始める。
「もしもし、櫁ちゃん? ……そっちの準備は出来たかしら? 梓ちゃんたちは? ……まだなのね、そう。こっちは、もうすぐレジだから。それじゃあ」
「榎本か?」
「そうよ。設営は終わってるみたい。まだ、楠見くんたちは来てないらしいけどね。ガムは買わないわよ?」
「ケチ!」
柳瀬梢:経理課。楓の彼女。三十一歳。院卒入社。酒癖は悪いが、陽気で頭が切れる。ショートカット、つり目。
樫野楓:営業課。梢の彼氏。二十五歳。高卒入社。無責任だが、コミュニケーションに長ける。ツーブロック、たれ目。