018「フロート」
「どうですか、お嬢さん。シャチに乗った気分は?」
「良い気分よ。質感が安っぽいビニールでなければ、最高だけど」
シャチの形をしたフロートの背中に横座りする樒と、それを押して泳ぐ椚が、他愛もない会話をしている。
「贅沢ですね。このへんで勘弁してくださいな。よっ、美人秘書!」
「おだてても、何も出ないわよ」
「嫌だな。見返りは、何にも求めてませんって。あっ。兄ちゃんと椛ちゃんが、こっちに手を振ってる。俺は手が離せないんで、代わりに手を振り返してもらって良いですか?」
「言われなくても、合図を送るつもりよ。妹は、ともかく。彼氏が手を振ってるんだから」
そう言いながら、櫁は浜辺に向け、ゆっくりと優雅に手を振る。
「フー! お熱いことで。結構ですな」
「おじさん臭いことを言わないでちょうだい」
「これは、失敬。それにしても、向こうはビーチバレーをやってるみたいですね。楽しそうだな、あの二人」
「そうね。盛り上がってるわね」
「そういえば、この前の夜なんですけどね」
「何かしら? 急に話を変えるわね、椚くん」
「たぶん、兄ちゃんは半分、眠ってたと思うんですけど、椛ちゃんに気があるようなことを、寝言で言ってたんですよ」
「嘘でしょう? また、私のことを揶揄おうとして」
「いやいや、これは本当ですって。妹に出し抜かれると、姉として肩身が狭いんじゃありませんか?」
「そりゃあ、万が一にでも、そのままゴールインしたら、先を越されたと思うわよ。……もう。変なことを言うから、にわかに不安になってきたじゃない」
「すみませんね、一言多くて。戻りますか、お客さん?」
「リムジンからタクシーになったのね。良いわ。すぐに、車を出してちょうだい」
「へい、了解です。――あれ? 兄ちゃんが、こっちに泳いで来てる」
*
「倉庫でパスケースを拾ってから、ずいぶん途中下車したものね」
「遅延証明書かな。それで、櫁の答えは?」
「せっかちね。私につり合う男が、椿くん以外に居ると思って?」




