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陰に陽に  作者: 若松ユウ
14/22

014「出端」

「梓ちゃん」

「あっ、植村さん。おはようございます」

「おはよう。これから、お出掛け?」

 大小のボストンバッグを両手に持った梓に、中年の女が声を掛けた。梓は、足元にバッグを重ねて置くと、お愛想に笑いながら答える。二人が居るのは、団地の一階にある集会所である。

「ええ。会社の同期の人たちと、三日ほど旅行に」

「あら、良いわね。行き先は?」

「会社の保養所がある、離島まで」

「そう。同期の人たちでってことは、黒目がちで髪の長い、ちょっと高飛車な子とか、短髪でつり目の、陽気な子とかが一緒ね?」

「あっ、はい。櫁さんも、梢さんも一緒です」

「そうなの。へえ~。それは楽しい旅行になりそうね」

「ええ。海水浴をしたり、ハイキングをしたりすることになってるんです」

「まあ、まあ。若いって良いわね。今のうちに、青春を謳歌しておきなさいよ。年食ってからは、レジャーなんて、なかなか楽しめないんだから。それに、結婚して子供が出来たら、自分の時間は確保できないんだから」

「はあ、そうですね」

 そう言うと梓は、フッと伏し目がちになる。

「ああ、ごめんなさいね。別に、独り身だってことを皮肉ってるわけじゃないのよ」

「いえ、そうではなくて。出掛けるときのお父さんの様子が、どこかいつもと違ったなあ、と思ってて」

「そりゃあ、年頃の娘を持つ父親だもの。気になるのよ。ほら、あの子も一緒じゃないの? 黒縁の眼鏡を掛けてる、ちょっと気が弱そうな男の子」

「桜さんですね。彼も、途中で合流することになってます」

「梓ちゃんと一緒で内気な子だから、想いを知りたかったら、そっと背中を押してあげなさいよ。せっかくの機会を活かさなきゃ」

「やだ、もう、植村さんったら。恥ずかしい」

「吉報を期待してるわよ。梓ちゃんのお父さんだって、気がかりになってるに違いないんだから」

「そうかしら? 私のことに関心があるようには、とても見えないけど」

「いいえ、そういうものよ。子供のことを思わない親なんて、いないわよ。あの人は不器用だから、表情や態度には出さないだけ」

「じゃあ、そういうことにしておきます。――そろそろ、駅に向かわないと。きっと、もう車が待ってると思いますから」

 梓は近くの時計をチラッと見てから、ボストンバッグを両手に持つ。

「あら、ごめんなさい。いや~ね、すっかり長話をしちゃって」

「いえいえ。それでは」

「行ってらっしゃい」

植村:お喋りマダム。六十二歳。梓と同じ団地に住んでいる。

梓の父:口下手。五十一歳。団地に、娘と二人で暮らしている。


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