013「反復」
「それで、鯵にしようか鰹にしようか、どうしようか迷ってね」
「鰹にしたんでしょう? 冷蔵庫に入ってたよ」
冷めて湯気の立たない湯呑みが二つ並んだ卓袱台を囲み、年配の女と桜が会話を交わしている。女のほうは嬉々としているが、桜は飽き飽きしているという様子が、彼の隈の出来た目元と顔全体の表情から覗き見ることができる。
「それより、公園で話した相手は、誰だったの?」
「ああ、そうそう。買い物帰りに、ほら、あの子に会ったのよ。えーっと。……歳を取るといけないわね。顔は出てくるのに、名前がスッと出てこなくって」
「別に、いけないことないよ。物忘れをするのは、歳を重ねて、覚えておくことが多くなったからだよ。それより、その人は、僕も知ってる人なの?」
「そうよ。よく知ってるはずよ。学校のお友だちで、折り目正しい女の子よ」
「う~ん。それだけじゃ、絞り込めないよ。ヒントが欲しいな。その子は、僕と同じクラスだった?」
「いいえ。たしか、一つ年下だったんじゃなかったかしら。よく、ここへお勉強に来てた子よ」
「ああ。それなら、椒さんじゃない?」
「ああ、そうよ。椒さんと言ったわ。いやあ、喉に刺さった小骨が取れたような気分だわ」
「待って、おばあちゃん。肝心の話の内容がまだだよ」
「そう。それで、椒さんにも話したんだけどね。桜さん。あなた、いつも遅くまでお勤めを頑張ってるのは良いんだけど、それだけじゃ、ちょっと」
「ん? 僕の、何がいけないの?」
「働き盛りではあるけど、男盛りでもあるんだから。誰か、いい人がいないのかしらと思って」
「そういうことか。お付き合いしてるかたなら、一応いるよ」
「そうなの? それにしては、あっさりとしたものね」
「そういうものだよ。最近の恋愛は、淡白なものさ」
「なんだか、頼りないわね。タンパクといえば、お脳には、青魚が良いって言うでしょう? だから、今晩の献立は、お魚にしようと思って」
「わあ。フローチャートを業務終了させるつもりだったのに、選択を間違えて反復しちゃったよ」
「何か言った、桜さん」
「いや、独り言。それで、どうしたの?」
桜の祖母:話好き。九十二歳。一戸建てに、息子夫婦と孫の四人暮らしている。




