012「先輩」
「先月のトップは、椒先輩か。やっぱり、勝てないな」
「あら。でも、今月は分からないわよ、樫野くん」
ホワイトボードに書かれた棒グラフを見ながら、楓と女が立ち話をしている。
「先月だって、二週目までは接戦だったじゃない」
「先月に多かったのは、新入学に合わせた新規契約分だけですよ。今月からは、一気に取れませんから」
「そうね。更新分で、どこまで伸ばせるかが課題ね。でも、入社当時に比べたら、ずいぶん頼もしくなってきたわ。あの頃は、しょっちゅうミスをしては、先方に怒られて頭を下げてたのに」
「出来の悪い後輩で、すみませんね。一緒に謝ってもらったことは、よく覚えてます」
「本当かしら? その日の夕方には、ケロッとした表情で焼鳥屋に誘ってきた記憶してるけど」
「過ぎたことでクヨクヨしないタイプなんですよ。ひたすら、前進あるのみ」
「切り替えが早いのは良いことね。鳥頭なのは考え物だけど。――それ、鶏冠じゃなくて?」
ヘアワックスで軽く立てた髪を見ながら女が言うと、楓は、両手で頭頂部を隠しながら言う。
「違いますって。あと、さり気なく物覚えの悪さを軽蔑してませんか?」
「気のせいよ。忘れなさい。――ああ、そうだ。この前、楠見さんのおばあさんにあったのよ」
「桜のばあちゃんと? 知り合いなんですか、先輩」
「大学院時代に、何度かお宅にお邪魔したことがあってね。それで、公園のベンチで昆布飴をいただきつつ、ちょっと話し込んだんだけど。浮いた話が無い孫を心配して、自分が足枷になってないかと気を揉んでてね」
「まあ、桜も三十を超えてますからね。松井とは、うまくいってそうなんだけどなあ」
「そこなのよ。ねえ、樫野くんのほうから、楠見さんのことをどう思ってるか、訊いてみてくれないかしら?」
「松井にですか? 良いですよ。今度、保養所に行ったときにでも、訊いておきます」
「ありがとう。ちゃんと覚えておいてよ? メモしなくて平気?」
「大丈夫ですって。まったく。信用が無いところは、姉ちゃんと一緒だ」
「あらあら。まだ、お姉さんに心配されてるのね」
「そうなんですよ。一人暮らしのはずなのに、しょっちゅうアパートに来られるものだから、参っちゃうよ」
「フフッ。ノルマが多いわね」
椒:営業課。楓の先輩。三十歳。桜の大学院時代の後輩。
楓の姉:世話焼き。三十二歳。よく楓のアパートにおせっかいに来る。




