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陰に陽に  作者: 若松ユウ
11/22

011「後輩」

「ここ、予算と決算がテレコになってたから、直しておいたわよ、(にれ)くん」

「えっ、どこ? ……ああ、ホントだ。すみません、柳瀬先輩」

 朱が入れられた二枚の表を見せる梢に対し、男は数字を見比べたあと、後ろ手で頭を掻きつつ書類を受け取る。

「細かいところだけど、ミスが無いようにしてね。でも、そこ以外は問題無かったわ」

「はい、気を付けます。――そういえば、今度の連休に、先輩たちは保養所に行くんですよね?」

「そうよ。それが、どうかしたの?」

「いや、そのですね。……これは、言っちゃっても良いのかなあ」

 首を傾げて言いよどむ男に対し、梢はせっつくように言う。

「何よ。気になるから、言っちゃいなさい」

「じゃあ、お言葉に甘えますけど。実は、この前の休みに、松井さんのお父さんに会いまして」

「梓ちゃんの?」

「ええ。それで、居酒屋に連れて行かれて、娘のことで色々と相談されたんです」

「あら、そう。楡くん、梓ちゃんのお父さんと面識があったのね」

「まあ、僕と松井さんは、高校時代の先輩と後輩なんで。あっ、そうそう。松井さんが父子家庭なのは、知ってますか?」

「聞いてるわ。お母さんは、十年ほど前に他界したって」

「なら、話が早いです。松井さんのお父さんは典型的な仕事人間でして、子育てに関しては、奥さんに一任していたんです」

「関白亭主ね。時代錯誤も甚だしいけど」

「そうして家庭を顧みなかったせいで、いまだに娘との接し方がぎこちないようなんです」

「ツケが回ってきたわね。それで、何を相談されたのよ。コミュニケーションの仕方?」

「まあ、それも含めてなんですけど、娘の付き合いが進展しないことに、疑心暗鬼に陥ってるようでして」

「遊び感覚なんじゃないだろうな、とでも思ってるわけね?」

「そうです。それで、先輩にお願いがありまして」

「わかった。楠見くんに、梓ちゃんのことを、どう思ってるのか、率直な気持ちを調べて欲しいんでしょう?」

「その通りです。訊いてもらえますか?」

「良いわよ。二日目のハイキングは、同い年でペアを組んで登ることになってるから、そのときにでも訊いておくわ」

「ありがとうございます。助かります」

「任せて。その代わりと言ってはアレだけど、私も困ってることがあるのよ」

「何ですか? 僕に出来ることなら、何でも言ってください」

「今年で三十四歳になるお兄ちゃんが、つまらないことで散在しては、私のアパートに転がり込んでくるんだけど、どうしたら良いかしら?」

「う~ん、そうですねえ。お兄さんに家計簿を付けさせて、朱を入れてやったら、どうですか?」

 男が提案すると、梢は、企みを含んだ笑みを浮かべながら言う。

「良いわね、それ。採用するわ」

(にれ):経理課。梢の後輩。二十七歳。梓の高校時代の先輩。

梢の兄:浪費家。三十四歳。よく梢のアパートに転がり込んでくる。


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