011「後輩」
「ここ、予算と決算がテレコになってたから、直しておいたわよ、楡くん」
「えっ、どこ? ……ああ、ホントだ。すみません、柳瀬先輩」
朱が入れられた二枚の表を見せる梢に対し、男は数字を見比べたあと、後ろ手で頭を掻きつつ書類を受け取る。
「細かいところだけど、ミスが無いようにしてね。でも、そこ以外は問題無かったわ」
「はい、気を付けます。――そういえば、今度の連休に、先輩たちは保養所に行くんですよね?」
「そうよ。それが、どうかしたの?」
「いや、そのですね。……これは、言っちゃっても良いのかなあ」
首を傾げて言いよどむ男に対し、梢はせっつくように言う。
「何よ。気になるから、言っちゃいなさい」
「じゃあ、お言葉に甘えますけど。実は、この前の休みに、松井さんのお父さんに会いまして」
「梓ちゃんの?」
「ええ。それで、居酒屋に連れて行かれて、娘のことで色々と相談されたんです」
「あら、そう。楡くん、梓ちゃんのお父さんと面識があったのね」
「まあ、僕と松井さんは、高校時代の先輩と後輩なんで。あっ、そうそう。松井さんが父子家庭なのは、知ってますか?」
「聞いてるわ。お母さんは、十年ほど前に他界したって」
「なら、話が早いです。松井さんのお父さんは典型的な仕事人間でして、子育てに関しては、奥さんに一任していたんです」
「関白亭主ね。時代錯誤も甚だしいけど」
「そうして家庭を顧みなかったせいで、いまだに娘との接し方がぎこちないようなんです」
「ツケが回ってきたわね。それで、何を相談されたのよ。コミュニケーションの仕方?」
「まあ、それも含めてなんですけど、娘の付き合いが進展しないことに、疑心暗鬼に陥ってるようでして」
「遊び感覚なんじゃないだろうな、とでも思ってるわけね?」
「そうです。それで、先輩にお願いがありまして」
「わかった。楠見くんに、梓ちゃんのことを、どう思ってるのか、率直な気持ちを調べて欲しいんでしょう?」
「その通りです。訊いてもらえますか?」
「良いわよ。二日目のハイキングは、同い年でペアを組んで登ることになってるから、そのときにでも訊いておくわ」
「ありがとうございます。助かります」
「任せて。その代わりと言ってはアレだけど、私も困ってることがあるのよ」
「何ですか? 僕に出来ることなら、何でも言ってください」
「今年で三十四歳になるお兄ちゃんが、つまらないことで散在しては、私のアパートに転がり込んでくるんだけど、どうしたら良いかしら?」
「う~ん、そうですねえ。お兄さんに家計簿を付けさせて、朱を入れてやったら、どうですか?」
男が提案すると、梢は、企みを含んだ笑みを浮かべながら言う。
「良いわね、それ。採用するわ」
楡:経理課。梢の後輩。二十七歳。梓の高校時代の先輩。
梢の兄:浪費家。三十四歳。よく梢のアパートに転がり込んでくる。




