010「両極」
「櫁のエスは、ドエスのエスね」
「なら、椛のエムは、ドエムのエムね」
「誰がマゾよ。――どこか旅行に行くの、お姉ちゃん。あっ、椿さんでしょう?」
「椿くんも一緒だけど、他の同期も付いてくるわよ。保養所は、五人以上じゃないと借りられないものなんだから」
スマホにイヤホンを差し込み、ソファーに仰向けに寝そべって音楽を聴いている女と、その横で化粧品を小分けにして密閉容器に入れたり、洋服を畳んでトランクに詰めたりしている櫁が、めいめいの作業に集中しながら会話を交わしている。
「ふ~ん、同期旅行か。行き先は?」
「だから、保養所だって」
「違う、違う。それが、どこにあるのかを聞いてるのよ」
「そんなこと訊いて、どうするのよ?」
「別に、どうもしないけど、お土産の予想がつくじゃない」
「何も買わないわよ。観光地じゃなくて、離島なんだから」
「あっ、そう。な~んだ、つまんないの」
「あのね。遊びに行くんじゃないのよ。同期の親睦を深めるのが、今度の旅行の目的なんだから」
「物は言いようね。なんだかんだ言って、枕を投げたり、恋バナに花を咲かせたりするんじゃなくて?」
「修学旅行でもないわ」
「冗談よ。――インスピレーションが湧かないわ。何か面白いこと言ってよ、お姉ちゃん」
そう言うと、イヤホンを外した女は、櫁の腰を掴んで前後に揺さぶる。櫁は、その手を掴みながら言う。
「揺らさないの。漫画のネタくらい、自力で考えなさい」
「私のモットーは、他力本願よ」
「離しなさいって。私は、仏さまじゃないわ」
「人助けと思って協力してよ、櫁大明神さま。明日の締め切りに間に合わなくて出版社に缶詰めにされることだけは、何としても避けたいの」
「自業自得でしょう? 因果応報だわ」
「意地悪しないでさあ、ねえ? かわいい妹のためよ」
「自分で言わない、のっ」
櫁は女の手を振りほどき、両手で女の両頬を持ち、視線を合わせながら言う。
「で、どこまでネームは仕上がってるのよ」
「あっ、手伝ってくれるんだ。優しい~。進捗状況は、十六ページ中、十二ページです」
「あと四ページってこと?」
「いや、その逆。……ギャー」
「この、ナマケモノ!」
頬肉を摘まんで捻った櫁に対し、女は頬をさすりながら小声で言う。
「やっぱり、サドだわ」
榎本椛:漫画家。櫁の妹。二十六歳。マンションに同居している。




