001「設営」
「七年か」
「早いわね」
バーベキューセットを組み立てる男と、レジャーシートの真ん中に足を投げ出して座っている女が、時折、強風に吹かれながら、河川敷で会話を交わしている。男は、ジャケットを脱いでワイシャツを袖まくりし、赤色のネクタイの剣先をポケットに入れ、女は、紫色のハイヒールを脱いでいる。
「こうして同期で集まるのも、久しぶりだな」
「そうね。入社してから三年くらいは、結構、頻繁に集まってたのにね」
「それぞれ後輩が出来てから、忙しくなってきたからな」
「それに、社長さんも変わったもの」
「変わり者の社長にな。直接、会ったことは無いけど」
「私も、お会いしたことは無いわ」
「え? 櫁は、秘書課だろう?」
ステンレスの枠組みを立て終えた男が、コンロを持つ手を止めて女のほうを向いて言うと、女は、レジャーシートの端を押さえながら言う。
「秘書課だからって、四六時中、社長の側に控えてるわけじゃないのよ、椿くん。電話もあれば、メールもあるんだから」
「へえ。そのへんは、総務課と変わらないのか」
「そうよ。――遅いわね、楠見さんと梓ちゃん」
女が手首の内側に巻いた腕時計を見ながら言うと、枠の上にコンロを載せた男は、スラックスのポケットからスマホを出して時間を確かめながら言う。
「そうだな。柳瀬と楓が戻ってくるまでに、間に合えばいいんだが」
「ホントね。二人とも、雑用を押し付けられてなきゃ良いんだけど」
「システムトラブルがあったという連絡は無いし、備品が大量に入用になる時期でもないから、残業する必要は無いはず。――メッセージは既読してるから、忘れてるわけでもないだろう」
スマホを操作しながら男が言うと、女は、ハンドバッグを手に取り、中からバイブレーションが鳴っているスマホを取り出し、耳にあてながら言う。
「あっ、梢ちゃん? ……こっちは、準備オーケーよ。えっ、何? ……まだ来てないわ。そう、そう。……わかった。じゃあね」
「柳瀬、何だって?」
男が女に訊くと、女はハンドバッグにスマホを入れながら言う。
「もうすぐ樫野くんと一緒に、ここに着くそうよ」
「そうか。買い物は、もう終わったのか」
「早いわね」
榎本櫁:秘書課。椿の彼女。二十九歳。大卒入社。高飛車だが、責任感が強い。ロングヘア、黒目がち。
梅田椿:総務課。櫁の彼氏。二十九歳。大卒入社。怒りっぽいが、リーダーシップがある。スポーツ刈り、三白眼。