7・アテナ先生
「えっとチト、ちゃん? 君はなんで水晶の中にいたのかな」
「チトでいい......すいしょう? なんのこと?」
自分が水晶の中にいたことを覚えてない。
「そうかじゃチト質問を変えよう。なんで俺の夢に現れたんだ?」
「......ちがうよ、ゼスがチトの前にあらわれたんだよ」
うーん、言ってる意味がよく分からないな。どうしたものか、せめてこ
の子に関する情報が欲しいな。
「そうか、なら何か覚えていることはないかな。何でもいいチトの事を知
りたいんだ」
だがチトは悲しそうな顔で答えた。
「ごめんなさい......チトには、ゼスと会うまでの思いでが何もないの」
「記憶喪失か?」
どうやらチトには俺と夢で会うまでの記憶が無いようで、本人も思い出
そうとしてるが思い出せないみたいだ。
アレ、でも自分の名前を覚えているって事は多少なりとも望みはあるか
も知れない。
「無理に思い出そうとしなくていい。それよりもまず、ここから移動しよ
う」
騒ぎを聞きつけた連中の足音が聞こえてきた。ここで俺とチトを見られ
るのはまずい。もし今見つかったら俺はともかくチトの身が危うい。たぶ
んチトがハーナには正式に入ること許可されてないと知られたら、不法侵
入罪は免れないだろう。
いくら俺にナイトウォーカーの後ろ盾があるからと言って、見ず知らず
の少女を守る事は用意じゃ無い。
だから見つかる前に逃げる。
木箱の後ろに隠していた荷物を抱えチトの手を掴み走り去る。
後ろから驚きの声が聞こえたが構わず走る。
「よし、ここまで来れば大丈夫だろ。チトも大丈夫か?」
「うん......走って足がいたい」
しまった、俺としたことが逃げるのに夢中になってチトの格好を忘れて
いた。チトの服装は白いワンピースしか着てない質素な感じで、オマケに
靴を履いていなかった。
そんな格好で走らせてしまったことを謝る。
「だいじょうぶだよ......ありがとう」
念のため血が出ていないか確認する。
「良かった血は出ていないが泥だらけだな。服も汚れている」
どこかで着替えを買わないと、でもこれ以上ヘラの金を使う分けにもい
かないしな。
そうだ家にアテナのお古があったな。イーナに届けて貰おう。
早速イーナに念話石で連絡する。
魔法道具の中でも一般的に使われてるこの石は、魔力を込めると連絡し
たい相手との通話が可能になる便利アイテムの一つである。
何しろ魔力を込めるだけなので魔術が使えない俺でも使える。
『はい、メイドのイーナです。ゼス様どうかされましたか?』
『ああ、イーナすまないが大至急商会まで、アテナの古着一式持ってきて
くれ』
『何に使うのですか?』
珍しくイーナの声に鋭さが感じられた。
どう説明したものか。イーナには嘘の類いがまったく通じないし、それ
どころか嘘をついたら怪しまれる。
俺は仕方ないのでチトの事を全て話した。
『些か信じられない話ですが、ゼス様が嘘を言ってるとも思えません......
分かりました服を届けるついでに、そのチトという少女を拝見させて頂き
ます』
『分かったそれで頼む』
『では後ほど』
通話を終えるとチトが服の裾を引っ張ってきた。
「いまのだれ?」
「ああ、俺の姉みたいなメイドだよ。チトの服を持ってくるように頼んだ」
「ゼスのかぞく?」
ゼスは首を縦に振るう。
「血のつながりは無いが、俺はそう思ってる」
「......そう」
チトはそれだけ言うと裾を掴んだまま街を見る。
「ここは......すごくにぎやか」
「ああ、俺たちの自慢の街だ」
「チト......ここ好き。チトを助けてくれたゼスも好き」
チトは少し分かりにくいが笑顔でそう言いい、ゼスはその笑顔を見て、
心臓が高鳴るの感じた。
なんかこの子の笑顔を見てるだけで、心が揺さぶられる。
「そ、そうかそれは嬉しいな」
「うん、もっといろいろみたい」
「じゃ、俺の仕事場にでも行くか?」
チトは黙ったまま頷き、ゼスに手を引かれながら町並みを楽しそうに見
て歩いて行く。
●
イーナはアテナのお古の服を持って商会に来ていた。
先ほど主人であるゼスから、アテナの服を持って来いなどと怪しい発言
をしたため、何に使うか問い詰めると謎の少女と出会い。その経緯が些か
信じられないものだったが、嘘を言ってる訳で無いようなので、こうして
服を持ってきたのですが。
「アテナ様、コレはどうゆう状況ですか?」
「いえ、私も先ほど呼び出されて、何がなんだか?」
イーナは従業員から会長室に行くように言われ、きてみると一つの長椅
子にゼスと謎の少女が一緒に座り、対面の席にヘラとアテナが座っていた。
「さて、イーナさんも来たことだし、ゼス君その子について説明してくれ」
「まー待て、話はチトが着替えてからでも遅くないだろ?」
イーナにチトの着替えを任せ、その間に大まかに説明する。
「とまーチトと出会った経緯はこんな感じだ」
「ふむ、君が言うんだ事実なんだろうけど、聞いたことも無い現象だ」
「はい、一見封印系の魔術に酷似しています。でも空間が割れて渦を生
む魔術なんて聞いたこともありません?」
魔術学校を主席で卒業したアテナですら知らないとは、あまりにも未
知すぎる。俺達は己の持つ知識をフルにだし答えを探った。
けっきょくチトが着替え終わり戻ってくるまでに答えは見つからなかっ
た。
「おお、チトすごく可愛いぞ!」
「ええ、私が着るよりも可愛いです」
「癪だけど似合うじゃないか」
俺は素直に褒め、アテナも喧噪では無く素直に褒める。ヘラは渋々といっ
た感じに褒めていた。ヘラの奴機嫌悪くないか?
「ゼスありがとう......二人もありがとう」
嬉しかったのか顔を赤らめ感謝を言う。
「そうだまだ自己紹介をしていなかったな。チト目の前にいる右側の一人
が俺の幼馴染みで上司のヘラで、左にいるのが俺の妹のアテナ、チトと年
は近いかな? そしてチトと髪の色が同じなのが、メイドのイーナだ」
一人ずつ自分との立場と名前を先に教える。
「初めまして、チトちゃん、これから宜しくお願いします」
「ご紹介にあずかりました。オグマ家メイド長イーナ・イージスです。ど
うぞお見知りおきを」
「チト君先に言っておこう、ゼス君はボクのものだ」
アテナとイーナの自己紹介は礼節をおもんじていたが、ヘラはやたらと
高圧的な態度でしていた。ってかいつ俺はお前のものになった。
「うん......アテナ、イーナ、ヘラ、おぼえた」
相変わらず眠たそうなしゃべり方だけど、素なのか。
「よし、自己紹介も終わった事だし、チトの今後の話をしよう」
「いやいや、ゼス君。なんで赤の他人のチト君を僕らが助けないとイケな
いのかな?」
流れで助けてしまったが、俺とチトとは偶然会っただけの赤の他人だ。
ヘラの言う通り助けてやる義理は無い。
でもさ。ヘラそれは違うだろ。赤の他人であろうが、助けをこう者には
救いを、仕事を求める者には仕事を与える。ヘラが大切にしてきたポリシ
ーであり、俺達がここまでのし上がれた原動力でもある。
その証拠に都市に黄昏の女帝が出来るまで、ここは正に地獄だった。商
人とって立地条件が良かったハーナでは、土地を独占する悪徳商人が蔓延
り、まさしく商人だけの街と化していた。
土地が無くなるとハーナに住んでいた住人を立ち退きさせた。
そのせいで家を失い住む場所を無くし、金にあぶれた親が子供を売った
り捨てたりし、孤児が増えていった。
商人達はそんな子供を安く買い労働力として使って、もし子供が死んだ
ら買い換える。まるで命を代用品の如く使う酷い扱いをしていた。
当時の市長はそんな現状に酷く心を痛め、大商人でもあるナイトウォー
カー家に力を求めた。
そこで派遣されたのが商人の修行を終えたヘラが数十人の仲間と作った
「黄昏の女帝」であった。俺は護衛の立場でヘラに付き添いハーナに来て
その時に俺の家族も一緒にハーナに引っ越してきた。当時は売っている家
が無かったため、1〜2年はヘラの屋敷に住まわして貰っていた。それほ
ど土地が悪徳商人に独占されてたわけだ。
ハーナに来た俺達はまず拠点を作りを始めるが、最初は妨害行為が盛ん
に行われそれどころでは無いのを覚えている。
だが悪徳商人達はそこで失敗した。
連中は虎の尾をわざわざ踏んでくれたのだ。
公爵の父を持ち大商人である母を持つヘラの、邪魔をしてただで済むわ
けが無い。連中の商品はその時からまったく売れなくなり、次第に都市に
治める土地税を払う金が無くなり消え去っていった。
期せずしてハーナの土地を丸々手に入れた訳だ。
手に入れた土地をヘラは世のため人のために使った。
孤児院を作ったり、有料の倉庫街も作ったおかげで無闇に土地を買う商
人は無くなり、家を失ない子供を捨てられなかった家族には無償で家を提
供もした。
そんなヘラが、記憶を失い俺達が見捨てたら路頭に迷い、のたれ死ぬか
娼婦なるかしかない少女を見捨てるわけが無い。
ヘラは俺を試している。
「ヘラさ前に言ったよな。『この世界は強者には優しく、弱者には死を与え
る酷く醜い世界だ。僕はそんな世界を許さない。世界が強者を助けるなら、
僕が弱者を助けてみせる』あの言葉は嘘だったのか?」
ヘラの目を見つめ問う。一触即発の雰囲気にアテナとイーナは黙って見
守るが、チトだけは不安そうな顔で俺達を見ている。
「くっははは! いやーゴメンゴメンゼス君が余りにもチト君を大事にす
るからつい虐めたくなってしまった。すまなかったゼス君。それとチト君
も気を悪くしたら申し訳ない。
なにぶん君の事が今だ信用できなかったんだ。でも、君を守るゼス君の姿
を見て気が変わった。君を信じるゼス君を僕は信じよう。君をナイトウォ
ーカーの名にかけて守る事を誓おう」
ゼスは重たい空気から解放されホッと息を吐く。
「それじゃ、改めてチトの今後について考えよう」
「待って下さい聞きたいことがあります」
今度はアテナから待ったがかかった。
「アテナ何か問題でもあったか?」
「いえ、私もチトさんを助ける事に反対はしません。私が聞きたいのはチ
トさんが、どれほどの記憶を有しているのかです」
全員の視線がチトに注がれる。
「......ごめんなさい、チトはなにも覚えてないの」
「それは、世界の成り立ちや、魔術に関することもですか?」
アテナの問いにフルフルと首を横に振るう。
「そうですか? では私が簡潔に歴史と魔術についてお話しします」
「うん......お願い」
どこから取り出したのか眼鏡をかけ説明する気満々でチトに教える。
俺もついでに聞くことにした。
「えーではまずこの世界の現在の形から」
現在世界には7つの大陸13の大国で成り立っている。
大陸と国はこの様に別れている。
グラム王国・ブリタリス連合王国・トマリア神聖王国この三国があるの
がロニア大陸。
カリウス鉄火国・エルフィラス木樹国・ガレイド獣王国があるタリム大
陸。
エシャクト王朝があるカリガ大陸。
この三大陸は陸続きとなっていて、通称、『繋がりの大陸』と呼ばれてる。
次に繋がりの大陸の横下にある。
ナラク皇国があるヤマト大陸。
通称、『孤高の大陸』と呼ばれてる。
次に世界のど真ん中にあると言われてる。
メソシアス王国があるフラム大陸。
通称、『世界の臍の大陸』と呼ばれてる。
次に最北端にある。
エスス海賊国家・マチュラ海洋国家・サスラス海獣国家があるカリブラ
大陸。
通称、『海の大陸』と呼ばれてる。
そして最後に海の大陸の上にある。
ティターノマキナ帝国があるウラム大陸。
通称、『空を飛ぶ大陸』と呼ばれてる。
世界がこの形になるまで多大な犠牲と多くの血が流れた。
始まりは『終幕戦争』と呼ばれる3千年前の世界大戦から始まった。
魔術を会得した人間以外の人類が力を求めて争ったのが始まりと言われ
てる。火種は広まり人類と他種族同士の戦争に発展し、世界はあわや終幕
を向かえる所だったが、英雄とその一行が各地を周り治めたと文献である。
どうもここら辺が曖昧に伝わって詳細が分からないとアテナ言う。
「そして、終幕戦争後人類と他種族は平和条約を結び今の13の国に集約
したと言われています。はぁはぁチトさん今の所で分からないところはあ
りますか?」
「うんうん......だいじょうぶ。だから、アテナ少し休もう?」
確かに白熱したアテナはここまでぶっ続けで喋ったせいで、息切れが激
しい。チトがスゴい心配してる。
よし、すこし休憩を入れよう。