5・華麗なる圧勝
海洋都市ハーナは山が削れて出来た独特な形状を生かし、横から下層・
中層・上層に別れている。
各階層に別れることで人々の往来を行きやすくすると共に、住民とそれ
以外の者達の生活区域を分ける事で余計な軋轢を生まないように出来てい
る。
そしてゼスは現在下層エリアの市場に来ていた。
「さてと、あらかた揃ったな。後はテメレスの酒を取りに行けば昼には商
会に戻れるか?」
荷物になるデカい材料は店の店員に頼んで家まで運んで貰いそれ以外の
細々とした物は紙袋にいれて運んでいた。
ゼスは最後にメモの内容に漏れが無いことを確認し近くにある黄昏の女
帝が管理する倉庫街に向かっていた。
「それにしても今日はやけに観光客が多いな。なにも起きないといいんだ
が」
人混みを避けながらそんな事を考えてると少し進んだ目の前で野次馬が
出来ていた。
嘘だろ、言ったそばからこれかよ。
素通りするわけにも行かずゼスは野次馬のところに様子見に行く。
「この、薄汚い呪い子風情が、高貴なるワシにぶつかって只で済むと思っ
ているのかッ!?」
「申し訳ありません、申し訳ありません。この子には後で注意しますので
どうかお許しを」
「うっぅぅお姉ちゃん?」
まだ5、6歳の子供を庇うように謝るアテナと同い年ぐらいの少女は、
やたらと上から目線で高圧的なでっぷりと肥えた男に怯えながら謝ってい
た。
「ふん許すと思うてか……いや、ぶつかったさいにワシの服に呪いが付い
たやも知れぬ? 貴様が弁償してくれるのであれば許してやろう」
いかにも高そうな装飾で着飾った服を一介の娘に弁償しろって無理に決
まってる。越えた男もそれが分かっているのか気持ち悪い笑みを見せてい
た。
「そんな大金とても……」
「なら貴様の体で払えばいい。よく見たら中々の上玉ではないか」
デブのキモい笑みが助長し、少女をいやらしい視線で見つめる。
少女は恐怖の余り周りの野次馬に助けの視線を向けるがそれに答える者
はいなかった。
それもそうかデブの右肩にある刺繍アレは貴族の証だ。
一般市民が貴族に逆らえるわけが無い。もし逆らったら家族もろとも死
刑が目に見えてる。
それが分かっているから野次馬もむやみに助けられないのだ。
「助けを求めても無駄だ、こやつらにそんな度胸は無い。夜が楽しみだわ
い、行くぞ」
少女は諦めたのかデブ貴族に手を捕まれても抵抗すること無く付いてい
こうとする。
「お姉ちゃん、どこ行くの行っちゃヤダよ!」
「ゴメンね。お姉ちゃんが居なくても孤児院の皆と仲良くするのよ」
弟は泣きながら姉の手を掴むがデブ貴族にはね除けられ地面に転がる。
野次馬の一人であろう中年の女性が子供に駈け寄る。
よかったひとまず子供はあの人に任せよう。
さて、酒を取りに行く前に一仕事できた。
「まてよオッサン」
ゼスは少女を掴むデブの手を掴み二人を止める。
「なんだ貴様? ワシに楯突くきか、よもや肩の刺繍が目にはいらッ……
貴様呪い子か。ええい離さんか」
目を見たデブ貴族は力一杯振りほどこうとするが、ゼスの圧倒的怪力で
押さえ込まれ動かすことが出来ないみたいだ。
そして徐々に腕に込める力を強くしていき、溜まらず少女を放した。
「さっ、お嬢さん。弟さんの所に戻るんだ」
「……私行ってもいいんですか?」
俺は笑顔で頷き返した。
少女は泣きながら感謝しゼスに何度もお礼を言って弟の所に戻っていっ
た。
「ぐぅああ、貴様こんなこんなことして只で済むと思うなよッ!!」
「うるせーよ、アンタこそハーナのルールを破ったんだ。ただで済むと思
うなよ」
ハーナでは原則上人身売買や脅し脅迫類いは重罪認定されている。その
ほかにも厳しいルールがあるおかげで、ハーナで犯罪行為をする輩は少な
い。そしてこのルールはハーナに居る以上誰にでも適用される。
貴族も例外では無い。
そうこうしてると付き人と思われる数人がやって来たので、俺はデブの
腕を放した。
「しゅ、シューマン様、大丈夫でございますか!?」
「貴様らどこをほっつき歩いていた。ワシが襲われているときに!」
ハッ? 今コイツ襲われるとかいった。どの口がほざくんだ襲ってたの
はテメェだろ。
「なんと! 由緒正しきツレット家当主シューマン男爵に手を出したとは
真か? もし本当なら貴様死は覚悟できてるのだろうな?」
まだ若い金髪の騎士は大仰にデブの名前と爵位を周りに伝え、ゼスの恐
怖を煽ろうとする。
だが、とうの本人は心底どうでもよさそうにしていたのが、若い騎士
の感にさわっりたのか激怒していた。
「貴様その態度もう許せん。私自ら貴様に引導を渡してやる!」
鞘に収めていた剣を抜きゼスに剣先を突きつける。
どうやら本気らしい剣全体に魔力を纏っているのを肌で感じる。
やれやれ、こんな人集りの中で剣を抜くとは完全に頭に血が上って周囲
が見えていないな。
野次馬も危険を察知し俺達から距離を取った。
しかし魔力を纏ったとなると攻撃は剣のみでは無く魔力を飛ばす遠距離
系の攻撃も視野に入れるべきか。
もし相手が魔力をとばして、俺が躱しても周りの連中に被害が及んでし
まう。そんな事は俺が居る限りさせない。
なら戦略は一つ。
「先手必勝あるのみ!」
ゼスは腰の二つの剣を抜くこと無く騎士に突進した。
「ハッ馬鹿め。剣も抜かず私に突っ込んでくるとは、その意気やよし我が
剣の錆にしてくれる!」
騎士のまわいまであと三歩。勢いを緩めず事なく二歩目。騎士は剣を横
に構え獲物がまわいに入った瞬間を心待ちにしていた。
後一歩を、踏んだ。騎士は狙っていたように最初の構えから持ち手を縦
に変えゼスに斬りかかる。
剣が空を切る音が聞こえた。
周りに居た野次馬らは息をのんだ。
無謀にも剣を持つ相手に突撃したゼスは後一歩すんでの処で、後ろに下
がり剣を躱したのだ。
それに止まらずバックステップ後に騎士の懐に飛び込み相手の顎にグー
ではなく平手でのアッパーを打ち込み脳震盪を起こし気絶させた。
「よし制圧完了お次は」
視線を騎士からデブ貴族に向ける。
デブ貴族は唯一の味方を失い恐怖で震えていた。
「ひぃ! き、貴様正気か? 貴様がやったことは反逆罪だ。国王様の騎
士を倒すなど、生きていれるとは思うな」
貴族は最後の抵抗と言わんばかりに、あれよこれよと恐怖を生む言葉言
う。
はー耳に入れるのも不快な声だ。
まだ、コイツは俺が只の市民だと勘違いしてる。アレ、そう言えば自分
のこと名乗ったっけ? いや流れに任せてしてないな。
「オッサン、残念だけどさ。あんたが言う罪ってのは俺には通用しないん
だわ。これが」
デブ貴族は言われたことが分からず一瞬キョトンとしているが、俺を睨
み付け言った。
「そ、そんな訳があるか! 他かが市民ごときが反逆罪に囚われない分け
が無い!?」
「いやオレを捕らえることはアンタの力では不可能だ。なぜならオレはナ
イトウォーカー家の庇護下の下に居るからだ」
ゼスは証拠の印にナイトウォーカー家のシンボルが刻印された金貨袋を
見せる。
ちなみにナイトウォーカーとはヘラの実家であり、代々王家の財布兼相
談役を務めてきたこの国で三番目に偉い公爵の位を持つ大貴族である。
デブ貴族ことシューマンは金貨袋が本物だと分かるとブツブツといって
る。
と、同時にハーナ駐屯地の兵が駆けつけてきた。
「ええい、何があった。貴族が暴れ回っていると通報にあったが……私達
はかなり出遅れた感じですかなゼス殿?」
白髪を生やし皺だらけであるが、その目は未だ劣れない闘志に満ちた老齢
の騎士隊長がゼスを見るなりまたかと言いたげな眼差しを向ける。
「いいや、丁度いいタイミングで来てくれた。ガンダー隊長そこにいる貴
族は二人の子供を脅迫し、女の子を無理矢理連れて行こうとした極悪人だ」
それを聞いた老齢の騎士は貴族を射すような視線で睨む。
「ほう、それは聞き捨てなりませんな。男爵殿こちらの御仁が言うことに
間違いありませんかな?」
デブ貴族は完全に自分の殻に籠もってしまい話が出来ないほど恐怖して
いた。
「ふむ、男爵殿は会話できない状況のようなので、駐屯地まで来て頂きま
す。ゼス殿よろしいですな」
「あーあと、被害者の二人がそこに居るから、事情を聞いてやってくれ」
指さす方向には二人の子供が抱き合いながら心配そうに俺を見ていてく
れた。
「了承しました。お二方馬は好きですかな。良ければ私の愛馬に乗ってみ
ませんかな」
子供達は直ぐには返事をせずに、ゼスの方に視線を向ける。
俺は子供達を安心させるため力強く『行ってこい』と頷く。
「ボク、お馬さんに乗りたい!」
「ほほ、そうですか。では私の肩に乗って愛馬の所に行きましょう。お嬢
さんも行きますかな」
「あの少し待っていて下さい」
騒動中に紙袋を預けておいた馴染みの店から出ると、先ほど助けた少女
が駈け寄ってきた。
「先ほどは助けて頂いてありがとうございました」
少女は感謝を言い俺のホッペタにキスをして急いで戻っていく。
周りから小うるさいチャチャが入るが、そんなことはどうでもいいぐら
いに嬉し恥ずかしかった。
でも、俺には文句ない報酬であった。
さて余計な時間を食ってしまった早く倉庫街に行くか。