第二話
「遅いなぁ…」
腕時計はもうすでに午後六時をまわっていた。太陽はまだまだサンサンと輝いている。
暑い…
まぶしい…
そんな輝く太陽を見ると、羅月は余計に気持ちが沈んでいくのを感じた。
「遅いなぁ、何かあったのかな…」
もしかして忘れちゃったんじゃ……
不安になってくる気持ちに対し、羅月はぶんぶんと首を横に振り、キッと太陽をにらんだ。
「深砂は絶対に来るんだから!約束を破るような子じゃないもん。」
気合を入れようと勢いよく立ち上がると、周りの砂が一緒に舞い上がり、音も立てずさらさらと落ちていった。
トスッ
ふと足元を見ると、そこには昼間に拾った腕輪が落ちている。
それを拾い上げて、羅月は首をひねった。
「これ、どうしようかな…」
困ったな、ここら辺には交番ってないんだよなぁ…いっそのこと、海に流しちゃえば楽だよね。 いや!だめだめ!ったく、なんてこと考えてるのよ…持ち主の人困ってるかもしれないし…
羅月の心の中の葛藤はひたすら続いた。
「う〜ん。それにしてもきれいだなぁ……」
太陽の光に反射する腕輪はきらきらと輝いていて、まるで満月の日の月の光のような光を放っていた。その光は早くつけろと急かしているように、羅月には見えた。
「一回くらいはつけてみてもいいよね…」
と、羅月はスッと腕輪を腕につけた。
自分の手首で月が光ってる…そんな錯覚さえ起こすほど、その腕輪は魅力的な光を放っていた。
羅月は無意識のうちに、腕で光る月を今まさに沈みかけようとしている太陽へとかざそうとした。
その瞬間――――
砂浜の砂を巻き上げるような大風が吹いた。飛び交う砂の中には、眠りを邪魔された貝やカニといった物まで舞っている。
波に大きな波紋が広がる。
羅月がいる場所だけが孤立している。
その周りだけは何も舞ってはいない。風が吹いていないのだ。
静かだなぁ――――
台風の目ってこういう感じのことを指すんだろうなぁ。
頭がぼうっとする。
わたしはなにをしていたんだっけ?
自分が何をしていたのか分からない。いや、分からなくていいという気になっているのか。
「羅月!」
砂の中から誰かの呼ぶ声がする。
だれ?
「だめ!羅月、腕輪を・・・・」
腕輪が……なに?
「腕輪を外して!早く!」
はずすの?こんなにきれいなのに?どうして?
「早くして!」
砂の舞い散る中、羅月の目に一瞬、ほんの一瞬だけこっちに向かって必死に叫んでいる人影が見えた。
羅月の頭が次第にはっきりしてくる。と、同時に喜びが湧き上がってくる―――――
見間違えるはずが、無い
あれは―――――
「羅月!」
「みさご・・・」
「羅月!」
会えてうれしい。 ずっと会いたかった。
なのに―――――。
羅月はその場に膝をついた。深砂のほうを見てにこりと微笑む。その目からは涙がこぼれていた。そのまま羅月は砂浜に倒れこんでしまった。
風は止み、辺りは静まりかえった。
「羅月…」
あわてる様子も無く、ゆっくりと深砂は羅月へと近づいてゆく。その足元で、風に飛ばされていたカニが急いで「家」に帰ろうとしていた。
倒れている羅月の傍らに来た深砂はつぶやいた。
「ごめん、羅月…」
太陽が沈んだ。
辺りが暗闇に包まれる。深砂は羅月をひょいと抱き上げた。
羅月は細身ではあるが、深砂はより華奢な体つきをしている。また、髪が長く、すっとした美形の顔はさらにこの光景の奇妙さを強調させている。
「守るから――――。必ず。」
羅月の顔をしっかりと見つめ、深砂は強い口調で言った。
「ミサ。」
ふいに後ろから透き通った低い声が聞こえた。何の光も無いため、姿は見えない。
「ちゃんと力を吸収させられたの?」
「うん。でも、やっぱり体が耐えられなかったみたいで気絶しちゃった。」
何も無い暗闇に、二人の声が響く。ただ一つ、腕輪の光だけが燻った光を放っている。
「仕方ないよ。人間なんだから。」
「うん…。今からじじ様の所に連れて行く。」
「分かった。気をつけてね。じゃあまた連絡するよ。」
ヒュウ――
風の音がした。
「またね。」
深砂が歩き出す。静まり返った夜の闇に、今度は深砂の足音だけが静かに響いた。