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LOST PRINCE  作者: 天海六花
立ち上がる日
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立ち上がる日 1

   立ち上がる日


     1


 いつもとは少し違う、少々大きめの法衣を身に付ける。体には幾重にも綿を巻いていて、かなり恰幅のいい紛い物の体が作り上げられている。

 少々装飾過多なリング状の宝冠を被り、その宝冠で抑えるように腰丈まである薄いヴェールを被って顔を隠す。

 オーベル軍の兵士たちを叱咤激励するための大集会だった。

 今回ばかりは声を出して彼らを鼓舞しなければならない。ゆえに声に仕掛けをする事にした。

 魔導師であるアスレイが、低く威厳のある声へと変化する魔法を掛けるというのだ。ただし準備がかなり手間らしく、一回きりで練習も失敗もできない。これにはフェリオだけでなく、アスレイも神経を尖らせていた。

「殿下、なんと口にすればよいかは覚えておられるかな?」

「勝利を我が手に。ですよね?」

「その一言を失敗すれば、この作戦自体も失敗すると心得られよ。威厳ある喋り方で頼みますぞ」

「何度も練習してきました。大丈夫です。声も震えないようにします」

 さすがのアスレイも、皮肉を口にする余裕などないらしい。フェリオと綿密な行動の確認を求めてきた。

「フェリオ」

 ふいにマーシエが声を掛けてくる。フェリオは一瞬身構え、無言で彼女を見た。彼女もまだ遠慮か躊躇いでもあるのか、一瞬言葉を詰まらている。

「輿に乗ったら兵士四名が輿を運ぶ。傍にあたしやアスレイ師、ヘイン騎士長はいるけど、ジョアンは隠れ家に残る事となる。大丈夫か?」

「ヘインさんが僕を守ってくれます」

「そう、か……」

 マーシエは後の言葉を続けられず、身を引いた。

「では輿の準備ができた。参ろう、殿下」

 やってきたヘインが声をかけ、フェリオは「はい」と返事をしかけ、慌てて言葉を飲み込んだ。そして大仰に頷く。もうこの時から、演技に入りこまねばならないのだ。彼はゴクリと唾を飲み込んだ。


 輿にフェリオは足を崩して乗る。この座り方は、ヘインとジョアンから習ったものだ。

 あの会話の後から、フェリオはオーベルの部屋へは行ってない。彼があの体で襲ってくる事はないだろうが、彼の獲物を見るような落ち窪んだ目が恐ろしかったのだ。いや、以前からギョロリとした鋭い視線には気付いていたが、その真意が見えなかったゆえに、ただ純粋に「怖い」と思っていただけなのだ。視線の意味が分かった今、彼を以前のような目で見る事は叶わない。

 彼の企んでいる凶行を実行するのは、おそらく彼の手足となって振る舞うマーシエだ。だからこそ、マーシエの行動にも気を配っておかねばならない。

 マーシエが泣きながら「フェリオは傷付けない」とは言ったが、オーベルに心酔している彼女の言葉はどこまで本気なのか、未だ計り知れないからだ。

 輿に乗ったまま、視線だけを左右に配る。

 輿を担ぐ兵士がやってきて、それぞれ四方の握り手を掴む。輿が持ち上げられ、右側にアスレイ、左側にマーシエ、前方にヘインが付いた。

 左右に視線だけを走らせてマーシエとアスレイの行動を観察する。今のところ、特に怪しい動きはない。

 この激励の場では二人は行動を起こす事はないのかと思いつつも、先ほどからなぜかピリピリと神経が尖っている。何かが起こると予感めいたものがフェリオの焦燥感を掻き立てているのだ。


 輿はゆるやかに運ばれ、ガヤガヤと人の声で騒がしい方向へ向かっている。声はヘインの言う、今回の作戦に参加する大勢の兵士たちで間違いないだろう。

 しばらく運ばれると、切り立った岩の向こうに予想以上に大勢の兵士の姿が見えた。白い肌の兵士も黒い肌の兵士もいる。寄せ集めといってはヘインに悪いが、統率が取れているとは思えない。

 しかしそれは杞憂だった。

 フェリオの輿が壇上になった高い位置に置かれると、兵士たちは一斉に黙って敬礼をしたのだ。これにはフェリオも驚いた。

 誰一人乱れのない敬礼を全身で浴び、フェリオの気持ちも自然と高揚する。

 オーベルはこんなにも尊敬される王子だったのかと、改めて思い知らされる。なのに自分の体と彼の首をすげ替えるなどという恐ろしい企みをしているとは。どれがオーベルの本来の姿なのかが分からなくなってきた。

「昨日宣言した通り、明日より南の砦を攻める! この件に関してオーベル殿下より直接のお言葉を頂戴できる事となった! 皆、静粛に拝聴すべし!」

 ついにフェリオの出番だった。

 フェリオは僅かに腰を浮かし、アスレイをチラリと見る。彼は小さくもごもごと呪文を唱え、フェリオに向かって頷いた。

「勝利は我が手にある! 命を大切に、みな存分に戦ってほしい!」

 つい気持ちが高揚し、余計な一言を付け加えてしまった。幸いにもアスレイの術の範疇だったため、途中から声がフェリオのものに変わるという事は無かったが、声が元のフェリオのものに戻ってしまうかもしれないといった危機的状況だったのは事実だ。

 高揚感に駆られての事だが、思わぬ失敗にどっと冷や汗が滲む。しかしやり直す事などできない。

 フェリオは言葉と同時に拳を振り上げる。彼が振り上げた拳に呼応するように、目の前の大勢の兵士が大歓声をあげた。その広場は耳をつんざくほどの雄叫びに包まれ、兵士たちの士気は一気に急上昇した。

「勝利を我が手に!」

「勝利を我らに!」

「勝利をオーベル王子に!」

 大声援が広場を包む。そして血気盛んな若者兵から、広場を抜けて戦陣を組んで南の砦を攻めるための行進が始まった。

「ゆけ、我が精鋭たち!」

 ヘインの号令で兵士たちの歓声がますます大きくなる。そのあまりに大きな声にフェリオは驚く。しかし腰が引けるような無様な姿はここで表す訳にはいかないと、必死にその場で堪えていた。だが、小刻みに体が震えてしまう。

 幸いな事に、その震えに兵士たちは誰一人気付いていなかった。フェリオの肝も大分と座ってきていたのだろう。側にいた輿を担いできた四人の兵士たちすら、フェリオの怯えに気付いていない。

「では殿下は下がりましょう」

 マーシエが合図すると、兵士がフェリオの輿の持ち手を肩へと持ち上げた。そのまま隠れ家の方面へ歩き出す。

 来る時は途中まで自分の足で歩いてきたのだが、帰りは輿のまま運ばれるらしい。フェリオはオーベルを演じ続けたまま、自分の乗る輿を運ぶ兵士たちを見下ろした。

 屈強というほどではないが、筋肉の盛り上がった体を皮の鎧で包んでいる。腰には剣を差し、彼らも一応は戦えるのだろう。全員が喉にスカーフのようなもの巻いており、声一つ発てない。ちらりと隙間から見えたが、喉に酷い裂傷があった。先の戦で負ったものなのだろうかと疑問に感じたが、誰かに問いただしたくても今はできない。フェリオは好奇心を刺激されたまま、じっとオーベルを演じ続けていた。

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