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LOST PRINCE  作者: 天海六花
生と死
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生と死 1

   生と死


     1


 兵法はフェリオには理解できない。兵士たちの行動理念や信念、王家の仕来りも、今、学んでいる最中だ。

 しかしオーベル王子の影をするという事で、外部の者を挟まない会議には、彼も出席させられるようになっていた。

 あの日、数名の兵士の前にオーベルとして姿を現し、王位奪還の決起をした。それから二度ほど、倍近くの兵士の前にオーベルとして姿を見せ、兵士たちの士気に拍車を掛けた。

 フェリオの見えない場所で、戦は始まっていた。

 分かっていた事なのに、議場で淡々と告げられる負傷兵、死亡兵の数に驚くばかりで、彼は彼なりに兵たちに詫び、小さな胸を痛めていた。


「南方侵略の軍では、約半数が死傷した。南方デスティン軍に、こちらは歯が立たないようだ。一度失敗した同じ戦法で二度攻める莫迦はいない。何か別の作戦を立てねば」

「東方は辛くも勝利って感じだね。指揮が良くて運があっただけだと思うよ。自軍の負傷者は、次は無いだろうってくらい軽微なものだったよ」

「北軍はまだ攻めあぐねておる。西方の兵士をいくらか回してもらえんかの?」

「西方も現状を守るので精一杯だ。やはり絶対的な兵数が足りない」

 マーシエ、ヘイン、アスレイが、巨大な地図のあちこちにペンで印を書き込んでいる。フェリオはジョアンと共にその様子を見ているだけだが、あちらで死傷者が、こちらで負傷者が、といった、みるみる傷付いてゆく大勢の自軍兵士の報告に胸を痛めていた。

 戦だから誰かが傷付くのは仕方ない。そう頭で理解しているが、感情が追い付かない。

 彼の優しい心根は、傷付く自軍を嘆く事しか出来なかった。口を出す権利など、どこにもないから。

 顔も知らぬ兵士たちが、自分が成り代わっているオーベルのために散っていく。幾ばくかは自分の責任でもあるような、そんな気がしてきて、フェリオは恐ろしくなってジョアンの手を掴んだ。

「退席されますか? 無理に議に付き合う必要はありません」

「で、でも僕の……いえ、王子のために、これだけの兵士が命を落としていってるんでしょう? 僕には聞く責任があるんじゃないですか?」

「殿下は本当に優しい心をお持ちですね。それを聞いたら、更に兵士の士気は増すでしょう。けれどあなた自身が傷付いてしまう。ここは一旦退席しましょう」

 彼を気遣うジョアンに促され、フェリオはマーシエに目配せして、軽く頭を下げた。そして部屋を出た。

 俯く癖は治せと散々言われてきたが、この戦略会議に参加するといつも、気分がどんよりと重くなる。口伝とはいえ、人の死を目の当たりにしているのだから当然なのだが、フェリオは我が事のように落ち込む。自分のせいで、と。

「望んで死を受け入れる者はおりません。ですが、殿下のために命を投げ出す事を誇りとしている者ばかりです。フェリオ君が嘆く事はないのですよ。もともとフェリオ君とは関係ない人たちなのですから」

「でも僕は王子の影でしょう? 僕のせいでもあるんです」

「本当にフェリオ君は優しい子ですね」

 彼女はゆっくりと歩きながら、フェリオの部屋を目指す。

「本物の殿下とお話しされてきますか? 兵士が死ぬ事が怖いと、本物の殿下に告げて心の整理の仕方を教えていただけばどうでしょう?」

 フェリオはジョアンを見上げ、そして俯いた。

「今は……誰にも会いたくないです」

 珍しく我が儘を口にした。

「そうですか。ではお部屋でゆっくりとお休みください。何かあればお呼びください」

 部屋の扉の前で、ジョアンは一礼して去っていった。フェリオは俯いたまま扉を開け、そしてベッドに体を投げ出した。


「戦争だから人が死ぬのは当たり前。だけど発端は僕にあるんだよね。僕の光である王子が行動を起こしたから……僕は影……影でしかない……けど……」

 幾度も繰り返される心を苛む嫌な思考に、彼はひたすらに頭を悩ませていた。一人で考えていても埒が明かないと分かっていたが、誰かに会いたい気分ではない。オーベルに会うのも、彼の姿がまだ慣れずに恐ろしい。

 そういった堂々巡りの思考の末、会いたいと願うのは、ピオラであり、マーシエだった。どちらも簡単に会える人物ではない事は理解していたが、フェリオが心を許す数少ない人だった。ピオラなど、もう空の向こうへ旅立ってしまったというのに、彼の手にはまだ彼女のぬくもりが残っていた。

 こんな堂々巡りを、あの決起の日から繰り返している。ジョアンやマーシエの前では極力明るく振る舞うようにしているが、それももう限界だった。

 一時期、多少見られるまでに太って貫禄を付けたフェリオだが、ここ数日、また食事が喉を通らなくなってきている。それ故に、若干頬が痩けてきた。

 これではいけないと無理に食べると、後で戻してしまうのだった。

 自分の力でどうにもならないもどかしさ。自分の、自分が演じる『かげ』のために死んでいく兵士たちに何もできない事。

 フェリオは思考に疲れ果てて、いつしか眠り込んでしまっていた。

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