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LOST PRINCE  作者: 天海六花
王子と僕
13/39

王子と僕 3

     3


 普段着ている服も上等の仕立てだったが、今日は更に仕立てのいい服を着せられている。ただ、まだ体が出来上がってないからと、素肌に幾重にも布が巻かれているので、ゴワゴワとして動きづらい。

「殿下。あまり忙しなく動いてはなりませんぞ」

 アスレイがすぐ傍からフェリオを窘める。

「す、すみません。服の中がゴワゴワして……」

「辛抱なされ」

「……はい」

 フェリオは椅子に座り直し、胸を逸らして左右の肘掛けに腕を乗せた。そして数回深呼吸する。

「もう、大丈夫です」

 ちっぽけな勇気を奮い起こし、腹を括った。

「ヘイン騎士長、兵士たちを呼ばれよ」

 アスレイはヘインに命じ、自分は背で腕を組んで仁王立ちになった。彼の更に後ろには、マーシエとジョアンが控えている。そして姿を霞ませる意味合いを持つヴェールのような薄手のカーテンの向こうには、ヘイン騎士長。

 皆の準備は万全だった。

 しばらくして、ザワザワとカーテンの向こう側が騒がしくなる。ヘインによって選ばれた十数名の兵士たちが室内に入ってきたらしい。

 クッと、フェリオの胸の奥が詰まった。


 僕から両親を奪った兵士たち。

 僕から住む場所を奪った兵士たち。

 僕からピオラや仲間たちを奪った兵士たち。

 僕からあらゆるものを奪う兵士たち。

 兵士たち……怖い大人たち……。


 息苦しい。喉を抑えて逃げ出したい。そんな葛藤に駆られながら、フェリオは懸命にオーベルを演じ続けた。フェリオの葛藤などお見通しであるかのように、隣に立つアスレイは小さく咳払いをする。

「もう逃げられませぬ」

「は、はい」

 小声で会話を交わし、フェリオは体の震えを懸命に堪えた。

「俯きなさるな。胸を張って」

「……」

 フェリオはアスレイに言われるがまま、懸命に胸を張り、オーベル威厳を思い起こしながら、彼の姿を演じた。

「よく集まってくれた。殿下に代わり、礼を述べよう」

 ヘイン騎士長がカーテンの向こう側で声を張り上げる。

「殿下はご容態が芳しくない。手短に話そう」

 ヘイン騎士長は腰から下げた鞘から剣を抜き放った。

「これよりデスティン軍から、王位奪還のため再戦を宣言する! オーベル殿下のために、皆、命を捧げよ!」

 ヘイン騎士長の声に、兵士たちが大声で賛同する。その声の大きさに、フェリオは思わず身震いした。アスレイがすかさず小さく咳払いする。

「軽く片手を挙げて応えなされ」

 フェリオはアスレイの言う通り、右手を顔の高さまで挙げる。するとカーテンの向こうの兵士たちの声が更に大きくなった。

「オーベル王子に最敬礼を!」

 ヘインの檄に、カーテンの向こうから、甲冑に身を包んだ兵士たちが最敬礼をするのがうっすらと見えた。誰も彼もが、自分をオーベルだと信じている。本当はスラムの孤児なのに。

『僕はこれでいいのかな? 戦争を再開させたら、また新しい犠牲者が出るんじゃないんかな? そんなの嫌だよ……』

 フェリオはそう思ったが、今はそれを誰にも告げる事はできない。自分は今、オーベル王子なのだから。

「それでは引き続き、今後の行動を議題に作戦会議とする。別室に移り、議に参加せよ」

 ヘイン騎士長は振り返って、抜き身の剣を胸の前で翳して声を張り上げる。

「殿下、本日の謁見、誠にありがとうございます。兵士たちの士気も上がります。またいずれ、より多くの兵士の前で、その御身を出御いただけましたら幸いにございます」

「ヘイン騎士長、ご苦労であった。殿下は下がりますゆえ、後は任せましたぞ」

 アスレイはフェリオを促し、広間から退場させた。


 広間の裏側にある細い廊下で、フェリオは胃の中身を吐き戻した。緊張と、兵士への嫌悪で、精神の摩耗が限界だったのだ。

「殿下、こちらで口を濯いでください」

 ジョアンがフェリオの背を撫でながら、広間に併設された控室のような部屋へ案内する。そこでもフェリオは再び吐き戻した。

「謁見中に戻さなかっただけでも上出来だ。フェリオ、頑張ったね」

 マーシエがフェリオの青白い顔を見て、眉根を寄せる。だが心から心配しているようでもあった。

「すみま、せん……もっとできると思ったのに……うっ……」

「初めてにしては上出来だよ。次はもっとうまくできるさ」

 ジョアンに促されるまま口を洗い、フェリオはマーシエに詫びる。胃酸で喉が焼け、彼は激しく咳き込んだ。

「次はもっと上手く……」

 必死に自分に言い聞かせるフェリオに、マーシエとジョアンは顔を見合わせた。

「自分を追い詰めちゃいけない。そうやって自分を追い詰めちゃ、できるものもできなくなる。もっと大らかに考えないと駄目だよ」

 マーシエの言葉に、フェリオは黙り込む。

 自分は王族ではなく、スラムの孤児だから、オーベルを真似る時は全力でないといけないと思っていた。しかしマーシエは全力を出してはいけないと言う。

 その匙加減が分からず、フェリオは頭を悩ませた。

「……もっとたくさん勉強すれば、自然と手を抜いて王子になりきる事ができるっていうんですか?」

「そうじゃない。ああ、もう。フェリオは馬鹿正直で真面目だから、こういう説明は厄介だね」

「フェリ……殿下。気負い過ぎてはいけませんという事です。そういった加減が分からないのなら、もっと私といろいろな事を勉強しましょう。それで構いませんね?」

「……はい」

 マーシエに呆れられ、フェリオは意気消沈する。

「まだ小僧には難しかったかのう?」

 アスレイは髭を撫でながら首を傾げる。

「フェリオならできるさ。アスレイ師も、今度はこの子を庇う立ち回りで頼むよ」

「厄介だが心得た」


 フェリオはジョアンに連れられ、自室へと戻る。そして自分の吐き戻したもので、服を汚している事に初めて気付いた。

「あっ……ジョアンさん、すみません。服が汚れて……」

「汚れた服は洗濯すれば綺麗になります。でもそれより今はフェリオ君ですよ」

 ジョアンに優しく胸に抱かれ、女性特有の優しい香りがする。まるで母親に包まれているような……。

「大役、ご苦労様です。緊張したでしょう? 辛かったでしょう? 今日はもう終わりですからね。ゆっくりしてください」

 思いがけずジョアンに抱き締められ、フェリオは母親を思い出していた。彼が母親を失ったのは、ピオラと同じ年齢だった。よって、今のジョアンは記憶している母親と同年代くらいだったのだ。

 失った母親との思い出が蘇る。ジョアンと母親とがダブって見える。

「ジョアンさん……」

 胸が苦しくなり、フェリオはジョアンにしがみついて目を潤ませた。

「僕、次はもっとうまくやります。勇まないやり方とか一生懸命覚えます。だからずっと僕の味方でいてください」

「ええ、私はいつでもフェリオ君の味方ですよ」

 フェリオは鼻を詰まらせながら泣いた。

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