第7話 キマエル・カシエル
いつもありがとうございます。
ノンビリですが、ノンビリなりに頑張っているので、少しでも楽しんで貰えたらと思います。
自分は無力である。
母のようになれなくても、せめて姉や妹程の力が有ったのなら。そう思う日々は多い。
しかし、嘆いても変わらないと自分に出来る事を探し目指した。
一人でも多くの人を守れるよう剣を取り、腕を磨いてきた。
母には無かった力を手に入れ、磨けば邪神族にも打ち勝てるかもしれないと。
もしくはまた現れる勇者の手助けが出来るかもしれないと。そう思ったのだ。
……本音を言えば自分自身が勇者になりたかったが先代の勇者にも劣る自分ではそれも無理だ。
自分が出来る事は少ない。しかし、それでも、人々の希望として、責務を果たさねばならない。
姉も妹も母譲りの力で日々人々を支えているのだ。
せめて、せめて自分も、もう少し……。
そう思うのだがやはり、ままならない……。
巡礼の途中、噂を聞きつけて、ラカサネラの村に来て六日。
自分の無力さを噛み締めるばかりだ。
流行病。
正しい名前などは分からないが、ラカサネラの村の多くの人がかかり、そして、救う手だてがない。
自分達に出来る事は症状を遅らせる事だけ。
神の奇跡を信じ、神殿へと運び、祈り続けているが……。
奇跡は起こらない。
……神の力が弱っているのだから仕方がないのだろう。こうなる事も半ば理解していた。しかし、それでは自分達のしている事はなんなのか。ただ村人達を苦しめているだけなのではないか。
痛みを伴う症状に、多くの患者は眠る事も出来ず、うなされる。それがもう六日だ。
奇跡が起きないのであれば、もう、楽にしてあげた方がいいのではないか。
よぎる思い。
母はこういう時、どうしていたのだろうか。いつ、その判断を下したのだろうか。
その判断を下さなくてはいけなくなった時、いつもそういう思いが浮かぶ。
互いの視線が決断を求め合っている。
自分達は救いに来たのか、それとも苦しめに来たのか。
こういう場面に行き当たるといつも考えさせられる。
……彼女達にその決断をさせるのは、酷か。ならば自分がすべきだろう。
そう意志を固めた時、何かの魔法が発動した。
一瞬にして膨れ上がり、散った魔力。
暴発ではない。何かの魔法が即座に発動したのだ。
思わず村人達を見るが、彼らに変化は見当たらない。
何が起こった? いや、なんの魔法を使われた? 周りを注意深く探ろうと思った時、神殿の外に巨大な魔力が集まり始めた。
これ程までの力! これが攻撃呪文だとしたらこの辺り一帯が吹き飛ぶ!
「ここを頼む!」
返事を待たずに外に飛び出すが、間に合わず、一人の少女が、神殿に向けて魔法を放った。
止められなかった。
そう後悔したが、すぐに気づく。今のが回復魔法である事を。
振り返り見ると、彼女達が驚いた様に村人達を見て、そして、喜びを顔全体に浮かべた。
『診断』を使わなくてもその喜びの理由が分かり、自分も頬が緩む。そして、奇跡を起こした人物のもとへと向かう。
年若い、どころか、まだ子供だろう。
「今の魔法は?」
「完全回復魔法です。皆さん治りました?」
「ええ、治ったと思います」
「そうですか。良かったです」
「村人達をお救い頂きありがとうございます」
少女に頭を下げ、そして、その隣にいる少年にも目を向ける。
「お二人は旅の方ですか?」
「ええ、そうです」
「先程の魔法は大変素晴らしいですが、貴方だけが使える特殊魔法ですか?」
この少女はきっと勇者なのだろう。だから母の様に、今の魔法もこの少女のみが使えるものなのだろう。
「いいえ。得手不得手はあるかもしれませんが、頑張れば、多くの人が使える魔法ですよ。お兄さんにもきっと使えますよ」
にこやかに言われた言葉に自分は固まる。
「……それは、本当ですか?」
村人達の病気は、母ですら治せるか怪しいものだったのだ。
だから自分はこの少女は勇者なのだと思ったのだ。
それなのに、自分にも使える魔法だと言うのか。
「ええ。ただ、今の魔力総量だと無理ですけど」
「……魔力総量を上げれば、本当に可能になるのですか?」
「ええ、可能だそうです」
「弟子にしてください!!」
自分は叫ぶように願い、頭を下げた。
「えぇ!?」
「どれほど修行が苦しくてもかまいません! 一日一度でもあの魔法が使えるのなら多くの人を救えます! そのための修行も必ず耐えてみせます! やり遂げます! お願いします! 弟子にしてください!!」
少女にひれ伏し懇願した。
突然の出来事にきららは声も出ない。
この世界の土下座なのか、手の平を上に向け、何も持っていないと見せるようにして、目の前で土下座するその姿にきららは数秒固まった後、慌てた。
「ちょ、止めてくださいぃ!」
「いいえ! 止めません! 弟子にしてもらえるまで諦めません! 炊事洗濯なんでもします! トイレ掃除もします! お願いします!」
懇願するキマエルに、助けを求めるように奏太を見た。その視線を受け、奏太はキマエルの肩に手を置き話しかける。
「落ち着いてください。本人嫌がってますし、頭をあげて、普通に話をしませんか?」
「いいえ、自分は」
「じゃないと、彼女のスカートの中を覗くために土下座していると言いふらしますよ」
「「!?」」
奏太の一言に二人は目を大きく開けた。
違うと否定しかけて、顔をあげるとまさにそうなる可能性に気づき、キマエルは半端な動きで頭を止め、きららはスカートを押さえ後ろに下がる。
「……」
キマエルは立ち上がると少し恨めしそうに奏太を見た。
「自分はそんな事、考えてもいません」
「ええ。分かってます。でも、そんな嘘をついてしまうぐらい、彼女は嫌がっているように見えたので」
そこまで言われる程の嫌がってたのだろうかとキマエルは考えたが、ひれ伏している間はきららの顔が見えないので彼には判断がつかなかった。ならきっとそうなのだろうと、素直に謝る。
「大変失礼いたしました」
「いえ……」
「それで、弟子入りの件なのですが」
「え!? えーと、あたしだけじゃなく、そこに居る奏太君も使えるんだけど」
きららは縋るように奏太を見、キマエルも奏太見た。
「なんでもかんでも投げないで欲しいんだけど……」
「ご、ごめん! で、でも……」
「良いよ。ごめんね」
泣きそうな顔で見つめてくるきららに奏太は溜め息一つ零して、尋ねる。
(苦手なの? 怖いとか)
(ううん、どちらかというと、どん引きしちゃって、今はちょっと関わりたくない感じ。揚げ足取って、無理やり弟子入りとかもイヤだし)
(うーん、そうだねェ……)
「……本当に使えるのですか?」
きららと奏太が密かにやり取りしていると、キマエルが奏太に尋ねてくる。
「ええ、使えますよ」
「それは凄い」
「ちなみにボク達にはもう二人仲間が居て、その二人も使えるのですが、その場合、貴方はどうするんですか?」
「教えて頂けるのであれば自分は皆さんの弟子という形でも雑用係でも構いません!」
勢いよく頭を下げる。
「……」
下げられた頭を奏太はしばし見つめる。
その間、キマエルはずっと頭を下げ続け、きららが逆にオロオロとしながら二人を交互に見た。
「……頭を上げて下さい。いくつか聞きたい事があるのですが」
「はい、なんでしょう」
頭を上げ軍人の様に、背筋を伸ばし、手を脚にぴったりとつけている。
「何故、そこまでして、回復魔法を覚えたいんです?」
「はっ。自分は……っ! と、これは失礼しました。名乗りもせずすみません、自分はキマエルと申します」
まだ名乗ってもいなかった事に気づきキマエルは慌てて自己紹介を始める。
「ボクは奏太、彼女はきららです」
「ソウタ殿にキララ殿ですね。自分は、先の勇者、聖女と呼ばれる者の息子です。そして、その事が回復魔法を求める理由になります。母の死後、母へと寄せられていた希望は自分を含め、姉妹に向けられたのです。その思いに応えたい。いえ、応えるこそが母の血を引く者としての務めであると考えているからです」
「……勇者の血を引くからという理由だけで、人々の希望に応える義務はないと思うのですが?」
「そんな事はありません。母はこの世界を救って欲しいと言われて来たのです。自分達の半分の血は、そういう血が流れているのです」
「……先代の勇者、彼にも子供がたくさんいるようですが、彼らは好き勝手にやっているのでは?」
キマエルのように活動をしているのであったのならば、母のあおりをくらって一緒に処刑という事もなかっただろうと考え奏太は尋ねる。
「それも彼らの権利だと思います」
「……貴方にもその権利はあると思いますが?」
「はい。しかし自分は、皆さんの思いを無視して生きることは出来ません」
「……そうですか」
随分と生真面目だと思う。
「……勇者自身の事はどう思ってるんです? 貴方のお母様ではなく、その先代です」
「どう……。難しいです。彼が居なければ母はこちらへと来ることもなく、そして自分達も生まれなかったので。ただ志し半ばで倒れた事に関しては悔しかっただろうと思いますが」
「悔しかった……ですか」
「はい。……自分は、みなさんが思うように勇者に関して悪く思う事はありません。どちらかというと、そう思う事を諫めたい気すらします」
「……えっと、でも、彼のせいで生活が苦しくなった人達が大勢いるのは本当だと思いますが?」
「ですが、本来ならこの世界の人が頑張らなくてはなりません。それなのにこちらの都合でお呼びしたんです。しかも元の世界に返すことも出来ない。こちらの都合ばかりを押し付けるのです、それぐらいは負担すべきかと」
「はァ……。なかなか変わった考え方をしますね」
奏太はそう返した後、気づく。確かに、勇者側からしたらそれも間違いではないだろうと。一方的に決められ、一方的に連れてこられ、帰れない。本来なら戦争などしなくても十分に暮らしていけただろうに。それなのに戦争をし、神の力を弱まらせた。それならそれで改善しようとしているかといえば、今の奏太からすれば謎だ。
(……ん? あれ、今『戦争』でなんかよぎったな。なんだろ……。トモ、何かわかる?)
【すみません。そのような勘となると私には……】
(そか、ごめん。ありがとう)
考えをまとめた後、奏太は質問を続ける。
「では、魔族についてはどうでしょう?」
「魔族ですか?」
「ええ、実は先日、神の力を取り戻そうと言って活動する人達を見つけたんですけどね。その志は大変素晴らしいと思うんですが、彼ら、魔族まで助けると言い出してましてね。彼らが言うには勇者に頼らず神の力を取り戻すためには全ての人達の協力が必要だといって、魔族も助けると言っているんですよ。そんなの多くの人に理解されるわけないじゃないですか。でも、ふと貴方もそういうタイプなのではと思いましてね。だから聞こうかと思って。魔族のこと、どう思ってます?」
奏太は口元に笑みを浮かべていた。眼鏡越しに見える目は嘲笑っている。
「…………その方々の活動は大変素晴らしいと思います」
「ええ、そうですね。それについてはまァ、ボクもそう思いますよ」
「……そして、間違ってないと思います。魔族も自分たちと等しく神の子、彼らを助ける事は、神の助けになると自分も思います」
「弟子。なりたくないんですか?」
笑みを消して奏太は尋ねる。
「……なりたいです。しかしだからと言って、答えを歪めるわけにはいかないと思いました。その方々の言葉を聞いて気づくとは情けないですが、確かに魔族と助け合う事が神の力を取り戻す近道だと思います」
「……その答えでいいんですか?」
「……はい。そのうえで、弟子にしてほしいと思います」
「それだけ言うのです、何でもしますか?」
「……神に顔向けできない事でなければ、何でもいたします」
「そうですか。では期間限定で、認めます」
「き、期間限定!?」
「ええ、貴方のいう『神に顔向けできない事』というのがどの程度か分かりませんし。ボク達の活動を一か月見て、それから貴方がもう一度判断すればいいのでは、と。悪事に手を染めないとは言えないので」
「え!? そうなの!?」
奏太の言葉に反応したのはきららだ。
「そうだよ。だって、すでにボク達密入国してるし」
「あっ、そういえばそうかも……」
言われてきららは気づいた。
「キマエルさんもそれでいいですか?」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
キマエルは勢いよく二人に頭を下げた。
(誠、ミチル、聞こえる?)
(お、奏太。どうした?)
(例の息子の事?)
(そう。キマエルさんの事。彼、ボク達四人の弟子になったから)
(は? どういう事?)
(理解不能)
(詳しい説明は後で彼を含めて合流した時に説明するよ)
(は、はぁ……)
(わかった……)
(じゃ、こっちが落ち着いたらそっちに向かうから)
そう言って切られる念話。
(なんで、弟子?)
(さあ?)
問われてもミチルにも答えられなくて、後で説明すると奏太が言っているからかトモからも特に説明もない。どうしてそうなったんだろう。という謎を抱えたまま二人は飛んでいく。
仲間になるはずが、弟子になりました。