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第4話 見捨てられた村。



 誠と奏太は全力で走り、トモが示す場所を目指す。

 肉体強化の影響で全然疲れないから出来る芸当だ。

【あの地面が錐のように突き出したものが岩塩になります。きらら様が欲しがっていたので多めにお願いします】

「了解」

 いくつかある錐のような岩を二人は二つずつ壊し亜空間へと収納していく。

 距離はあるが、ここは先ほどの村からまだほど近い場所にある。彼らが使っている塩はここの塩だろう。多めにと言われても採りつくすわけにもいかない。

 作業が終わるとマップには次の印が示されて二人は走る。

【木に巻き付いている蔓の植物の実がぴりりとした辛みと防腐効果があります。味はわさびに似ています。また根は殺菌効果が非常に高いです。ポーションの原料にもなります】

「お! 素材アイテムが来た。ぜひ探さなきゃって、それどころじゃないんだけどな。俺、根っこ探すから収穫よろしく」

 縦横にと広がった蔦を目で追いながら誠は言う。

「分かった」

 軽く頷いたものの、木に巻き付いてしまった蔓をとるのは容易ではなく、根っこを探し終えて参加した誠を交えて一時間以上奮闘した後、次の場所に向かう。

 そこは花畑だった。ただし、咲き終わった後の、種の重みで首が垂れている状態の花畑だ。

【この花の種から油が取れます。油を搾った種は肥料にもなります。あと、根っこは球根になっているので、食用にもなります。また、あの村で栽培されていた『ケト』とは土からとる栄養素が違うため、植えていても畑を休ませる事が出来ます】

「へぇー」

 感心した奏太だったが、ふと気になった単語に質問する。

「なァトモ。さっき、肥料って言ってたけど、女神の力が弱まってるから作物が育たないんだよね? 肥料撒いて効果あるのかなァ?」

【あります。むしろ肥料等で土の環境を整えないと作物が育ちません。女神の力が強かった頃は肥料無しでも豊作だったため、『肥料』という概念がありません】

「……そうやって神様が甘やかしてたから、ここまで酷くなってるんじゃないの?」

 思わず呟いた奏太にトモは「かもしれません」と答えた。

「俺、今気づいたんだけど、食料らしい食料を集めてない気がしてるんだけど、大丈夫なのか?」

 胃腸が弱っているであろう村人の事を考えるとがっつりと食べさせるわけにはいかないが、かといってこれでは意味がないような気もした。

【それは大丈夫です。きらら様とミチル様の方で賄えます】

「そ、そうか。じゃあ、俺達はこの花畑の収穫をすればいいんだな?」

 なんだろう、何か釈然としないと思いながら誠は尋ねる。

【よろしくお願いします】

 頼まれ、二人は花の力任せに茎をひっぱり収穫し始める。



 一方その頃の女子チームは男子チームの二人とは全然違う方法で根菜を収穫していた。

 固い土を魔法で柔らかくしてから収穫するというものだった。これだけで、労力も、収穫時間も全然違ってくる。

「これくらい……で、いいかな? 採りつくしちゃうと不味いだろうし」

「分かった」

 二人は立ち上がり、次の収穫地点に向かうためにジャンプする。

 すると大きく飛び上がり、そのまま空を飛んで次の地点へと目指す。

「消化にいいものってどういうの?」

「うーん。どうだろう。うっすーいお粥みたいなものだったら消化によさそうな気もするけど、選んだ食材でどんな料理にした方がいいって事まであとでトモが教えてくれるわ、きっと」

「確かに」

【まずは薬膳茶を飲んでもらい、薬草の効果を吸収させつつ治癒魔法で体内の調子を整えます。その後お粥の様なものか、消化に良いもので作ったスープなどを飲んでもらい、その後また治癒魔法を使えば明日には普通に食べる事が出来ます】

「そっか。良かった。お。次のポイントだね」

 二人は大地に降り立ち、「!」のついている木を見る。

「これの実を探せばいいのかな?」

【いえ、この木の皮を乾燥させたものを使います】

「まさかの回答。んじゃ、トモちゃん、切った方が良い枝にアイコンよろしく!」

 「!」マークが木のあちらこちらにつく。きららはそれらに圧縮した水を伸ばす。何の抵抗もなく切り落とされた枝をミチルが複数の亜空間入口を出し収納していく。

「結構いっぱい」

 なかなか減らない「!」マークにきららが思わず口にする。

【これから先、しばらく使うかもしれませんので】

「……あり得る。あの村が平均だったら、これから行く先々で似たような状況……」

「なんか初めはウキウキでちょっと楽しみだったんだけど、楽しむ余裕なんてないよね……」

「タイムアタック中みたいでそのうち気が滅入りそう」

「……ありえそうで嫌だなぁ。実際、人の命がかかってるもんね……」

「ん。生産系取ってて良かった」

「そうだね。最悪栄養ドリンクの薄めたものとか配りたいよね」

 話しているうちにトモが指定した量は確保したらしく、マークが消えた。

「全部回収終了。次」

 二人はまた空を飛んで、次の収穫物のもとへと飛んだ。その頃やっと男子チームが岩塩のもとに辿り着いていた。






 太陽が西に傾き始めた頃、四人は合流し村へと歩く。

「まったでっかいの取ってきたな」

 誠の言葉にきららは苦笑した。

「ビックバードだって。まんまだよね。で、実はあたし達、今、後ろがグロくて顔が向けられないんだよね。魔法で引っ張ってきてはいるけど」

 きららの言葉にミチルも頷いた。

 襲われて倒したはいいが、動物の死体など見慣れていない二人には直視する事も出来ず、今は後ろを見る事も出来ない。

「都会っ子だなぁ」

「誠は平気なの?」

 ムッとしたようにきららは言い返す。

「うん。俺のばあちゃんち、養鶏場だから。卵産まなくなったやつとかくれるんだけどさ。捌くのめんどくさいから自分たちでやりにこいって言われて、やった事は何度かあるよ」

「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあこれも」

「いや今刃物なにも無いし、無理だよ」

「あ、そうか」

「っていうか、見るのが嫌だったら亜空間にしまえば良かったんじゃ?」

「それが、この世界に亜空間収納って無かったらしくて、悪目立ちするかもって言われたんだもん。だから、これはそのまま持ってきたんだよー。じゃなきゃとっくにしまってるよぉー」

「あー、それで、二人とも両手に色々持ってるわけね」

「そう。そっちは?」

「走るのには邪魔だったから入れっぱ。じゃあ、俺達も取り出した方がいいかな?」

「そうみたいだね」

 二人はそれぞれの亜空間から必要なものを必要な分量取り出す。全て渡してあげたいところだが、次の村の事もある。あの村が平均的であるというのなら、崖っぷちに立たされた村や町は食料を集める間すら無いのかもしれない。

「で? 一番重要な問題があるんだけど……。なんて声をかければいいと思う?」

 奏太が見えてきた村に尻込みしながら尋ねる。

 三人はすぐに答えられなかった。四人の目の前には村がある。こちらからも見えるが、向こうからも見えるのだろう。何人かがこっちを見て、何かを話し合うと一人が村の中央に駆けて行った。残った村人達は殺意すら混じった目でこちらを見ている。

 この食料を巡って殺し合いが起きるのかもしれない。四人の頭に同時に浮かぶ言葉。事実、マップに示されたアイコンが敵意の赤に切り替わっていく。

 誠の足が震えた。喉もカラカラで、声を出すのも辛い。それでも言わなくてはならない言葉がある。

「ぃっしょ、一緒にご飯を食べませんか!!」

 最初の言葉はうまく言えなかった。だから、もう一度ありったけの声で呼びかける。

「俺達は旅の者です!! 一緒にご飯を食べましょう!!」

 誠の言葉に村の入り口にいた男達は戸惑いの表情を見せた。

「あ、あたしたちは治癒魔法も使えます! 体調を整えながら、いきますんで、ご飯を一緒に食べましょう! ね!!」

 きららも必死に叫ぶ。

 ミチルはビックバードの死骸を魔法で村人の前まで移動させる。

「鳥肉は上げる。羽と骨は別の作業で必要だから私達が貰うけど鳥肉はみんなで食べても余る。違う?」

 熊の大きさを持つ鳥だ。腹いっぱい食べても余るだろう。

 殺し合いなどする必要はないと言外に含む。

「ボクたちは敵じゃないです。むしろみなさんの力になりたいって思ってます。いきなり信用は無理だと思いますが、ボクたちの話を聞いてください」

 奏太の言葉に仲間の三人が虚を突かれて驚く。

(話って何話す気だ!?) 

(え!? 誠!? あ、ごめん、パニクッて変な事言った!?)

(っていうか、これ、脳内ボイチャ!? こんなん出来るの!?)

 思わず思った事に返事が返ってきて、誠はさらに驚いた。声を出さなかったのは僥倖だった。

【私が中継となり、やりとりをしています】

 トモが答えるとミチルもきららも心の中で歓声をあげる。

((トモ凄い!))

 しかし喜んでいる場合でもない。

(ごめん、ちょっと待って。ボク何言ったっけ!?)

(俺達の話を聞いてください。って言った。だからどこまで話すんだろうって俺ちょっとビビった)

(ごめん。赤マークが怖くて、必死になってて自分が言った事あまり覚えてない……)

(でもうまくいったのか、赤からオレンジになったね……。まだ決めかねてるのかな?)

 きららがマップを見ながら小さく首を傾げる。奏太の怖かったっという気持ちはきららにもよく分かる。赤のまま近づいてきたら間違いなく逃げようときららは口にしていただろう。

(でも、ソウソウが言ったことはある意味正しい。そして今気づいた。というか今更気づいた。異世界から来た事を言う? 言わない?)

(そ、ソウソウ!?)

(ん。仲良くなるためにはどうしたらいいだろうと考えた結果あだ名を付けることにした)

(か、考え方は間違ってないと思うけど……)

(ちなみに、マコマコ、ソウソウ、きらきら)

(きらきらは止めて!! お願い!!)

(……きらりん?)

(それもヤダ!!)

(……んー……)

(二人とも、まずは目の前の事をどうにかしてからにしようぜ)

 呆れたら良いのか、怒れば良いのか、場違いな話し合いをし始めた二人を誠が制止する。

(では、真面目に。異世界と来たのを名乗る? 名乗らない?)

(俺はパスしたい)

(あたしも)

(ボクも同意見。正直、この世界で『異世界人』ってのがどんな扱いか分からないし)

(なら、この世界の人間として、私達が動いているための設定が必要……?)

 言った時は内心首を傾げていたが、改めて考えると必要であるという結論付けをし、ミチルはさらに言葉を重ねる。

(世の中の人のために役立つことを、っていう正義心よりも、こちらにも利があって活動しているという方が偽善だなんだと対立しなくていいと思う)

(せちがらーい)

 ミチルの言葉にきららがそう口にするが反対する気はないようだった。

(でも、無用な押し問答するよりは、それで納得してくれるっていうのなら、それも有りだとあたしは思うよ)

(でも、利ってなんだ? 金を取るって事か?)

(ボク達も活動するためにはお金は必要だからね。薄利多売でいいとは思うけど、この村から利益を得ようっていうのは難しいんじゃない? まずは自活するための支援がこの村には必要だと思うし。後は衛生面にも気をつけなきゃいけないみたいだし)

 最初にトモがクリーンアップを使うよう指示を出したのを思い出し、奏太は少し遠い目をして考え始める。

(お金は何かしらの生活アイテムを後々売買すれば良いと思う。でもこの村からはそれを望んではいない。だからこそ、その状況下での『利』が難しい)

(トモが言うにはきちんと肥料とか与えて土地を整えればまた作物も実るらしいから、自活っていう面に関して言えば、来年の秋ぐらいからはどうにかなるんじゃないか?)

(ボクはよく分からないけど、農法の変更ってそんなすぐにやってくれるかなァ?)

(実際に実らないんだろ? なら変えてくれるんじゃないか? それなりに実ってる時期だったら新しい技術なんて早々冒険しないかもしれないけど、何やっても駄目ってんならやってくれるかもしれないし。なんだったら三食ご飯を出すからやってくれって言ったらやってくれるんじゃないか?)

 村人達の細さを見て誠は現物支給でも十分に効果があると踏む。

(……その場合、実った作物は私達の物?)

(え? いや、この村の人達の物だろ?)

 ミチルの言葉に誠が驚き答えた。

(それだと私達に利がない。畑を用意し、食事も与え、その上で出来上がった作物も村人の物となると、明らかに異常。はっきり言って怪しい)

(確かに怪しすぎて何らかな犯罪を疑ってもおかしくないね)

(何割かをオーナーって形で受け取った方が良いって事か? でも、そんなにすぐに上手くいって豊作って事はないと思うぜ? そしたらその何割かも結構きついと思うんだけど、この村に取っては)

(一年二年で終わるとは思ってない)

(ああ……、確かにミチルの言う通り、すぐには無理だろうけど……。かといって何年もこういう状態っていうのは見ていてあんまりいいもんじゃないからなぁ……)

(後は、この村の特産物を考えて欲しいよね。ボク達がそれを仕入れて、都で売って、って形で金を稼いで欲しい)

(ここだけじゃなく、他の村も合わせて活動した方がいい。全ての村から作物を受け取ったらそれなりの量になる。不作な所への支援に回せる)

(それもそうだね)

(ねえねえ、なんか村長さんっぽい人が来たんだけど、結局あたし達の設定どうするの?)

 今までほとんど口を挟んでこなかったきららがこちらへとみんなを引き連れてやってくる男性を見ながら尋ねた。

 色々話は出ていたが結局の所、自分達がどういう存在なのかは決まらなかった。

 あんた達は何者だ? っと聞かれた時に答える言葉はまだない。

(うーん、素直に学生ですって答えるか?)

 弱り果てた誠がそう零すときららが続ける。

(じゃあ、あたし達の卒業のための課題が、『神々の力を取り戻す事』で、そのために先輩や先生達と一緒に研究してきた事を実践、または皆さんにも協力して貰いたくて世界中を旅してます。でいいのかな?)

 さらさらと出てきたきららの設定に誠と奏太は言葉を一瞬失う。

(……良いんじゃ無いか? 大嘘っていうわけでもないし)

(……確かに。先人達を先輩っていうのは間違ってはいないものね)

 男二人は心の中で拍手し、いやはや女は怖い。と密かに思った。これが『声』としてそれぞれの耳に入らなかったのはトモの配慮だろう。

(……トモ質問。『神々の力を取り戻す事』という言葉はこの世界では浮く言葉? それとも真面目に受け取って貰える言葉?)

【真面目に受け取って貰えます】

(なら、きらっちの設定に賛成)

(きらっち、きらっちか……)

(きららん?)

(それもやだな~)

(おーい。とりあえず、後にしろ~)

 なんでそんなに脳天気なんだ、この二人。と誠は思いながらもそれで怒ったりもしない。

「……あんたらだべか? 領主様の使いってのは……」

 村人達を後ろに引き連れながら村長と思われる男は尋ねる。

「領主の使いじゃないです」

 素直にそう返事したら男は眉を一瞬寄せて、それから村人達の前に置かれているビックバードを見て、四人を値踏みする。

「それで、どんな用だべ」

「えっと、俺達は学生で、学校の卒業課題に『神々の力の回復』ってのを出されまして、それで、みなさんに協力をお願いしたいんです」

「ガクセイ? ガクセイってのはなんだ?」

 予想していない質問に四人は瞠目した。

「えっと、いろいろな分野の学問を勉強する人達の事……ですかね?」

「……それで、そんな御方方がこんな村になんの用だべ?」

 四人の言葉に紐づいたのは王宮で働く研究員というもので、男はどこか馬鹿にした笑みを浮かべ尋ねる。

「まずは農法のを変更してもらいたくて。あ、あとご飯もどうぞ。それから特産物を作って貰おうっていう話も出てて」

「ガクセイさんや」

 誠の言葉を遮り男は冷たい目で見つめてくる。

「もう一度言うべ? こんな神に見捨てられた村に、何しに来たって言ってんだべ」

「……神に見捨てられた?」

「そうだべ。見ろ、この干上がった大地を。作物一つ実らない。とっくにここは神様から見捨てられてるんだべ。冬どころか秋の訪れを待つことすら出来ねぇんだべ。おら達は神に見捨てられたんだべ! そったら事をしたいんだったら大きな街さ行ってくればええ」

「違う」

 ミチルは男の言葉を否定して村に近づく。三人は止めようとするがミチルは男の前に立ち、見上げる。

「違う。見捨てられてない。だから私達はまずここに飛ばされた」

「何を言って」

 戸惑う男にミチルは吠える。

「領主様がなんて言おうと、噂でなんと言われても、見捨てたのは人で、神じゃない! だから生きてる! だから間に合った! 私達が証明する! だからみんなも私達に協力する!」

 睨み、啖呵を切る幼いと思われる少女に男は戸惑い、見つめた。その隣にもう一人の少年、奏太が立つ。

「ボク達は本当に多くの人達を救いたいんです。一人でも多く。それはみなさんのためでもありますし、ボク達自身のためでもあります。ボク達は今無一文ですので、お金での支援というのは難しいですが、魔法が使えます、知識もあります。多くの手助けが出来ると思います。もし、夢も希望も無く投げやりで残りの人生を過ごそうというのなら、協力してくれませんか? とりあえず、報酬は前払いで、今ここにある食料と」

(誠、この辺りの土、掘り返してしまおう。パフォーマンスとして派手に。行ける?)

(まっかせろ!)

 奏太は半歩後ろに下がり、誠に顔を向ける。誠はにやりと笑って魔法を放出した。地面が回転し始める。まるで泡立て器でかき混ぜるように地面が掘り返されて、赤茶けていた土から栄養のありそうな黒い土が見始めてくる。それが目視できる範囲でどんどん起きていく。

「……な……何が……」

「土をひっくり返してるんですよ。表面の土はもう栄養がなくなりつつありますが、深い所ならまだ作物が育つだろうと。きっとこれでまた作物が実りますよ」

 驚いて言葉が出ない男に奏太はにこやかに話しかける。

 その横でミチルが首を傾げて誠を見た。

(マコマコ。魔力の無駄遣い?)

(なんでだよ!?)

(だって)

 ミチルはまだ誠がひっくり返していない大地を示して、指で長方形を描く。それからピンッと跳ね上げると、地面がすぽんと音を立ててくり抜かれた。それを上下ひっくり返し、元の位置に戻すと、埃を払う動作に合わせて表面に畝ができた。

(これで終わる)

(……ミチル)

(何?)

(お前、実は日本でも魔法使えてたりしない?)

(しない。使えたらいいけど)

(今の土魔法?)

(重力魔法。ウネ? だっけ? あれは風魔法と土魔法。あ、切れ込み入れたのは風魔法)

(なるほど)

 どっちがより魔力の消費が少ないだろうかと考えるとあまり変わらない気もするが、余分な事をしている気はするなと誠は思いながらもそのまま作業を続けた。

 最後にきららが笑顔を向けつつ、持っていた果物を男の手に置いた。

「おいしいご飯を食べたら暗い考えも吹き飛びますよ! だから一緒にご飯食べましょ。お腹が空くと、暗いことばっかり考えますもん。はい、おじさんにも。はい。おばさんにも」

 きららは果物を渡し歩く。すると他の村人達が我先にときららに殺到し、ミチルや奏太も村人達に果物を渡していく。

「一人一個、まずは一人一個でお願いします」

 守って貰えない気がしつつも奏太はそう口にしながら果物を渡していく。

 ミチルは一歩も動かず村人達が勝手に持って行くのをただ見つめていく。

 果物を渡し終えたきららは人混みから離れて、両手を前に突きだした。

「【レイム・アムル・シグール。フォル・シグレム・セプール。癒やしの御手よ。小さき者の祈りを聞き届けたまえ。偉大なる我らが父よ。敬愛すべき我らが母よ。我らに癒やしの御手を与えたまえ。エリリ・ルリーヒ!】」

 柔らかな光がきららの両手からほとばしり村を包む。

 キラキラと輝く光りの中にまるで雪のような白く光る塊が降りてくる。それは触れると弾け、体内へと入っていく。そのたびに体が軽くなり活力が戻ってくるようだった。

「これは……?」

 先ほどまで顔色の悪かった女がきららを見上げる。

「完全回復魔法です。病気とかにも効くんですよ。体力だって戻ってきてますよね? これで美味しくご飯も食べられますよ。あと、すみません。あれ、捌くの誰か手伝ってくれません。あ、やるのは誠君、あっちにいる彼がするので」

「さらりとしたくない仕事回してきてるよな。ま、するけど。すみません、包丁貸してくれませんか?」

 誠の何気ない一言に、村人達は顔を見合わせて、すまなさそうな顔をした。

「悪いんだけども、包丁を含む刃物はもう一本も無いんだべよ」

「……え? 一本も?」

 何の冗談だと思いつつ誠は聞き直す。

「一本も」

 村人達は無情にも一斉に頷いて無いと示した。



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